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心寄せる人 17

 年甲斐もなく、こっぱずかしくなった。おいおい俺……今、一体いくつだよ?もう三十過ぎたオッサンが、あんな触れたかどうだか分からないようなキスで舞い上がるなんて……  いや、ちゃんと触れた。  しっかりと触れたぞ。  瑞樹の唇を初めてもらった。  瑞樹と話せるようになってから、いつも欲しかったものだった。清楚で柔らかそうな印象の瑞樹ならではの優しい言葉を紡ぐ唇に、初めて触れることが出来た興奮はとんでもなかった。  雷に打たれたように感激した。  今までの女とも男とも、全く違う。  追い求めたりしてこない。  ただそこにひっそりと咲く野の花のような彼の唇に酔いしれ、男の欲情が沸き上がるのを堪えるのに必死だった。  本気で下半身を制御する羽目になった。  瑞樹……  一度触れたらもう手放せないよ。  俺のキスを受け入れてくれた瑞樹。 **** 「パパ!こげてるよーめだまやき、またはしっこがチリチリしてる!」 「おっと!」  さっきのキスを反芻していたらこのザマだ。あぁ情けない。トコトコと小さな足音を立てて俺の近くにやってきた芽生を見下ろすと、きちんと用意しておいた服を着ていた。 「おーえらいな。洋服今日は一人で着られたのか。よしよし、ボタンも掛け違えてないな」 「うん!えっとね、おにいちゃんがてつだってくれたんだよ」 「そうか良かったな。あっそうだ。瑞樹の卵の焼き加減の好みは……」  端っこが焦げた目玉焼きを皿に移してから、徐に子供部屋にドアを開けた。 「瑞樹、目玉焼きは半熟でいいか」 「えっ!あっハイ!」  瑞樹はちょうど着替えている最中で、上半身裸だった。視界に突然飛び込んできた肌色に驚いて、俺はドアノブを握ったまま固まってしまった。  その癖……視線は彼の美しい上半身に釘付けだ。  小さな胸の飾りは淡い桜色で想像以上に綺麗だ。こんなに綺麗な乳首は見たことがないぞ。それに脇腹や二の腕には無駄な肉が一切ついていない。かといってガリガリな感じでもなく、ほっそりとしなやかだ。実に塩梅のいい体つきにゾクっとする。  綺麗な身体なんだな。  瑞樹……  彼は本当に顔も躰も心も……清楚という言葉が似あう青年だ。 「た……滝沢さん?」  瑞樹もどうしたらいいのか分からないようで、シャツを腕に通したま上半身裸を晒しながら暫くピタッと固まっていたが、慌てて頭からシャツを被ってしまった。  あぁ……名残惜しい。 「あっあの?」  やっと我に返り、俺が長い時間いやらしい視線を向けてしまったことに気が付いた。 「わっ、悪い」 「いっイエ……」  瑞樹の方も傍から見ても分かる程、赤面していた。でもきっと俺もだ。顔から変な汗が飛び出る勢いだ。今日はなんだか刺激が多いな。 「あーパパたちへんなの!ふたりともまっかなウインナーみたいんだね!ふふっ」  芽生の可愛い声に我に返る。こんな小さな息子の前で、瑞樹の躰に欲情する自分をぶん殴りたくなった。 「瑞樹……その、卵の焼き加減は」 「あっあの半熟で」 ****  結局動揺が収まらず、また目玉焼きの端をチリチリと焦がす羽目になった。トーストも焦がす始末だ。だが作り直している時間がない。  瑞樹すまん!  「……お待たせしました。すいません。朝食まで用意してもらって」  顔を洗いさっぱりした表情で瑞樹がダイニングにやってきた。ベージュのチノパンに白いリネンシャツというシンプルで素朴な服装がよく似合っていた。  やっぱり君は野に咲く花のように優しい印象だ。  熱々のコーヒーに、ちょっと端が焦げた目玉焼きと焼き過ぎたトーストを出すと、瑞樹の表情が突然固まった。さっきまでの明るい表情がみるみるうちに悲しみの色に染まり出す。 「どうした? このメニュー嫌いだったか」 「あっ……いえ……違うんです」  瑞樹が過去に戻っていく。  遠くに彷徨いだしてしまう。  その暗い視線はおそらく別れた彼との思い出を、記憶を辿っているのか。明らかに動揺している瑞樹を、ここに引き戻したくて必死になってしまう! 「瑞樹、ここだ!俺たちを見てくれ」  思わず心の声を告げてしまう。 「あっ」  瑞樹は俺の声にはっと顔をあげた。 「すみません。……想い出って厄介ですね。滝沢さん……こんな朝食、もう二度と誰にも作ってもらえないと思っていたので、驚いてしまって……」 「そうだったのか。さぁ一緒に食べよう。三人で!」  多少強引かもしれないが、もう瑞樹は渡さない。  想い出になった、別れた彼には。  

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