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第1話
「ふぅん、これが今夜のお題ねぇ」
部屋のテーブルにポツンと置かれた封筒を開け、中から一枚の紙を出して確認する。
『欲情 一夜のあやまち 何でも言うことを聞くから』
そこには三つのことばが印刷されていた。
竹野 遊 、21歳大学生、メッシュの入った茶髪は前髪も長く瞳が隠れている。
175cm細身、学生時代は陸上部だったが、今は特に身体を動かすことはしていない、遺伝のせいか、筋肉はつきにくい。
ユウはゲイではない。
というか、そもそもノンケだとか、ゲイだとかを区別する意識がない。
それほどモテるタイプでもないから、来る者は拒まず、求められれば応じるし、セックスについてこだわりもなかった。
付き合った女にユウは腰が細くていいわね、と言われながら尻をいじられて、楽しみを知った。
女はユウの尻の孔にバイブを入れてくれたが、これ男とヤったらどうなんだろう、と興味を持ったのがキッカケだ。
いわゆるハッテン場、というところに行ってみて自分で男を誘い、その男とホテルへ行き、突っ込まれた。
自分のものを自分でしごきながら、尻の孔に突っ込まれてガンガン揺さぶられて嬌声をあげるのは、とても気持ちが良かった。
女とヤるのも、もちろん気持ちがいい。
だが、男に足を開けと命令され、自分の一番弱いところを晒して、そこを征服される。
自分ではどうにもならない無力感、それでいて、尻から背骨を伝って脳髄まで直接与えられる快感が、たまらなかった。
癖になって、またハッテン場へ行って男を漁った。
ユウは、初めての男がいわゆる当たりだったのだ、と理解した。
たくさんの男と寝るうちに、色んなセックスをする男がいるものなのだと、わかってきた。
行きずりの男と逢瀬を重ねていれば、危険な目にもあう。
ホテルに着いてセックスをし喘いでいたら、別の男が部屋にやってきた。
その頃にはもう、三人も複数カップルも経験していたら、気にしなかった。
しかし、すでに男のモノをくわえている尻の孔に、新しい男の逸物がぶっ刺されたときには、痛みに悲鳴をあげた。
男の変質っぷりは本物で、慣れぬ孔に手首まで入れられて、ユウは血を流して気絶した。
目が覚めると病院に入院していて、持っていた荷物は無事だったし財布には諭吉が20枚増えていたが、ユウはしばらくの間、誰ともセックスできなかった。
そうするうちに、今のバイトを紹介された。
身元を証明せねば入れない、会員制のクラブである。
クラブといっても店に客が来るのではない、客も働く方も指定のホテルへとおもむく。
客ののぞむシチュエーションがあらかじめ決めてあり、ホテルの部屋のテーブルに指示が出ている。
ユウたち働く者は、与えられた指示通りに客と過ごし、時間になったら出ていけばいい。
クラブ側が客の事情をある程度把握しているから、働く者にとっても危険は少ない。
へたな売春の店のように、一晩に何人も客をとらされることなど、決してない。
少なくとも、道端で行きずりの男と寝るよりずっと安全で、金もきちんともらえる。
ユウは、このバイトを気に入っていた。
客の好むシチュエーション、というのがいい。
まるで別人になったような気持ちで、ユウはこの仕事を楽しんでいた。
『欲情 一夜のあやまち 何でも言うことを聞くから』
こんなお題を出してくるのは、どんな男だろうか。
コツ、コツ。部屋の扉が叩かれる。
ユウは首を傾げる、客ならば部屋の鍵を持っているはずである。
はい、と返事をしながら鍵を開け扉を開けると、そこには見上げるほど背の高い男が立っていた。
目が、おかしくなったんだろうか。
ユウは何度もまばたきをした。
部屋の外にいる男は、光沢のあるスーツを着て手には脱いだコートを持ち、その顔は……まるで狼のようだった。
「部屋に入ってもいいかね」
狼の頭の男にそう言われて、ユウは飛び上がってから、大きく後ろに下がった。
「はっ、はい、どうぞ」
「ありがとう」
狼の顔から目が離れない、狼の男は少しだけその目を細めてから、室内へと足を踏み入れた。
狼の男はぐるりと内部を見回し音もなく窓際へ行くと、閉められたカーテンを少しだけ開けて外をうかがった。
ラブホテルというよりは、ビジネスホテルのようなたたずまいの、清潔感のある広めの室内である。
しかしキングサイズのベッドはひとつきりで、枕元にはコンドームにしては控えめなパッケージが三つ、ティッシュの横に並んで置いてある。
「ふむ」と言って狼の男はベッドを片腕で押し、弾力を確かめた。
「そちらの扉も改めていいかね」
と聞かれ、ユウは自分の部屋でもないのに、どうぞと答えていた。
音もなく移動した狼の男が、洗面の扉を開けなかを見て、これはこれは、と言った声が浴室に反響してよく響いた。
「これは何か、君は知っているかね?」
戻ってきた狼の男の手にあるのは、ローションである。
「これはローションです」
まさかクラブの客がローションを知らないはずがない。
となると、これが今夜の客の好むシチュエーションなのだろう。
この男の特殊メイク、いったいどれほど時間をかけてほどこしたものか。
ここまで完璧に凝った演出をされたら、ユウだって気分が乗ってくる。
『欲情 一夜のあやまち 何でも言うことを聞くから』
やってやろうじゃないか。
頭の中で、お題をもう一度考えてみる。
何でも言うことを聞くから、というのは少し難しいように感じる。
この客が、ユウを屈服させて言わせたいのか、それともはじめから従順なのを望んでいるのか。
おそらく、このセリフを言わせたいのだろう。
だとすると、しつけの必要な強気のじゃじゃ馬が好みか、おとなしめの言うなり人形が好みか。
役者にでもなったつもりで、ユウは狼の男を見上げる。
その表情には媚びた、しかし少し小馬鹿にしたような笑いが浮かんでいた。
「ローションは、私のなかにあなたが入るときに使うものです」
言いながらユウは、狼の男から目を離さず、自分の服を脱いでいった。
これからローションまみれになるのである、帰りにことを考えて洋服は避難させておくべきだ。
脱いだ洋服を軽くまとめてテーブルに置いた。
靴も脱ぎ、靴下も脱ぐ。
裸になったユウには、髪の毛以外の毛が存在しない。
ヒゲも体毛も、すべて脱毛しているのである。
つるりとしたユウの裸体を見ても、狼の男は動かずじっと、ユウのすることを眺めている。
一歩進んで男の手からローションボトルを抜き取ると、フタを開けた。
「これを使って私のなかをほぐし、あなたものモノにも垂らして入れるのです」
ローションボトルを傾ければ、中身がトロリと手のひらに垂れた。
「君が私のものになると……そう言っているのかね」
「はい。あなたのものにしてください」
「私と君は……会ったばかりなのに?」
本当にノリのいい男だ、とユウはどんどん楽しくなってくる。
「……優しくしてくださいますか?」
上目遣いにする必要もない、ユウよりもだいぶ上にある男の顔。
視線を合わせるためには、ユウは首を傾げねばならなかった。
「できうる限り、そうしよう」
狼の男はそれだけ言うと、手にしたコートをテーブルへバサリと置き、自らの服を脱ぐために襟元へと手を掛けた。
男から見たユウは小さくひ弱で、裸になった身体は無毛で、まるで子どものようだった。
小首を傾げて見上げられ、優しくしろと言われても、男にはもうそれはできない相談だと思った。
このローションというものが、こんなにも香っているのだろうか。
先ほどから鼻腔を抜けて脳までとろけるような香りがしている。
「できうる限り、そうしよう」と答えながらも、手はせわしなく動き着脱の面倒なスーツの部品を一つずつ外していった。
狼の男が外してテーブルへと置いて行く服飾品を見て、ユウはひくりとする。
カフスもタイピンも鈍い金色に光り、緑色の宝石のような石がついている。
指にはまっている、いくつもの指輪もどれも同じ金色で、よく見えないがおそらく宝石がついているのだろう。
テーブルに置いたときの、ゴトリという重そうな音が、いくつも響く。
時計を外し、首に掛かっていたネックレスも外し、気づけば金色の小山の出来上がりである。
ジャケットを脱ぎシャツを脱いだ男の身体は、首の付け根までが狼の毛で覆われており、その下は普通の人間の身体であった。
普通の人間、というにはあまりに美しく鍛え上げられすぎてはいたが。
スラックスを脱ぎ、革靴も靴下も脱げば、CGで出来た彫像か何かのような狼の頭の男がそこにいた。
ユウは自分の額を、見えない何かでパンとはたかれたような感じを受けた。
一瞬、クラッと世界が揺れる。
強い酒をショットグラスで飲み、脳に酔いが一気に届くような感覚に陥り、ふるふると首を振る。
急にこの目の前の男が欲しくなった。
ふらりと近づいてひざまずき、男の下着に手を掛ける。
下におろせば、萎えた逸物が見えた。
むっと香るのは雄の匂いだ、普段なら頼まれても絶対にしない、風呂にも入っていない男のそれに、ユウは顔を近づけた。
垂れた状態でもずいぶん太くて長い。
手で持ち舌を出して先端を舐めた。
ぐるぐるとそこばかり舐めれば、濃い塩味がする。
「お、おい、君」
戸惑った声で肩に手を置かれて、ユウはふっと笑う。
口を大きく開けて一気に先っぽをくわえ込み、男を見上げる。
舌で口の中の竿の先あたりを前後に擦れば、男の逸物はググッと芯を持ち勃ちあがる。
「……くっ、子どもがどこでこんなことを覚え、……ぅっくっ」
男が全部言う前に、入るだけ飲み込んでやる。
長すぎて鼻先に男の毛が触れるまでは届かない。
子どもなんかじゃない、脳が酔ったみたいにグラグラしている。
根元を両手で包んでゆるゆるとしごきながら、ユウはこれを自分のなかに入れたら
どんなに気持ちがいいだろうかと、目をつぶって顔を揺らし始めた。
木之 は、政府の要人である。
国の要職についている木之は、名前を八麻 という。
先日の仕事の成功に褒美をやろうと上司に言われて、今夜ここへ連れてこられた。
説明は何もない、とにかく危険はないから、黙ってこの中へ入れと言われて一つの扉に押し込まれそのまま廊下をまっすぐ進んだだけだ。
突き当たりに扉があった、なんの変哲もない扉だ。
ノックをすれば、はいと声が聞こえて扉が開いた。
扉を開けたのは、珍しく成人した人間の男のようだった。
自分を見て驚いたのか瞳を大きく見開いてはいるが、狂った様子はない、会話もまともにできるようだ。
人間は成長して性に目覚めると、そればかりに夢中になり、すぐに狂って死んでしまう。
確かに成人して成熟した、会話のできる人間の男、というのは珍しい。
だがそれが、なぜ自分への褒美になるのかは理解できなかった。
人間の男が、自分を八麻のものにしてくれと言う。
会ったばかり、互いに何も知らず、それでも構わないのかと確認したが良いらしい。
ローションというもののせいか、嗅いだこともない香りが充満している。
脳みそを揺さぶられて、平常心を保てない。
この人間が欲しい、征服し泣かせ、噛み痕をつけるのだ。
一刻も早く自分のモノにしたい、という気持ちを鍛えた理性で押し殺し、八麻は人間の男を詳細に観察しつつ、衣服を脱いでいった。
八麻は自分の逸物を口でされたのは初めてだった。
獣人の口腔内では、それは難しいからである。
そして成人前の子どもには、八麻の身体は大きすぎた。
視線を下げれば、人間の男と目が合った。
信じられないくらいの快感を拾って、八麻は呻いた。
ここで出してしまうわけにはいかぬ、となんとか耐える。
人間の男が八麻のモノから口を離すと、急速に冷たい空気にさらされた八麻のモノが、温かい場所を求めてフルリと揺れる。
ローションを持った人間の男が、ベッドへと上がり四つん這いになって八麻を振り返ると、片手で尻を開いた。
「ここに、あなたを入れてください」
すぐにその孔へと打ち込み、腰を奥へと叩きつけ、人間の男に種付けしてやりたかった。
だがそうするには、その孔はあまりに小さく見える。
「ローションでほぐす、のだったな」
ベッドで倒れたローションを拾い上げ、八麻は大きな手のひらに垂らした。
「……んっ、もういいから、入れてぇ」
ユウは仕事でここに来ているから、もちろん洗浄をすませ自宅でじゅうぶん解してあった。
そのまま勃った逸物をズブリと突き刺して、ゆさゆさと揺さぶられたくて、自らねだったのに。
狼の男は、まるでユウが初めて男を迎え入れるかのように、丁寧にほぐした。
丁寧すぎた。
尻の孔とて、いじっていればそのうち粘膜が下りてきて女のように濡れるのである。
それをローションをたっぷりと使って、嫌というまでじらされて、ユウは気が狂いそうだ。
指では足りない、早くその奥の奥まで隙間を埋めて欲しいのだ。
何を言っても狼の男は挿入してこなかった。
ユウは酔った頭で思い出す、今夜のキーワードを。
「……何でも言うことを聞くからぁっ、早くっ……入れて……ぁぁ、あっ、ん」
ようやく孔を望むもので埋められて、過ぎた快感にユウは涙を流す。
「……いっぱい、してぇ。いっぱい、気持ちいい……んっ、んっ……」
狼の男の律動は緩やかだったが、身体の大きさが違うからか、ユウにとっては激しく揺すられているようなものだ。
「……はっ、……優しく、と言ったのは、君だろ、う」
男も耐えているのだろう、荒い息の合間に言葉を紡ぐ。
ユウはまだ足りない、もっと欲しいと酔った頭で考える。
気持ちいい、もっと繋がっていたい、もっともっとこの男が欲しいのだ。
「もう……いいのっ、早くっ! お願い、早くきて俺をイかせてぇっ」
狼の男が一瞬止まった。
くっと息を吐いて、それから相当我慢していたのだろう、荒々しく動き出した。
ユウの口からは、言葉は出ない。
かすれた叫び声だけが上がり、乱れたシーツの上で晒されたうなじに、狼の男が噛みついた。
八麻は口の中に流れてきた血の味に、ハッと我に返る。
耳には男の叫び声が、実地でのサイレンのように聞こえている。
人間の男のうなじに噛みついたのだと、ようやく気づく。
牙を抜き、流れる血を枕から素早く外したカバーで強く抑えて止める。
ドクドクと、人間の男に打ち込んだ己のモノが射精を続けている。
狼の種付けである、早々には止まらないし、すぐに抜くことはできない。
可哀想に、この人間の男は確実に自分の子を孕むであろう。
せっかく成人し、成熟した人間の男となったのに、もう放してやることは無理だ。
上司の言う、八麻への褒美がコレだったのだとしたら、一生を国家に捧げた人生も悪くなかった。
しかし、もう今までのような無茶をして、死ぬことはできぬなと思う。
上司が以前から言っていた、命を大事にしろという言葉の意味をようやく理解する。
八麻は人間の男にいまだ繋がり栓をしたまま、今後に思いを馳せた。
ふいに一人で笑い出す。
笑う八麻の動きに合わせて、身体の下にある小さな頭の髪の毛が、ふわりと揺れる。
顔にかかる髪を掻き分ければ、白い横顔が見えた。
その額に鼻面を押し当てて、この男の名前もまだ知らぬことに、八麻は笑ったのだった。
目が覚めてすぐに、狼の頭をした男に愛している、と言われて驚かない人間がいたら俺は知りたい。
名前を教えてくれと言われて、その前に帰りたいから、尻に入ってるものを抜いてくれと頼む。
「すまないが、まだ抜くわけにはいかない。そして申し訳ないが、君を帰すことはできない。諦めてくれ」
はぁ? まさかの監禁? クラブが借りてる部屋だから、延長ってことでまぁ大丈夫だろうと腹をくくる。
この仕事の客は上客ばかりだ、こんなところでキレられでもしたら、バイトは首になるだろう。
あのシチュエーションがまだ続くのだろう、と俺は適当に合わせることにした。
八麻、と名乗った狼の男に、ユウだとうっかり本名を名乗れば、嬉しそうに顔を舐められた。
舌が長い、ほんとによくできてるなと感心する。
ホテルを出るまで延長か、と思うがクラブの仕事はきちんと金が入る。
大学は一日くらい出なくても退学になりはしない、俺はのんびりと八麻とホテルの時間を過ごした。
おかしいな、と思ったのは、なんやかやと八麻に世話をされ、連れられてホテルの扉を出たときだった。
あれ、廊下ってこんなだったっけ?
腰に手を当てて廊下を歩き、突き当たりの扉を八麻が叩く。
ガチャリと開いた扉から顔を見せたのは、黄色い……狐?
狐の頭をした人間がそこにはいて、おかえり八麻と言った。
俺がこの世界で八麻の子どもを何人も産んで育てていく生活は、ここから始まったんだ。
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