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第1話

 横から差し出され続けるに、いい加減飽きてきたのは十七問ほど解いたところだ。集中力がないといわないでくれ、と彼は思う。自身にしてみれば、大の 机嫌いである自分が勉強していること自体が信じられないのだから。  愛用しているシャーペンをくるりと回し、ため息をついた。できたぞ、と隣に座っている友人に声をかけ、解き終わった問題を突き返そうとするより早く引き 抜かれる。さらに文句をつけようと口を開く前に新たな問題が差し出された。  せめて不満の意志だけは見せようと視線をあげるところで、シルバーフレームの眼鏡をつけた、端整な顔立ちの友人が全くの無表情で丸をつけているのが目に 入る。無表情は機嫌のよくない証だ。わかりやすい、というよりもむしろそこまで理解してる自分に涙が出てくる。どうやらこの状況を喜んでいないのは自分だ けではないらしい。  よくもここまでつきあうよななどと口にしたら即座に刺されそうなので我慢をし、新たな問題に取り組む。いかにも理系といった字の形に少し苦笑した。大き さの均等な様に親友の几帳面さが伺える。  以前学校で配布されたお知らせの裏であるらしいプリントに書かれている式は簡潔だ。まだ試験に出るような難しいものは書かれていない。それなりに難しい といえば難しいし、やりがいがあるといえばないわけでもない。ただ、飽きが来るだけだ。  解き終わり、返そうとしたあたりで新たな紙が追加される。今度の問題は少しレベルがあがっていた。まさかこの調子で勉強させ続けるつもりなのだろうか。  冗談じゃない、と思い視線をあげたところで、薄いレンズごしに、色素の薄い目と合った。曰く、俺が好きでやってると思ってるのか。  とうとう最近、最後通牒をもらってしまった自分を心配しての行動なのだろうと、そこまではわかる。留年させたくないという思いがきっと底辺にはあるのだ ろう。一緒に進級したい思いは自分にだってある。  しかし、学校を辞めて働きたいとも同時に思うのだ。たとえ端金でも、手に入れられるならどんな労働もいとわない。自分の自由時間の殆どはバイトに費やし ている現在でも、まだ足りないのだから。  はあとため息をついたあたりで、解き終わってもいないのに一枚のプリントが差し出される。上げた顔には不審そうな表情が張り付いていたのだろう、察した 彼は、ペンで問題を指した。すでに解かれている。そして、赤線が下についていた。  つまり、ミス。  そちらを先に解けというのだろう、消しゴムを取り出そうとしたところを止められ、隣に書けと示される。失敗は消すなとそういうことか。計算式を並べる最 中、とんでもないケアレスミスに気がついた。肘をついていた左手で前髪をかき上げる。自分自身は気がついていなかったのだが、どうやらこれは癖らしい。こ の間指摘され、初めて気がついた。思えば普段からこの動作をしていたような気がする。  もう一度差し出すと、今度は丸がつけられた。やはりペケよりは嬉しい。  ――洗脳されている気がする。  先ほど解き途中だった問題の続きに数字を走らせて、ようやく気がついた。今度こそ文句を言ってやると意気込んで隣にいる親友へ視線をやったところ、その 姿が見えない。  いったい何事か、と思うよりも早く立ち上がっていた。シャーペンを乱暴に放り出し、ずかずかと歩く。畳が敷かれている隣室との境である襖を開ける。いな い。身を翻し、廊下とのつなぎであるドアを開いた。いた。  壁に背中を預け、悠々とたたずんでいる。煙草を吸っていないのが不思議なくらいだ。成績はいいくせに、先生にも受けがいいくせに、それなのに優等生とは いえない奴の嗜好の一つ。くつろいだその姿に無性に腹が立って、怒鳴りつけようと腹に力を入れ、口を開いたあたりで、降参といわんばかりに奴は両手をあげ た。 「そろそろ飽きたな。……遊ぼうぜ」  全くの同感だ。  珍しくも一致をみた意見に同意し、二人して問題集とプリントを放り出して、いそいそとテレビゲームに向かう。  そんな、よくあるようなないような俺たちの日常。

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