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Let's go to the beach 16
「またお会いしましたね」
声の主を見ると、先ほど風呂場で散々大騒ぎした月影寺のメンバーが立っていた。
「あっおにいちゃんだ!」
芽生くんにとって、もう一人のお兄ちゃんと認定された洋くんの登場だ。ただ……彼小さな子供に慣れている訳ではなさそうだが……芽生君の前にかがみ込み優しく話しかけてくれた。
「メイくんこんばんは! それって美味しい? いいなぁ」
「うん、すごくおいしいよ!おにいちゃんも食べる?」
「えっ俺は大人のお料理でいいよ」
「そうなの? だってじーっと見ていて、すごくたべたそうだよ」
「ちっ違うよ、そういうつもりでは……」
「くくくっ、洋は相変わらずお子様だな。帰ったら作ってあげるから今日は我慢しろ」
「丈まで! ひどいな」
お子様ランチって……ははっ!なるほど、洋くんっていじられキャラなのかな。そのあまりに美しすぎる顔と裏腹の不器用さが庇護欲を誘うのか、本当にとても可愛い人だ。
「そうだ! せっかく隣同士なんだから、テーブルくっつけようぜ」
そんな提案で、あっという間に月影寺の方たちと合同の宴会がスタートした。
「じゃあ俺たちの出会いに乾杯!」
「乾杯!」
ビールの大ジョッキが鳴り響く。
「瑞樹、大丈夫か」
「はい、これって……なんだかまるで会社の慰安旅行に来たみたいですね」
「え? 瑞樹の会社って今時そんなことをしているのか」
「ええ、老舗のせいか風習もレトロで、毎年熱海や箱根の温泉に部署ごとに一泊しています」
そう答えると宗吾さんはギョッとした表情になった。
あれ?僕……何か変なこと言ったかな。
「なんだって! くそっ羨ましいな」
「一体何がですか」
「だって一緒に風呂に入ったり、浴衣姿の君と酒を飲んだり、あぁぁもしかして相部屋か」
「えぇだいたいいつも四人部屋ですよ」
「なっ何もなかったよな?」
「くすっ、宗吾さん心配しすぎですよ。幸い宗吾さんみたいな人はひとりもいませんでしたよ」
「ん?そうか、うーんそうかな。だがやっぱり心配だ」
宗吾さんって面白い……ずっと百面相をしている。それにしてもそのビール何杯目だろう。僕もビールは好きだけれど、とても勝ち目はないな。
「へぇ瑞樹も結構ビール飲めるな」
「はい、まぁ……」
一馬とよく飲んだとは言えなかった。
でも……これからは、あなたと一緒に。
「宗吾さんとビアガーデンにも行ってみたいですね。北海道のビールも美味しいですよ」
「そうだな。瑞樹とはこれから一緒にやってみたいことが沢山あるよ」
「それは僕もです」
本当にそう思う。今までの僕は目立たないようにひっそりと生きていくことに徹していたが、今は少し違う。
宗吾さんと一緒にいると、生きることに貪欲になっていくようだ。
「少し一緒に話しても? 瑞樹くん、背中の日焼けは落ち着いたかな?」
やってきたのは医師の丈さんだった。
「そういえば火照りも収まったようで、ずっと楽になりました」
「よかった。応急処置が効いたようだな」
「ありがとうございます。本当に助かりました」
「いや、こちらこそ……洋が悪かったね」
「とんでもない。洋くんと知り合うきっかけになったし」
「君は優しいな。洋とよかったら仲良くしてやって欲しい」
「もちろんです。僕の方からもお願いしようと……」
丈さんは洋くんのことをとても大切に愛おしく思っている。そういう人の優しい感情に触れるのは心地よいものだ。それからは宗吾さんと丈さんと流さんは、浴びるように競うようにビールを沢山飲んで泥酔していった。
「宗吾さんっ大丈夫ですか」
「パパすごくおさけくさいよー」
「ははっ大丈夫、大丈夫!大丈夫だ──」
「……」
全然大丈夫ではないよ。 大柄な宗吾さんを支えながら廊下を歩くのは、結構大変だった。
「なんだ? お前は隣の部屋か」
「そっちこそ隣か──ははっ」
バンバンと肩をたたき合っている。丈さんと流さんと意気投合して、三人はまるで昔からの親友のように見えた。そんな様子に僕と洋くんは顔を見合わせて苦笑した。
「瑞樹くんお互い苦労するね」
「えぇ……宗吾さんいつもは強いのに、今日はリラックスしていたみたいですね。洋くん、東京に戻ったら必ず連絡しますね!」
「ぜひ!待っています」
洋くんとは次へ繋がる約束をした。新しい友人は久しぶりだ。大学でも会社でもそれなりに友人は作ったが、こんなにも深い部分で波長が合う人物は初めてだ。
「瑞樹ぃ……悪い。寝させて」
客室に入るなり、宗吾さんは敷いてあった布団にバタンキューだ。
「お兄ちゃん、メイも眠たいよ~」
「そうだね。メイくんも夜更かしだ。さぁ歯を磨こうね」
「うん!」
それからメイくんに添い寝してあげた。背中を優しく規則正しくトントンと叩いてあげると、あっという間に眠りに落ちてしまった。
子供の安らかな寝顔は天使みたいだから、いつまでも見ていたいよ。でもやはり夏樹の笑顔を思い出してしまう。
あの日……春に幼稚園に入ったばかりの夏樹が僕のベッドに潜り込んできた。
(ママ~今日はおにいちゃんと一緒がいい)
(えー瑞樹と?大丈夫?夏樹と一緒で狭くない?)
(全然! 夏樹は温かいし)
(うーん、そうだ、瑞樹もたまにはママと一緒に寝ようか)
(え?僕はもう大きいから……そんなの平気だよ)
(そう? でもね、なんだか今日はママが一緒に眠りたくなっちゃった)
(ママが?)
(うん、だから今日は三人で!)
(分かった)
(おいで、ギュッとしてあげる)
(わっママ!恥ずかしいよ!)
(いいの、瑞樹もまだ小さな子供なんだから、ママに甘えること!)
思い返せばあれが最期の夜だった。
母の心臓の音が間近で聞こえたのも、夏樹の心臓の音が聞こえたのも……
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