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第1話

「木下……お前好きな奴いるのか?」  このごろ木下の表情がころころ変わる。そして以前にも増して穏やかに笑う木下を赤井は黙って見ていられなくなったのだ。  ボッと木下の顔に火が照ったように、赤みが付いた。 「赤井だから教えるんだよ」と、木下は耳打ちをするように赤井に顔を近づけて来た。 「あのな、井上が好きなんだ」  聞き取れるか、取れないか位の声でそう教えてくれた。  そんな木下が赤井はとても可愛いと思った。 「そうか、やっぱりな」  木下に向かって笑みを投げかけてやる。 「判かっちゃうのかなぁ」  内緒だよ。と言わんばかりに、詰むんだ自分の口に木下は人差し指を立てて当てる。 「判かっとるわ」  まだ誰も来ていない、早朝練習前の部室での出来事だった。 放課後の部活が一人減り二人減りと何時しか部活の部員は木下と赤井と井上の三人だけとなっていた。 「赤井、まだ帰んないのか?」 「ああ、もう少しやってたいんでな」 「そうか、じゃあ先に帰らしてもらうよ」  木下はそういいながら体育館を後にした。  その後、体育館に残っていたのは赤井と井上だけだった。二人しかいない体育館はボールの弾く音がよく響く。シュート練の井上は背中を向けている、ただ、リングを見つめている井上とは、お互いの顔を合わせることなどなかった。  今朝の会話が、いつしか赤井の心の中を占めていた。 『井上が好きなんだ……』  木下とは、中学一年の時に出会った。ひょろんとした印象の木下を赤木はどこかほおってはおけなかったのだ。  それでも案外しっかりした奴だと思ったのはいつだっただろう。結構振り回したと思う。  それでも木下は何も言わずに、ただ笑って、いつも側にいてくれたと思った。その存在がどれほど心強かったか……。  俺は木下の為に誰よりも強い男で居たかった……。  そして、シュート練習に集中していなかったのがいけなかったのだろう、赤井は着地の時に足を少しひねってしまった。 「……っつうっっ」  タ、ン…っとボールが弾いたと思った。 「赤井……!」  井上の心配げな声が耳に届いた。 「ったく、何ボーーーっとしてんだよっ」 「何がだ」  赤井はパイプ椅子に腰掛けていた。先ほどひねった足首を井上にテーピングしてもらっていたのだった。 「わかんないとでも思ってたのか。集中力が散乱してたくせによう」井上は呆れてしまうとでも言いたいように、深くためいきを付いた。「ちったぁ、気ぃ付けろよ」  井上はそう言うと、テーピングを終えた合図をよこした。  一度、自分の不注意によって泣かされた井上は痛く人の負傷にも敏感になっていた。先ほど、赤井が足首をひねったと判ったときも、井上はひどく青ざめた表情をしていた。  ただの軽い捻挫ですんで何よりだった。 「済まなかったな」  井上は見かけよりずっと繊細で気の付く男だった。井上になら木下を任せても大丈夫だと思った。  今度は赤井が深く息を付いた。 「井上、木下の事どう思う……」 「あんだぁ」  井上は赤井のいきなりの質問に、それでもしっかりと答えてくれた。「あーー、いい奴だよなぁ。しっかりしてるし、根に持たねえヤツだしよう」  それが。と井上は赤井に聞き返す。 「木下がお前の事、好きだと言っておった。お前さえ良ければ、木下とつきあって欲しい…」  それがいい終わるか、終わらないかで井上の顔に怒気の色が浮かび上がっていた。 「赤井、それマジに言ってるのかよ」 「ああ」  井上の腕が赤木の胸元をこれ以上ないくらいに、きつく締め上げる。 「てめぇ、よくもそんなことが言えるな」  赤井はそんな怒りを見せる井上が当たり前だとおもった。 「済まないと思ってる」 「わかってんならなら言うな!」  井上が腕を離すと赤井は再びパイプ椅子へと深く腰を掛けることになる。少し息が苦しい。 「そんなに木下が大事か!ふざけんじゃねぇよ!」  やってられない。とばかりに井上は自分を落ち着ける。 「いいか赤井、よく聞けよ。俺はお前に惚れてる。誰でもないお前にだ。前にそう言ったよな、たとえお前でもこれだけは譲れねぇ。」  悲痛な井上の心が赤井に届く。 「それって、お前に俺の事好きになれって言ってんのと同じだぜ」  赤井はどうすることも出来ぬまま、ただそこで、その場で井上に頭を下げることしか出来なかった。 「すまない井上……」  この想いだけはどうにもならないものだと判っていたのに……。 「すまない……」  赤井はこの言葉に井上への謝罪と想いへの否定を込めた。 「判ってたさ、お前が木下しか見てなかったってことはよ……」  他に誰も居ない体育館で二人だけの想いが、どこにも行けずにさ迷っていた。  ただ……木下に笑っていて欲しかっただけだった……。    【終わり】

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