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原っぱピクニック 3

 ピクニックをする場所に瑞樹が泣いていた公園を選んだのには、理由がある。  瑞樹にとってはまだ悲しい思い出が留まる場所かもしれないが、俺たち親子との大切な出会いの場所でもある。だから楽しい一日をここで過ごすことで、俺の手でいい思い出に塗り替えてやりたい。 「あっこの公園って……僕がここに来るのは、あれ以来です」 「そうか」 「あれからまだ一カ月も経っていないなんて、なんだか不思議な気持ちです」  瑞樹は、あの日蹲って泣いた滑り台横の原っぱの辺りを静かに見つめていた。そこは日曜日の公園に不釣り合いな真っ黒な礼服姿で、上質な服が汚れることも構わぬ様子で泣きじゃくっていた瑞樹のことを、俺が見つけた場所でもある。  目を閉じると今でもあの日の光景が蘇るよ。バス停で密かに見守っていた幸せそうな彼が激しく泣く姿に胸を打たれた。 「実は……あんなに泣いたのは久しぶりだったんです。ずっと泣かない方だったから」 「そうか、君が我慢強いのは知っているよ。でもそのお陰で俺たちは出逢った」 「はい……あの日あのタイミングで声を掛けてもらえてよかったです。僕がひとりで家に戻れたのも翌日ちゃんと会社に行けたのも、全部シロツメグサの指輪と滝沢さんの話のお陰です。四葉のクローバーの生まれた意味と『幸せな復讐』の話がとても印象的でした」  瑞樹の心を捉える話題を自然にしていたと思うと、嬉しくなる。広告代理店で培った雑学の知識に感謝だ! 「おぉそうか、そう言ってもらえると嬉しいよ」 「ねぇねぇ~パパたちいつまでお話してるの?お兄ちゃんにまたシロツメグサのゆびわをつくってあげる!まだあっちにたくさん咲いているみたい」  二人で話していると、芽生がグイグイと瑞樹の細腕を引っ張った。 「いいよ!でも作り方が分からないから、教えてくれるかな」 「うん!もちろん!」  芽生は瑞樹に頼られて嬉しそうに、自信に満ちたいい表情を浮かべていた。  誰かに頼られるというのは、自分の自信にも繋がるものだな。  俺と玲子の言い争いを怯えた目で見ていた芽生は、もうここにはいない。玲子と芽生の母子関係は悪くなかった。仲が良かったのに……全部俺が駄目にした。  それにしても瑞樹はやっぱりいい子だ。  いつも芽生の目線まで降りて相手をしてくれる。確か瑞樹にも年の離れた弟がいると言っていたな。きっとその弟ともこんな感じで成長してきたのだろうな。瑞樹の優しくおおらかな兄と接したばかりなので、きっと瑞樹は弟のことも溺愛しているだろうと勝手に思ってしまった。 「さぁ昼食の準備をするから、少しふたりで遊んでくるといい」 「うん!パパ、いってきます」 「滝沢さん……あの、僕も準備手伝います」 「いや芽生と沢山遊んでもらえると嬉しいよ。出来たら呼ぶから」 「あっはい!分かりました」  ペコっと律儀にお辞儀をし、芽生の元に走っていく瑞樹の軽やかな後ろ姿を見送った。  ふぅ……芽生はいいな。  偉そうに父親面したことを少し後悔していた。瑞樹が息子と遊んでくれるのはもちろん嬉しい。だが俺も早く瑞樹に触れたくなってしまう。これは小さい子どもがお気に入りのおもちゃを取られたような心境だなと苦笑してしまう。こんな白昼堂々そんな不埒な煩悩に支配されている自分が情けないが。 「まぁ……まずは腹ごしらえだよな」  滑り台を見下ろす小高い丘の上の木陰にレジャーシートを引いた。それから弁当を並べていく。カニのウインナー、作り過ぎたか。卵焼きに唐揚げも沢山作った。おにぎりも握ったぞ。もしかしたら俺は結構器用な方かもしれないぞ。こんな技を短期間でマスターしたのだから。  ピクニックにあたりメニューに迷ったが、瑞樹はこういう素朴なものが案外好きな気がした。今日は車で来たから飲めないのが残念だな。瑞樹は結構イケる口のようで、沢山飲ませたら色っぽくなりそうだな。おっと脱線する前に飯だ!飯! 「おーい、準備出来たぞ。手を洗って戻って来い」 「分かりました!」  瑞樹は手を軽く振り、そのまま芽生の手を引いて手洗い場まで連れて行ってくれた。そんなよく目にする日常的な優しい光景にほっこりした。  俺は……玲子と離婚するまで公園遊びに付き合ったことがなかったな。  いつも仕事優先で偉そうな態度の俺に、玲子が早々に愛想をつかしたのも無理はない。最後に玲子から浴びた蔑みの冷たい言葉はしこりとなって心の奥に残っている。だが俺の手元に残された素直で可愛い芽生を見ていると、玲子もあの日までは愛情を注いで芽生を育ててくれたことが分かる。だから憎いけれども……憎みきれない相手だ。  玲子と今度会ったら……どんな顔をしたらいいのか分からない。 **** 「お兄ちゃんといると、すごく楽しい」 「嬉しいことを言ってくれるね。僕も楽しいよ」 「あのね……メイすこしさみしかった」 「どうして?」 「……うーん、パパにいわないでね」 「言わないよ。話してごらん」 「……ママがいなくなっちゃったから」  胸の奥がズキッとした。まだ四歳の芽生くんが、お母さんを思慕するのはごく自然な感情だ。 「そうか……うん、さみしいよね。すごく分かるよ」 「でもね、お兄ちゃんといるとママといっしょの時みたいに、ぽかぽかになるんだ」 「そうなの?」  芽生くんの本当のママ代わりは男の僕には無理だけど、温かい気持ちになってくれるのは嬉しい。僕がここにいてもいいと認めてもらっているようでホッとする。  僕には『母』が二人いる。  一人はもう今生では二度と会えない所にいる母。  もう一人は函館でいつも僕のことを心配してくれる母。  どちらの『母』も大切な存在だ。  滝沢さんと奥さんの間に何があったのか、どうして離婚することになったのか……詳しいことはまだ何も聞いていない。それはまだ僕が兄のことを実の兄でないと話せないのと一緒だ。弟のことも……滝沢さんに話している弟とは、たった四年しか生きられなかった実弟のことだとも話せないでいた。  母について考えることの多かった僕だから……芽生くんが幼心に母を慕う気持ちは理解できた。 「またきっと会える日が来るよ。お母さんは元気なのだから……今は離れていても、メイくんのことをちゃんと考えてくれているよ」 「そうかな~そうだとうれしいなぁ」  なんだか……芽生くんと話していると、腹を痛めた子供でもないのに、他の兄弟と同じように僕を存分に愛してくれた函館の母に無性に会いたくなってしまった。  

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