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尊重しあえる関係 6

 土曜日の13時。有楽町にあるホテルオーヤマへ僕は向かった。今日は披露宴の最終打ち合わせだから、装飾の担当として同席するように上司に言われていた。 「少し早かったかな、まだ約束の時間の20分前だ」  確か披露宴の打ち合わせコーナーはホテルの地下だったよな。ここは会社からほど近い老舗の超高級ホテル。ここには四宮先生をはじめ、沢山の先生方のアシスタントとして入った経験があるので慣れてはいる。  でも僕は常にアシスタント業務で、生け込み当日、先生の傍らで指示通り動くだけだったので、打ち合わせから参加するのは初めてだ。なんだか緊張するな。この仕事がデザイナーとして初めて仕事なのだ。つい力が入ってしまう。  打ち合わせコーナーの入り口に立つと、すぐにホテルの従業員の女性が近寄って来て「お待ちしておりました」と席に通される。  あれ?まだ名乗ってもいないのにいいのかな?四人掛けのテーブルには誰もいない。どうやらまだ時間が早かったようで、僕が担当する新郎新婦になる人は来ていなかった。  落ち着かない気分でキョロキョロと辺りを見渡すと、当たり前だがカップルだらけだ。  こういう場所は自分には一生縁がない場所だと思っていたので、仮にも仕事とはいえ新鮮な気分になってしまた。  みんな幸せそうに輝いていて眩しいな。  でも僕も……滝沢さんとの来週末のピクニックデートを楽しみに仕事を頑張っている。  思い起こせば一馬とはお弁当を作って公園なんて行ったことなかった。仕事もお互い新卒で入社して3年間……とても忙しい時期だった。それでいて翌日が休みの週末は、明け方までお前に何度も抱かれ、ヘトヘトで……目を覚ませばもう昼過ぎなんてことも多かった。  お前と付き合っていた頃の僕って、今考えると何だったのか。僕はお前にちゃんと愛されていた?最後の方は躰だけのつながりになっていなかったかと別れた後、何度か思ってしまったよ。  でも……お前は酷いことをしたが、最後まで僕の行く末を心配してくれていたし、あの置き手紙だってそうだ。それに滝沢さんが話してくれた僕達の仲睦まじい姿からも……そうではなかったことは理解している。だけど時々むなしくなるよ。 「お連れ様がいらっしゃいました」  ぼんやりと手持無沙汰で一馬とのことを考えていると、さっき案内してくれた女性に声を掛けられてびっくりした。お連れ様ってどういう意味だ?  するとその女性の背後にいた若い女性も目を丸くしてた。 「えっあの……あなたはどなた?」  その問いにホテルの女性が驚いたように聞き返した。 「細田様のお婿様では?」 「やだ!違いますよぉ。彼は今日も急用で来れなくなっちゃって」 「あっ申し訳ございません」  その会話に察した。どうやら僕は彼女の相手と間違えられたようだ。そう思うと恥ずかしくて顔が火照ってしまう。 「申し訳ありません。僕はフラワーデザイナーの葉山瑞樹です」 「え? 私たちの担当はもっとおじさんだったはずだけど……」  怪訝な目で見られてますます焦ってしまう。僕はこの仕事がデビューの新人だ。人生の門出を祝う装飾の足手まといになるわけにはいかない。 「それが……弊社の四宮が事情により退職してしまったため、代わりを務めさせていただきます。あの……まだまだ未熟ですが、精一杯頑張りますのでよろしくお願いします」 「ふぅん……なんだかすごく若くて綺麗な男性になって嬉しいわぁ~返ってラッキーかも!」 「はぁ……」  お嫁さんになる女性は、僕の隣に当たり前のように座った。  ええっ!隣同士なんて変だろう?  ここはお婿さんが座る席だ。  あっそうか、僕が動くべきなのか。  慌てて席を立とうとすると、呼び止められた。いきなり腕を掴まれて驚いてしまった。 「待って!」 「あの? 僕は向かいの席に」 「あらそんなのいいのよ、せっかくだからここにいて欲しいわ。私の彼はいつも仕事が忙しくて、打ち合わせに同席してもらったことなんてほとんどないのよ。酷いでしょっ?だから周りはカップルだらけに、私だけ一人で肩身の狭い思いをしていたのよ~」  ウインクでお願いされてしまった。  う……一応お客様だし……断れない……よな。  高校時代に付き合っていた彼女もこういう強引なところあったと珍しく思い出してしまった。  打ち合わせが始まると、彼女は突然、予期せぬ無理難題を投げかけてきた。 「あの、前回提案してもらったフラワーデザインなんですけど、実は気に入らなくて。あのオジサンが強引に決めちゃって不満だったのよ。でも葉山さんならなんとかしてくれると思って。私はスズランの花が大好きなんです。だから式場を全部埋め尽くすほどにして欲しいわ」 「えっでも今からの大幅な変更は……」  今回の案件は四宮先生が1回目のデザイン打ち合わせをしているので、僕の出番はブーケやテーブル花など少ないと思ったのに、まさかの要望にたじろいでしまう。 「前のデザイン案は百合がメインで実は気乗りしなかったって彼に話したら、代金の上乗せはいくらでもって言ってくれているので金銭的負担はOKなんです。だからぜひお願いします!」  今からのデザイン変更、しかも使う花も全く違うものにだって……思わず頭を抱え込みたくなってしまった。でも指定された花がスズランというのは、希望があった。  スズランなら……函館の実家の花屋と懇意にしている花農家がいるから、何とか無理が言えるかもしれない。 **** 何やらバタバタな展開になってきました。瑞樹くん女性にもモテそうで心配です!今日アトリエブログ更新しました。https://fujossy.jp/notes/16876  梅雨のBLコンテスト『今年の梅雨明けは早かった。』完結しました。全然目立たない地味な作品で読者さまもすごく少ないのですが、楽しみながら教育実習生と高校生の恋を書きました。途中まで曇天のような展開で滅入りますが……ラスト3話で梅雨明けの爽快感を感じていただければと思います。 https://fujossy.jp/books/12653

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