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第1話

とおり、あめ 学校からの帰り道、まるでバケツをひっくり返したような叩きつける豪雨に見舞われたハシモトとコバヤシは駆け足で屋根のある場所を探した。 雨粒で煙る視界の中、コバヤシの少し先を行くハシモトが道をそれて駆けていくので雨宿りする場所を見つけたのだろうとコバヤシはその後を追いかけた。 倉庫然とした建物を目指して侵入者を阻むにはお飾りの門にかかっているチェーンを跨ぐ。 雨を凌ぐには充分な空間に走りこむ。 閉ざされたシャッターは汚れ白くすすけているのをみてもたれかかるのをやめたハシモトがしゃがんでくぼみに手をかけて持ち上げるとガラガラと音を立ててシャッターが上がる。 鍵もかけていないとはなんて杜撰な管理だ、とコバヤシは思いながら下にできたかがんで入れるほどの隙間から中を覗き見た。 中はダンボールが無数に転がっているだけで暫く人が来たような気配もない。 シャッターを頭の位置まで上げてからハシモトが中へ入っていく。 関係者に見つかったら大変だろうがもしきかれたらただ雨宿りをしていたのだと答えればいいか、などと思いコバヤシもシャッターをくぐった。 薄暗い倉庫は広くなくたまったほこりとカビがかおる空気が新鮮な雨の気配と混ざった匂いがする。 高い位置にある窓は曇りぼんやりとした外光に淀んだ空気の塵が溶けている。 長くはいたくない場所だと感想を抱いたコバヤシは首筋を伝う滴を手の平でぬぐい、髪の毛が雨ですっかり下りてしまったことに軽くためいきをついた。 その音を聞きつけたハシモトはちらりとコバヤシを見やり、黒い髪をばさばさと解きほぐす姿を眺めた。 毎朝時間と大量のスプレーセットしているのだろうコバヤシの髪は濡れて寝起きのようにぼさついたものになる。 鬱陶しい長い髪をかきあげるコバヤシの白い首筋から目を逸らし、ハシモトは降りしきる雨を睨んだ。 せっかくコバヤシの家で遊ぼうと思っていたのに思わぬ足止めを喰らったものだ。 水を吸った学ランのボタンを外すと外気が肌を冷やした。 春から夏への移り変わりでここ最近は毎日湿度が高くそろそろ夏服の季節だった。 ふと視線を感じて隣を見るとコバヤシが同時に目線を先ほどハシモトが眺めていた方へ転じたところだった。 黙ったままハシモトが見つめていると、「なんか暑ぃな。」とコバヤシは小さく呟いた。 「そんなら上脱げよ。」 「いいよ。どうせ脱いでも手に持つんだし。」 脱げばちったぁ涼しくなんのにな、とハシモトは思うがコバヤシがいいというならいいのだろうとそれ以上は続けない。 対するハシモトは上を脱いではいないが前は全開で中の赤いTシャツが丸見えだ。 教師に見つかるとうるさいためズボンの中へ入れていた裾を引っ張り出してハシモトはTシャツで顔の水滴をぬぐった。 雨に打たれた時間はほんの数分だったのにぬぐってもぬぐっても滴か額を伝い落ちてくる。 小さく悪態をついて隣に視線をやると、コバヤシは少し呆れた顔でハシモトを眺めている。 「…なんだよ?」 「わざわざ中まで濡らすことねーだろ。」 「気持ち悪かったんだよ。」 額に少し水滴を滲ませているもののあとの水分は長い髪の毛が吸収したらしいコバヤシの涼しげな横顔を憎たらしい気持ちで眺めるハシモト。 余裕かましやがってまた雨の中に突き出してやろうかと思うが、やめた。 ボタンを外し始めたコバヤシを眺めながら、風邪でもひかれたらつまんねーからなと内心でごちる。 コバヤシは今日はちゃんと白いシャツを着ていた。 「やまねーな。」 「あぁ。」 やむどころか雨脚はどんどん強くなって地表を激しく濡らしている。 このまま降り続けばそこら中が水浸しになって俺たちはこの倉庫から出るタイミングを失う。 だがそんな心配を嘲笑うかのように空は白く明るい。 突然ハシモトが顔を近づけてきたのに驚いて後退り、そのコバヤシの反応にふとこぼした相手のほんの一瞬の笑みを見る。 手を伸ばされ、顔に触れられることに居心地の悪さを不意に意識する。 「汗かいてるぜ。そんなに暑ぃ?」 「…ばっか、雨だよ。」 不機嫌な口調でコバヤシがハシモトの腕をどけると、ハシモトはおもむろに滴をぬぐった指先を舐めた。 その突拍子のない行動にコバヤシは目を見張った。 「おま、何、して…。」 「嘘。しょっぱい。」 その言葉にコバヤシの顔が一瞬にして赤くなる。 そりゃ少しは汗も混じってるだろうからしょっぱいだろうと正論をかざす余裕もない。 何気ない口調で言われて、何故自分がこれほど動揺しているのかコバヤシはわからなかったが、今度は素早くハシモトから後退り離れる。 自分の動揺を悟られないように制服の上を音をたてて広げ袖を通すコバヤシ。 その様子を横目で眺め唇の端を吊り上げてくっと笑うハシモトの表情は酷く獰猛だった。 コバヤシが目前にしたら更に動揺を誘うだろうほどのセクシャルさ。 二人の間に落ちた沈黙の間にざあっと雨音が蘇る。 いつのまにか雨だれの音は弱くなっていた。 「そろそろやみそーだな。」 「…そうか。」 答えたコバヤシの声に明らかな安堵が滲む。 告げたハシモトの声がいかにもつまらないといったものだったことにコバヤシは気づかなかった。

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