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想い寄せ合って 8

 遊園地でソフトクリームを食べた後、そのまま帰路に就いた。まだ四歳児の芽生くんは遊び疲れたようで、帰りの電車の中で揺られ出すとすぐに滝沢さんにもたれて転寝をしてしまった。 「可愛い……」  芽生くんのあどけない寝顔を見ていると、僕もかなり救われる気持ちになるよ。  楽しい一日だった。  幸せな一日だった。  一馬と別れてから……どうやって休みの日を過ごせばいいのか分からなくて戸惑っていたのが事実だから。  ひとりで暮らすには広すぎる部屋は時に残酷で、長い月日を共にした相手がまだそこにいるような錯覚に陥っては自己嫌悪に塗れていた。洗濯物も茶碗も全部もうアイツの分はいらない。むなしく残った二人分の食器やリネン類を早く処分しようと思うのに、なかなか進まない。  あいつとの別れを受け入れたのは僕だ。僕の手で送り出したのに……未練がましいとも、やっぱり寂しいとも思うなんて……煮え切れない思いに雁字搦めになっている。  僕を捨てた一馬に対して……あの頃と同じ量の愛情はもうないのに……でも確かに感じるのは『情』が残っているということ。  こんな厄介で中途半端な気持ちを抱いたまま滝沢さんと付き合うなんて申し訳ないと思っていたのに……観覧車の中で、まるで恋人同士のように熱の籠ったキスをしてしまうなんて、自分でも驚いた。  滝沢さんとのキス……すごく良かった。  しっくり馴染んで気持ち良かった。  それにさっき唇についたソフトクリームを指先で拭われた時、ぞくっとした。いい意味で過敏に僕の身体が反応していることに気づき恥ずかしかった。さらにあんな熱い視線で見つめられたら……はぁ節操ないよな。まだ一馬と別れて数週間しか経っていないのに。  滝沢さんに見つめられるのが嬉して思わず感じそうになってしまったなんて、恥ずかしくて絶対に知られたくない。でも確実には僕の心は彼に靡いていることは素直に認めよう。 「芽生くん、ぐっすり眠ってしまいましたね」 「あぁ、遊び疲れたんだな。今日は瑞樹が一緒だったからハイテンションだったしな」 「もう駅に着くのにどうしよう」 「よし!おんぶするから手伝ってくれ」 「はい」  滝沢さんの広い背中に、芽生くんは軽々とおんぶされた。  ふぅん……背も高いし、体格も男らしいんだなと彼の背中を改めてじっと見つめてしまう。   「何?」 「あっあの……滝沢さんって背が高いですね」 「うん?185cm以上はあるかな」 「すごい」 「嬉しいな」 「何がですか」 「瑞樹が俺にどんどん関心を持ってくれている。それで瑞樹は170はあるのか」 「うっ……なんだか癪だな。僕だってこれでも174cmはあります」 「へぇ思ったよりあるんだな。華奢でほっそりしているせいかな。すらっと可憐に見える」 「可憐って?僕は男なのに」 「気に障った?」 「いえ……」  滝沢さんにそう言われるのは嫌ではない。むしろ嬉しいような……  一馬との身長差は5cm程度だったので、滝沢さんのことを見上げる角度はいつもよりもっと上だ。そのことも新鮮で、新しい恋の一歩を踏み出しはじめたことを実感していた。  駅からの道すがら滝沢さんは芽生くんをおんぶして、僕がその横に並んで歩いた。気が付けばもう夕暮れで、橙色のほわっと霞みがかった夕日を浴びる僕たちは幸せ色に包まれている。  それにしても楽しい時は一瞬にして過ぎてしまうものなんだな。そういえば一馬の別れる数カ月前から、いつも別れの日が来るのを怯え、休日を休日らしく楽しく過ごせていなかったから余計にそう思うのかもしれないな。  とにかく今日はドキドキの連続だった。 「瑞樹、今日は付き合ってくれてありがとう。楽しかったよ」 「それは僕のセリフです」 「このまま家においでと誘いたいが、今日は芽生が寝ちゃったな」 「大丈夫ですよ」 「ひとりで帰れるか」 「当たり前ですよ」 「そうか……ちょっと寂しいが気を付けて帰れよ」 「はい、月曜日にまた!」  滝沢さんに甘やかされている自覚はある。ひとりになった僕にはとても居心地が良い、ずっといたくなる場所になりつつあることも自覚している。  でもきちんと気持ちを整理できないまま進めないのが、僕の性分なんです。  すみません……  そう心の中でそっと謝った。 「謝らなくていい」 「え?」  まるで心の声が聞こえたかのような返事だった。  驚いて顔を上げると滝沢さんは少し切なげに笑っていた。いつも大人な印象なのに時折見せてくれるこんな素の表情にも、またぐっと心を動かされる。 「ありがとうございます。僕は……不器用な人間なんです。それでもいいですか」 「当たり前だ。ゆっくり行こうじゃないか。俺も瑞樹の歩調で世界を見渡してみたい」    

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