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心寄せる人 6
(瑞樹か、どうした?)
そう口に出そうとした瞬間、突然ガシャンっと大きな音が耳に響いた。
受話器の向こうからの、スマホが固い床に落ちたような異音だった。
まだ通話は切れていない。
猛烈に嫌な予感がして必死に耳を澄ますと……小さな悲鳴が届いた。
『やっ……』
瑞樹だ!この声は!
続いて男の声がする。ひどく粘着質ないやらしい喋り方だ。コイツは誰だ?
何故瑞樹と一緒にいる?
『瑞樹くん~遅いから心配したよ。あぁ君を抱きしめてみたかったよ。やっぱり花の匂いがするね。もう我慢出来ない。君の躰を早く裸に剥いてみたいよ』
瑞樹が男に絡まれている!しかも性的な目的で!
俺は真っ青になり怒りで持っているスマホがぷるぷると震えた。
いや怒っている場合ではない。冷静になれ!
瑞樹を守るために俺がしっかりしないと。
怒りに任せてはダメだ。
確実に彼を救い、彼を守る方法を探せ!
『やめてくださいっ』
瑞樹の切羽詰まった声が胸に刺さる。
ドンっと壁が揺れる音がする。
どこだ?どこにいる?
まだきっとホテル内だ。
ホテル内で二人きりになれる場所は……化粧室か。
『おいおい、大声を出すと人が来ちゃうよ〜こんな姿見られたら、君も困るだろう』
『ヒッ……』
『やっ……』
何か脅されている。躰に危害を加えられているのか。
瑞樹の細い喉から漏れる苦し気な声が、微かに届く。
『もう……本当にやめてくださいっ!人を呼びます』
『おいおい強気だね。静かに言うことを聞かないと、君の仕事がなくなることになるよ。私の方が君みたいな一介の社員なんかよりずっと力があるからね』
『……そんなのは卑怯だ!この手を離してください』
瑞樹の気丈な抵抗と相手の脅しが永遠に続く。
吐き気がするほど酷い言葉を瑞樹が浴びている!
『うーん、やっぱりここじゃ落ち着かないね。場所を変えようか。実はホテルの部屋を取ったんだ』
よしっ決定打だ。
相手は仕事を共にしていたフラワーデザイナーの野郎だな。
よくも俺の瑞樹をそんな卑劣な手段で脅してくれたな。
エレベーターで二人は上に向かったと聞いた。
俺はホテルの表示を睨みつけた。
ここだ。
最上階のBAR!
あぁエレベーターが上昇する時間がじれったい。
こうしている間にも瑞樹に危害が更に加えられているかもしれない。
彼の無事を祈るばかりだ。
瑞樹は知れば知るほど思うこと。
彼は謙虚で綺麗な優しい心を持っている。
そんな彼が暴力をもって手折られるようなことがあってはならない。
大事に水をやって育てるのが俺の役目。
あの日公園で萎れそうになっていた瑞樹に、俺の愛情を注いでまた彼に花を咲かせてやりたいんだ!!!
くそぉ!!!
BARに駆け込むと、店員に制止された。
「お客様!お待ちください」
「それどころじゃないんだ!」
「あっ滝沢さんじゃ」
「あっ白石さん」
その店員は、以前仕事でカクテルの映像を取る時に依頼した相手だった。
「丁度良かった。人を探している。二人連れの男が来なかったか。一人は若い綺麗な子で、もう一人はたぶん中年で……」
「……その方たちなら、奥のソファ席に」
小声で教えてくれた。
奥まって人目につきにくいソファ席は、男女のカップルが好む空間だ。多少のスキンシップもここなら闇に紛れてしまうだろう。
テーブルには飲みかけのカクテルが二杯残されたままで、席に誰もいなかった。
だが……瑞樹はさっきまでここに座っていた。
俺にはすぐに分かった。
瑞樹の残り香がしたし、彼が朝持っていた鞄が置きっ放しになっていたから。
鞄を手に取り化粧室の場所を白石に聞くと、事情を察したらしい彼は素早く支配人と共に案内してくれた。
店内を出て細い廊下の先の化粧室。ここは人目に付きにくい場所だ。
息を整え化粧室のドアを開けようとした時、内側から先にドアが開いた。
中から中年の長髪の下品な男と、手首を掴まれ引きずられるように瑞樹が出てきた。
瑞樹の表情は俯いているので伺えないが、ネクタイが乱れ……酷く憔悴しきった様子なのが伝わってきた。
「おいっ!何処へ彼を連れて行くつもりだ」
その声に瑞樹が、はっと顔をあげた。
縋るような潤んだ赤い目で……俺の名を呼んでくれた。
「滝沢さん……」
俺に助けを求めているのが、ひしひしと伝わってくる。
俺が助けてやるから安心しろ!もう大丈夫だ。心配するな!
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