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第1話
「だーかーらー、悪かったって言ってんじゃん!」
浅緋(あさひ)がキレ気味に言った。
謝る態度ではない。
俺は更に機嫌が悪くなるのを感じた。このままではマズイと思うのに中々、自制心が働かない。
自分のこういうところが嫌いだ。親に似ている。
「悪かったからなんだよ」
浅緋を睨みつけると睨み返された。
小綺麗な顔をしているがそれだけなので迫力に欠ける。
どちらかといえば拗ねたガキの表情だ。
顔は良いが幼稚。
こんな男に騒ぐ女どもの気が知れない。
「謝ってんだから翼(つばさ)くんも機嫌なおしてよ」
だからなんで上から目線なんだよ。
身長が無駄に高いのでリアルに見下されているのも腹が立つ。
浅緋の態度に更に腹が立ってきた。
無視して早足で昇降口へ向かう。浅緋はキャンキャン喚きながら付いてきた。
鬱陶しいことこの上ない。
そもそもなんで俺は浅緋なんかと連んでいるのだろう。
俺は元々誰とも連まずに一人でいるタイプだ。
タイプも好みも違う。趣味だって合わない。
クラスが同じなだけで接点はほとんどないはずだ。
思い当たる節は一つあった。
あれがいけなかった。
カツアゲだったか美人局だったか。
よく思い出せないが、いつだったか気紛れに不良に絡まれた男と助けたのだ。
あの時の俺は正義心からそうした訳ではない。
ただ、ムシャクシャしていたのだ。
八つ当たりがしたかった。
大義名分に不良にからまれたナヨナヨした男を使っただけに過ぎない。
「あの、ありがとう!俺は岸辺浅緋。名前聞いてもいいかな?その制服、同じ学校だよね……?」
一頻り、八つ当たりをして満足した俺にやけに懐いてきたのが浅緋だった。
あの頃の浅緋は髪もボサボサで顔もよくわからなくて、スクールカースト最下層みたいな、今より冴えない男だった。
俺はあの日、偶然にも浅緋を助けたことを後悔している。
+++
「翼くん」
名前を呼ぶと魔法のようにワクワクする。
脱色のしすぎでキシキシに痛んだ銀色の髪を追い掛けた。
真似して俺もブリーチしてみたが、どうしても金髪にしかならなかった。やり方を聞いたらバカにされて、それから俺の髪はずっと金色のままだ。
ハーフ顔の俺はなんでも似合うので金髪でも問題ない。
むしろ不良っぽさより日本人離れした顔立ちが際立ち外国人と勘違いされがちだ。
英語の評価1なので英語で話しかけられるのはシンドイ。
翼くんは賢いから俺が困っていると外国人と英語で話して解決してしまう。何を話しているのかさっぱりわからないけど、翼くんカッコイイのだ。
「うるせえな。付いてくんな」
つっけんどんで怒りっぽくて乱暴だけれど、俺はそんな翼くんが大好きだ。
始まりは一目惚れだ。
不良に絡まれていた俺を翼くんは拳一つで解決した。
暴力はよくない。話し合いで解決出来る。その二つは嘘だ。
暴力には暴力で対抗するのが一番良いし、話し合いでなんか解決出来ない事は多い。
苛立たしげな表情で喧嘩している姿はカッコよくて、心底憧れた。
翼くんは正義のヒーローのようなタイプではない。むしろ悪役タイプだ。
俺を助けたのが偶然でも八つ当たりでも構わない。
あれが偶然ならきっとこうして俺が翼くんと一緒にいることは運命に違いないのだから。
+++
浅緋があまりにもキャンキャン吠えるので無視して歩いていると、昇降口で厄介なのに行き合った。
「よお。久しぶりだな」
ニヤリと口元を歪めるのが不敵に見えるが本人に悪気はない。
鋼志(こうじ)は昔から意図的に笑うのが下手くそなのだ。
片手を上げ挨拶する。
「今帰りか」
「おう。そっちは部活?」
ジャージを着ている。聞くまでもないだろう。
中学の時から鋼志は陸上部だ。
「そ。大会が近いんだよ」
「頑張って」
「冷たいなぁ。そうだ、お前、部活やってねーなら陸上部入れば?マネージャー足りてねーんだよ」
肩を抱かれ引き寄せられた。昔から何かと俺を側に置いておきたがる。
それで中学時代痛い目にあっただろうにこりない男だ。
「ヤダね。マネージャーなんて雑用じゃねーか」
「ダメかあー」
ヘラリと笑った顔に呆れてため息をつく。
鋼志とは何度かヤった仲だ。
俺としてはセフレだと思っているが、鋼志は俺を恋人にしたいらしい。
断固拒否しているのだが理解してもらえない。
幼馴染には幼馴染でいてもらいたい。
「伊丹センパイ」
離れたところにいた浅緋が不機嫌な声を上げた。
クラスでは万人ウケする顔ができるのに鋼志には当たりがきつい。
体育会系無理そうだもんな、浅緋。
「なんだよ、岸辺」
鋼志は鋼志でチャラチャラしたのが嫌いなのか威圧的だ。
謎の睨み合いが始まっている。
どうでも良いが俺は早く帰りたい。
スーパーのタイムセールに間に合わなくなる。
「あんま翼くんに……」
「浅緋くん、見つけた!」
甲高い声が浅緋の言葉を遮った。
「げ、七瀬センパイ」
浅緋が顔を痙攣らせる。学園一の美女に対してなんて態度を取るんだ。
七瀬先輩は頬を膨らませ浅緋を睨む。流石、ミスコン優勝者。あざとい。
「どうして私の誘いを断ってそんな奴と一緒にいるのよ!」
そんな奴と俺を睨む。その眼光鋭い。
さっきのあざとさどこ行った?
「そんな奴だってよ」
「うるせえ」
鋼志が俺を小突く。
自分の素行の悪さもガラの悪さも解っているつもりだ。
見ず知らずの女に睨まれるのは腑に落ちないが。
あと、浅緋だって金髪でチャラついているのに俺だけこんな奴扱いも納得いかない。顔面の差か。
ミスコンの女王様とチャラ男はキンキンキャンキャン吠えあっている。
学園一の才女のはずだが男を前にすると知能指数が下がるようだ。浅緋の知能指数と釣り合い取れているようなので問題ないだろう。
見なかったことにしよう。そうしよう。
タイムセール行こ。
「翼くん!」
一人で靴を履き替え帰ろうとしたところ、浅緋に胸倉を掴まれた。
ネクタイしてないからシャツを直接掴まれて引き寄せられる。
布地が傷むからやめて欲しい。
「おい、浅……」
眼前に整った顔がある。
聞こえたのは七瀬先輩の短い悲鳴と鋼志の舌打ち。
唇に柔らかいものが押し付けられた。
なんでこうなった。
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手を離すと真っ先に殴られた。
左頬に良いストレート。利き手から繰り出されるパンチは中々効いた。
フラつき背中に下駄箱がぶつかった。
「イッテェ」
「お前、自分が何したのか、これがどういうことか考えろ」
低いドスの効いた声にゾクゾクした。
これはかなり怒っている。
翼くんはそれ以上は何も言わず、玄関を出てしまった。
走っていたので追いかけても間に合わないだろう。
「嫌われたな」
伊丹センパイがニヤつきながら俺の肩を小突いた。痛い。
絶句している七瀬センパイを置いて帰ることにした。
七瀬センパイは接点がないのにどうしてか俺に告白してきた。本人は自信があったらしく、オツキアイをお断りした途端にキーキー喚き、それから猛アタックだ。
諦めると言う選択肢はないらしい。
その点は俺と同じだ。
俺は翼くんが好きだ。
翼くんが俺のことを嫌いでもウザがっても諦めるつもりはない。
自分が何したのか、これがどういうことか考えろ。
翼くんはそう言った。
俺は翼くんが大好きで、それを証明するためにキスをした。
七瀬センパイを振り切ることを口実に自分の欲望を叶えたと言うのもある。
伊丹センパイがいたからムキになっていたのもある。
翼くんは俺が好きだと言っても無視するのに、あからさまに翼くんに好意を寄せる伊丹センパイを受け入れているのが許せなかった。
幼馴染だかなんだか知らないが俺の方が翼くんのことを好きだ。
翼くんは俺が好きだと言っても無視する。
けれど嫌いと言われたことはない。
キスしたこと自体は起こっていないのだろうか。
なら何に怒ったのだろう。
人前でキスしたことだろうか。
考えるが答えは出ない。
「唇、柔らかかったな」
でも荒れてガサガサだった。
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俺はゲイが嫌いだ。
俺がゲイだし、ゲイがどんな扱い受けるか知っているからだ。
鋼志とはセフレだし、男とヤったことはある。
けれど、まかり間違っても周りに自分がゲイだと悟らせるようなことはしない。
あんな風になりたくはないから。
浅緋がなんで俺にキスしたのかわからない。
七瀬先輩に言い寄られるのが嫌で俺を使った?
そう言う可能性もある。だとすればあまりに軽率だ。
七瀬先輩や他の女子がそれで近寄ってこなくなったとして、それだけですむはずがない。
偏見や嫌がらせ、好奇の目に晒されることになる。
高校三年間で済めばまだ良い。同じ大学に進学する人間がいたら?社会人になってSNSなどで情報を流され特定されたら?自分だけではなく家族も見世物にされる。
俺を巻き込んで、浅緋はそんなことをした。
たかが女一人を退ける為に。
その軽率さがどうしても俺は許せなかった。
朝、教室に入ると浅緋は既にいた。
俺が来るのを待ち構えていたようで、飛びかかってきた。
目立つ顔で目立つことをしないで欲しい。するなら一人で俺を巻き込まずに見世物になってくれ。
「翼くん、結婚しよう!」
肩を掴まれがっちりホールドされた状態で浅緋が大声をあげた。
「はあああ!?」
昨日のあれから何がどうしてそうなったのか皆目検討もつかない。
教室の中はシンと静まり返り、それからワッと騒がしくなった。
女子は阿鼻叫喚だし、男子は囃し立てている。
何故か浅緋に拍手していた。
どうしてこうなった。
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