1 / 1
王子様の許嫁は、密やかに溺愛される。
「……ぁ、當麻君だ……」
「當麻王子が歩いてくるよ……!」
ここは、大学のオープンカフェテリア。
日当たりのいい芝生に、洒落た丸テーブルが並ぶ、学生の人気スポットの一つ。
その比較的陽光の避けられる端のスペースで、いつものようにまったり過ごしていた志筑 奏 の耳に、一人の人物を指す騒めきが聞こえてきた。
「おー、今日もいっぱい女の子連れてるなー」
同じく騒めきに気づいたのか、正面に座っていた友人――同じ法学部の渡辺が、頬杖を付きながら声のする方へと向いた。片手は気怠そうにコーヒーフロートを混ぜている。
その視線につられるように、奏も手元のノートから顔を上げたが、……見るまでもない。
騒めきの先は、當麻 煌紀 だ。
180センチを超える長身と、北欧の血でも混ざってそうな甘く精悍に整った顔立ち。新入生代表を務めた優秀さに、有名企業の跡取りとあって、千人規模の学生が在籍する大学でも、入学当初から騒がれていた色男だ。
取り巻きと言っていいのか、同じように派手な男女と歩く當麻煌紀を眺めながら、渡辺が呟く。
「顔が良いと、人生イージーモードだな……」
「……それは渡辺がイージーモードだって言いたいのか?」
「志筑ちゃんってば、俺のことカッコイイとな?」
余裕有り気に揶揄 う口調の渡辺。
それもその筈。彼も文句なくイケメンと呼ばれる人種だ。
立体感のあるアッシュ系ブラウンの髪に、人好きのする笑みを浮かべた顔は、男らしく整っている。さり気なく鍛えられた身体は均整がとれ、ロンTにダメージジーンズという、シンプルな服装を着こなしているのは流石だ。
軽音サークルに所属し、趣味はギター。……と、俗にいうイケメン要素を完全に満たしている、と奏は思っている。當麻煌紀とは違ったタイプのモテ男だ。
対する自分は、薄い胸板を隠すようにざっくり編まれたセーターと、スキニータイプのチノパン。一切染めたことのない柔らかな黒髪のせいか、いささか年下に見られがちな幼い面差しは、細いフレームの眼鏡を合わせることで大人っぽく見せている。……つもりだ。
「渡辺の隣の席は、いつも熾烈な争奪戦だっつーの」
「えー、どの子も適当にキャッキャしてボディータッチして終わりじゃん。それに左右どっちかは志筑ちゃんの指定席だぜ?」
「……そういうことをタラシ顔で誰にでも言うから、遊びの子としか付き合えないんじゃない?」
女の子をとっかえひっかえし続ける必殺の流し目に、呆れた声で答える。
「お互い遊びだから問題ないもーん」
口を尖らせ、不貞腐れたように机に突っ伏す渡辺に苦笑する。
実際、本当に多くの女の子と付き合ってきたのを知っている。しかし、別れる時もトラブルにならず、仲の良い女友達に戻っているのは、人徳なのか才能なのか……。
そして新しく付き合う女の子も、そんな渡辺の交友関係に口を出さないらしい。
割り切っていると言えばそうなのかもしれないが、……不毛な関係だと思う。
本望だとでも思えるこの入れ食い状態に、何の不満があるのかわからないが、冗談交じりに愚痴をこぼす渡辺の背中に新たな声がかかった。
「――わかってないわねーっ! 渡辺は手近に楽しめる男子、當麻王子は手が届かないからこそのアイドルなのよ! おはよ、渡辺、志筑っ」
「おはようございます、田崎さん」
「おい深優 ー。手近に楽しめる男子、ってどういう意味だよ。男心を弄ぶとは何たる悪女」
「弄ぶついでに悪いんだけど、合コンしたいんだわ。男子メンバー集めてよ。當麻王子誘ってくれたら奢るわよ?」
カラっとした声でサバサバと切り込んできたのは、同じ法学部で2年先輩の田崎深優。
渡辺の軽音サークルの先輩でもあり、よくこのカフェテリアでお茶をする仲だ。トレードマークのショートカットは、渡辺よりも襟足が短く、特に後輩の女子から慕われている。
飲み会の大好きな渡辺と田崎は、定期的に暇を持て余しては合コンを企画するのだが、少し前までは付き合っていた恋人同士だ。
2週間程度付き合ってみて、お互い『違うわ』と思ったらしく、あっさりと別れて今ではとても仲の良い先輩後輩。
美男美女カップルだっただけに、周りも相当残念がっていたが、お互いに今の関係が楽しいらしい。
「王子を誘って合コンとか、どんな優雅な立食パーティーを企画する気だよ」
「そうね、本当に王子が来ると仮定するなら、ホテルのレストラン貸切るぐらいしないと似合わないわよねー」
「んで女の子全部掻っ攫われて、俺たちポカーンってか」
「場合によっては男子も掻っ攫われるわね。王子のお近づきになりたい連中は、星の数よ。顔よし頭よし、そして當麻グループの跡取りってことで将来も有望。文句なしだわー」
セリフの割には、當麻煌紀に熱を上げている様子ではない田崎。
色んな女と噂になるばかりで、誰とも付き合っていないらしい當麻煌紀は、田崎の興 味 の対象ではあるが守備範囲外らしい。『さっさと彼女を作ればいいのに。周りの女どもの反応が楽しみだわー』と公言して憚らない田崎に、元彼の渡辺が嘆息する。
「……諦めて居酒屋予約しな」
「わかってるわよ、本気で誘うわけないじゃない。参加予定の子もテニスサークルの皆だし、渡辺が誘うとしたら軽音のメンバーでしょ?」
「テニスサークルだったら知ってる子ばっかだなぁ。こっちは誰誘うか……あ、志筑ちゃん、来るだろ?」
完全に聞き手にまわっていた奏に、突然話が振られた。
渡辺とは同じ学部ということで仲はいいが、奏自身はサークルに所属していない。
そのため、サークル内でのイベントになると、奏は部外者になるのだが……。その辺りは緩いサークルなのか、ライブだの飲み会だのと、ことあるごとに奏にもお誘いがかかる。
大学内の活動であれば協力するのだが、お酒が入った席というのは、奏にとって出席し難い。
それは、アルコールが苦手だとか、お金が無いとか、そういう問題じゃない。
奏が、誰かと外出するには『許可』が必要なのだ。
――とある人物の。
合コンなんて言葉を出したら最後、家から出して貰える筈がないので、悩むまでもなくお断りさせて頂く。
「あーごめん、合コンって名目ならパス」
角が立たないよう、残念そうな声音で断る。
が、もちろん案の定のブーイング。
「えー、志筑狙いも結構いるのよー?」
「そうそう。たまには俺と飲もうぜー。何回誘っても撃沈で、そろそろ俺が可哀想になってきたろー?」
「……んー……ただの飲み会なら参加できると思うけど……」
「え、ちょ、なになにその発言っ! 実は、彼女いたり……?」
田崎が身を乗り出してくる。
好奇心の塊のように、大きな目を輝かせる田崎に苦笑しながら、
「違う違う。バイトみたいなのしてて……合コンで休むのはちょっと、ね」
「うわー、真面目! 志筑の飲み代は渡辺に払わせるからさ、おいでよー!」
「何で俺一人なんだよっ、お前も出せ。どうせ深優が志筑ちゃんと飲みたいだけだろ」
「あらバレた。だって志筑が飲み会なんて、全然イメージ無いんだもん。浮世離れしてるっていうか……。だから是非とも一緒に飲んでみたいわー」
確かにこれまで田崎とは飲んだことが無い。渡辺とは唯一、教授主催の歓迎会で飲んだきりだ。
好意を持って誘ってくれているのに、無下に断り続けるのは、円滑な人間関係を築く上で問題だろう。
行きたくないわけではないので、問題の相手を説得する方向に切り替えてみる。
「そうだね……飲み会、ってことなら調整してみるよ。でもお酒あんまり強くないから、お手柔らかによろしく」
「やった! いいお店予約するから楽しみにしてて!」
珍しい参加者を確保した田崎が、オーバーリアクション気味にガッツポーズを決める。そしてすぐに、更なる参加者を集めるべくサークル棟へ駆けて行った。
……さて、どうやってアイツから参加の許しを貰おうか。
周囲の注目と共に通り過ぎる、派手な一団を遠目に眺めながら、奏は手元のノートに視線を戻した。
課題は、暇な時間に済ませておくに限る。
「深優のやつ、ほんと騒がしいな。……さてと、俺もそろそろサークル顔出すかなぁ……。志筑ちゃんは、まだココで課題やっとくの?」
コーヒーフロートを飲み終え、最後の氷をガシガシとストローで混ぜる渡辺に、奏も思い出したようにアイスティーを口に含んだ。
「ん。そろそろ帰るかな……」
そう言いながら、テーブルに放置されていたスマートフォンを見る。
と、いつの間にかメッセージがきていた。
内容をさっと確認すると、広げていたノート類を片付け、席を立つ。
「じゃ、お先」
「ん、また明日。飲み会は詳細決まったら連絡するぜー」
「よろしくー」
***
カフェテリアで渡辺と別れた奏は、大学を出る前に、駐車場近くのお手洗いに立ち寄った。
柔らかいオレンジ色の間接照明と、シックな色使いのタイルがお洒落な、とても綺麗なトイレだ。が、教室や事務室からは遠いので、利用者と出会ったことは殆どない。
広いトイレには、奏の軽い足音だけが小さく響く。
周囲を見渡すようにチラリと目にした鏡は曇り1つなく、いささか冷たいとも評される自分の顔が映り込んでいた。
その目元には、殆ど度の入っていない、薄いレンズのメガネ。
……もう外していいか。
普段の生活は、裸眼で全く問題ないのだ。
軽く伏せ目がちにフレームに手を掛け、外そうと手を動かした、瞬間。
……フッと、自身に影が落ちた。
「――――っ!?」
誰もいないと思っていた個室から、突如、腕が伸びてきたのだ。
大きな掌が、視界を奪う。
何だ、と考える暇もない。
目隠しをする手を剥がそうと、全力で抵抗するが、力強く個室に引きずり込まれ、壁に胸を押し付けるように拘束されてしまった。
一瞬で、全身が凍ったように、恐怖でいっぱいになる。
と同時に、バタンッ……ガンッ、と荒々しく個室のドアに鍵が掛けられた。
殆ど抵抗出来ないままに押さえ込まれ、個室に閉じ込められるという事態に、パニック状態の奏。
逃げようと身を捩れば、背中側に捻りあげられた右腕を強く押さえ込まれ、痛みに顔が強張る。
「っな、なに!? …………っ、やめっ……」
視界が一切無いまま、突然顎を掴まれ、強引に仰け反らされた。……かと思えば、顔に、生暖かい空気を感じる。
え……と思う暇もなかった。
唇に、湿った柔らかい感触が、押し付けられたのだ。
「っんぅ……っ!?」
視界を奪われたまま、塞がれた唇。
それに驚愕する間も無く、ぬるりと口内に侵入してくる、誰かの舌……。
反射的に顔を逸らそうと力を入れるが、相手の身体に背後からがっしりと固定されていて、全く動けない。
その間にも、逃げる舌を追うように、相手の舌が口内を縦横無尽に蠢いている。
絡め取られた舌は食まれ、ねっとりと歯列をなぞられれば、無意識に漏れてしまう熱い吐息。
「んっ……ふ……」
必死に抜け出そうともがく。が、身体の攻防に加えて無理な姿勢でのディープキスに、酸欠状態となった頭がクラクラし始めた。
何とか呼吸をしようと、喘ぐように口を開けば、どちらのものともつかない溢れた唾液が、銀糸となって口の端を伝っていく。
と、それを惜しむようにざらりとした舌が、ゆっくりと舐めとった。
艶かしすぎる愛撫に、ゾクゾクとした快感が背筋をかけていく。
「……はぁっ……ん、ぁっ……」
再び塞がれた唇。
何とか呼吸をしようと、もがいている中で、……ふわり、と。
とてもよく馴染んだコロンの香りに気付いた。
それに気付けば、この暖かい掌の感触も、背中に感じる胸板も、拘束の力強さも、よく知っているものと同じだった。
何より、この口づけ。
こんなことを仕掛けてくる人間なんて、一人しかいない。
「も、ゃぁっ……ん、やめろ、って…………煌紀 だろっ……!」
「――ははっ。ちゃんとわかって偉いな、かな」
悪戯っ子のように含み笑いをする声は、やはりよく知る人物——噂の當麻煌紀だった。
視界を覆う手はそのままに、褒めるようなキスを額に落とした煌紀は、更にそのまま深いキスを仕掛けてくる。
何も見えないのは変わらないが、相手が煌紀だとわかれば、強張っていた身体の力が自然と抜けてくる。
背中に感じる熱に身体を預ければ、密着したことでキスの交わりが一層深くなった。
慣れた相手の舌の動きを敏感に感じ取り、こちらからも更に絡める。
吸われ、噛まれ、舐め回されていくうちに頭の芯がぼうっとし、自身に熱が溜まっていくのを自覚した。
このまま、気持ち良さに流されてしまいたくなるが、ここは大学のトイレだ。こんな誰が来るかもわからない場所で、これ以上はまずい。
流されたくなる快楽を振り払い、再度抵抗を試みる。
「煌紀。んっ……だから、……ダメだって……」
「んー? かなが隙だらけなのが悪いんだぜ。これが俺じゃなかったら、どうしてたわけ?」
視界を塞いでいた手の力が、緩められた同時に、煌紀を振り仰ぐ。
何度見ても称賛に値する端正な顔が、色気を交えた表情で自分を見つめていた。意地悪く、身体の拘束はそのままに、片手で奏のセーターを捲り上げ、脇腹を撫でてくる。
細い腰骨をなぞる様に指を這わせ、だんだんとそれが胸へと上がってくると、堪えきれずに再び身を捩った。
「こん……なことするの、煌紀だけ……だろっ」
何とか返答をする奏だったが、開発した当人の手で巧みに弄られてしまえば、声に色が混じるのは堪えきれない。
そんな奏の反応に、更に大胆に肌をまさぐってくる煌紀。
……そもそも煌紀は、さっきまで派手な男女と歩いていた筈だ。いつの間に待ち伏せされていたのだろう。
「当たり前だ。俺以外に、触らせるなよ」
傲慢に言い放つその独占欲にくらくらする。
吐息と共に軽く脱力した奏は、背中の男に身体を預けるように首を逸らした。
肉食の狼の前に晒された、真っ白い喉元。
それを見逃すはずがない煌紀は、小さく舐めてからガブリと甘噛みした。
その鋭い痛みに眉を顰める奏。
しかしすぐ、慰るように、柔肌についた歯形が舐めとられた。
それを何回も繰り返していく煌紀。
やがて、痛みと共に這い上がる快感に、奏の息が上がってくる。
「勃ってきた……。かなは、痛いのも気持ちいいんだな」
「ち、ちが……ぅん……」
向い合せになり唇を塞がれる。
吐息まで奪う様な激しい口付け。
煌紀の片手はその熱く昂る形を確かめるように、奏の身体の中心を揉みしだく。
慣れた手管で快感を高められると、奏など抗いようがない。
「だめっ……待って、ん、そんなに、したら……」
「もうぐしょぐしょだな。……好きだろ? 精液まみれの下着の上から、こうやって弄ばれるの」
既に下着の中は先走りでぐちゃぐちゃになっている。
早く脱がないと染みになるとわかっているのに、大きな手でベタベタの下着ごと扱きあげられると、その快感に夢中になってしまう。
「あっあっあ……!」
「ダメだろぉ、かな。こんなとこで、こんなに乱れて。……誰かに聞かれたらどうするんだ?」
「はっぁ……あぁ……無理……。声……煌紀……」
大学のトイレというシチュエーションも相まって、いつもより興奮している自分を自覚する。
声を抑えようと吐息で抗議しても、それすら嬌声の如く自らを昂らせた。
自分をコントロール出来ず、縋り付くように煌紀の首に腕を回す。
「どうしてほしい? お前のココ……もうイきたくてパンパンになってるぜ」
耳朶を甘噛みする煌紀の低い声が、鼓膜を震わせた。
男女を問わず籠絡する、セクシャルな男の色気が全開になった煌紀の言葉だ。
奏が逆らえるはずもない。
翻弄され続けた奏には、もう冷静にTPOを意識する余裕なんてなく、もどかしい熱に足がガクガクと震えた。
……布越しじゃなく、直接触って欲しい。
しっとり濡れるまつ毛と、物欲しげに潤んだ瞳で、許しを請うように煌紀を見上げた。
唾液に濡れた唇を、真っ赤な舌でちろりと舐める奏の色気は、本人が思っている以上に壮絶だ。
普段の冷静な奏との激しすぎるギャップに、煌紀の雄も強く刺激されたらしい。
「っ……直接、触って欲しいだろ。ぬるぬるの先っぽもぐりぐりしてやろうか?」
投げられる卑猥な言葉にも、興奮が増していく。
早く、早くその通りに嬲って欲しい。
想像だけで、達してしまいそうだ。
「煌紀っ……もう……」
「触ってください、だろ」
この期に及んでねだる言葉を欲する。
煌紀の好きな弄び方だ。
言葉でも、奏を支配したがる。
奏の全てを手中に入れて、自分好みに翻弄させ、自分の赦しの元に解放させるのだ。
要求通りに出来なければ、いくら泣いて縋っても許してくれないことは身に染みてわかっているので、唇を噛んで求める言葉を口に出した。
「……っ……触って、ください」
「いい子だ」
許しの言葉と共に、ダイレクトな快感が背筋を貫いた。
「やぁあああっ……あ、んっ、ふっ……ぁはっ……!」
目の前がチカチカする。
ようやく得られた直接の刺激に、噛み締めた唇からは、絶え間無く嬌声が漏れ続けた。
「……っ、さすがにココじゃ、最後まで出来ねーからな……。一緒に気持ち良くなろうぜ」
興奮にかすれた声で囁く煌紀が、自身の昂りを取り出す。
熱く脈打つ分身を、奏の濡れた屹立と一緒に握って扱きだした。
お互いをこすり付けるように揺れる腰。
ぬちゃぬちゃとした水音が、どんどん激しく、早くなっていくにつれ、二人の我慢も限界に達する。
「こー……き……っ。もう……っ」
「イっちゃう?」
「ん……」
「俺も、もうヤバイ。かながエロすぎて、イきそう」
煌紀が自分の痴態で興奮してくれている。それが更に、自分を興奮させる。
煌紀の頭を引き寄せ、自ら唇を押し付けた。
舌を差し込むと、乱暴に吸われ、食まれる。
「ふっ…………んっ……んぅ!」
口付けに嬌声を奪われたまま、強い衝動に、流される。
そして――、二人同時に白濁を放った……。
***
カフェテリアから少し歩いたところには、大学専用の駐車場がある。
主に教職員が使っているのもあって、学生の人影はない。
そんな、国産エコカーが並ぶ駐車場内に、一目で高級車とわかる黒塗りのセダンが、静かに滑り込んできた。
……ジャストタイミングだ。
その恣意的すぎるタイミングに、何食わぬ顔で隣に立つ男を、小さく睨んだ。
「……かな、まだ怒ってんの?」
「…………下着が気持ち悪い」
「ごめんって。ちょっと悪戯しようと思ったら、予想外にビビった姿が可愛くて」
さっきカフェテリアで確認したスマホには、煌紀から『帰るぞ』というメッセージが届いていた。普段であれば、それを見てから用意をして駐車場に行けば、丁度良く迎えの車が来てくれる。
だから、トイレで時間をくってる間に、車を待たせてしまった筈だった。
なのに今、到着したと言うことは……。
もしかして、この悪戯を見越して遅めに車を呼び出していたのだろうか。
……可能性が高すぎて困る。
「誰かに気付かれたらどうすんだよ」
「あぁ……可愛い声、全然抑えられなかったもんな」
「そういう問題じゃ――!」
「いいよ、気づかれたら気づかれた、で。……かなが俺のだって、思い知るだろ」
あっさりと言い切った煌紀は、返事に詰まる奏を促し、車に乗り込んだ。
柔らかい革張りのシートに腰を下ろし、ドアが閉まると、ようやくホッと一息つけた。
スモークフィルムの張られた車内は、外からは覗かれない。
後ろめたい状態の奏にとって、人目を気にしなくて良い車内は、とても落ち着けるのだ。
「お疲れ様です、煌紀様、奏様。自宅で宜しいですか?」
「有難うございます、お願いします」
運転席にいる當麻家のドライバーに、丁寧に返事をすると、畏まりました、という返答と共に車がゆっくり動き出した。
「帰ったら、続き、しようぜ」
耳元で囁く、低い声。
それはどこか子供っぽい、少年のようなセリフ回しだ。しかし、誰もが認める魅力的な眼差しで言われると、奏は弱い。
――煌紀と奏は、生まれた時からの付き合いだ。……と言っても、実は奏の方が一つ年上なのだが、大学で『王子』とも噂される、大人びた色男に成長する前から、お互いは特別な存在として想い合ってきた。
だから奏の前では、取り繕った外面を見せない煌紀が、大人の男らしい言動をすると、慣れない雰囲気に気恥ずかしさを覚える。
……認めたくはないが、改めていい男だ。
言葉のまま流されたくなる衝動を理性で抑え、簡潔に否を伝える。
「ダメ」
「……何でだよ」
「お義父さんの手伝いがあるから」
「ちっ。親父の奴、かなに手伝わせすぎだろ……」
拒否された理由を聞き、苦々しそうに文句を口にする煌紀。
相手が父親とあってはどうすることも出来ず、お預けされたことを不貞腐れる煌紀に、密かに微笑む。
男同士なので何と表現すれば良いのか微妙なところだが、奏は、生まれた時から煌紀のパートナーとして、煌紀を支える『許嫁』の教育をされてきた。
そんな奏にとっては、當麻グループのトップである煌紀の父を手伝うなんて、当たり前なのだ。
「勉強になるから楽しいよ?」
「……かながいいならいいけど。……しんどくなったら言えよ、俺も手伝う」
自身も跡取りとして求められることは多く、大変だろうに、さらっと助け舟を出してくれる煌紀。その優しさに、笑みが浮かぶ。
大学への入学は同じタイミングだったが、奏の方が年上ということもあり、どうしても自分が兄のような気持ちもあった。しかしいつの間にか、奏を守ってくれる頼れる男に成長していたのだ。
いつまでもヤンチャな子供じゃいられない事はわかっているが、少し寂しく感じるのは致し方ないだろう。
自分も、今後の煌紀を支えるために、大学で法律を学んでいるが、まだまだ足りない。ただでさえ、この関係は特殊すぎて、何かあれば簡単に付け込まれてしまうのだから。
まるでスイッチを切り替えたように、ガラリと怜悧な雰囲気になる奏。
煌紀はそんな恋人に眼を細めると、ポツリと呟いた。
「そっちの奏も、ソソる」
……こんな相手から飲み会参加の承諾を貰おうなんて、やはり無謀だろうか。
難題に溜息を吐きたい心境になりながらも、完璧に整った煌紀の顔が、覆いかぶさるように近づいてくるのに気付いて、素直に瞳を伏せたのだった……。
<END>
ともだちにシェアしよう!