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実らせたい想い 3

「お兄ちゃん!本当に来てくれたんだね!」  芽生くんが息を弾ませ飛びついてくれた。  ふわっと香るのは、子供特有の日だまりの匂いだった。 「メイくん、遅くなってごめんね」 「お兄ちゃんと一緒におどれるのうれしいよ」   『お待たせしました。次は親子で踊ろうマイム・マイムです。保護者と児童の皆さんは手をつないで入場門にお集まりください』   アナウンスが流れるや否や僕も列に押されるように進んだ。そのまま芽生くんとしっかり手を繋ぎ入場門をくぐる。  青い人工芝が目にも鮮やかだ。  うわっ!こんな光景を見るのはいつぶりだろう。  懐かしいしくすぐったい。  記憶が光りの粒のように飛び跳ねている。  音楽が流れ出すと、皆輪になって手を握りあって時計回りにステップを踏みだした。 『マイム・マイム・マイム マイムベッサンソン……』   あぁ……良かった! 踊り……結構覚えていた!  練習なしのぶっつけ本番で踊れるか心配だったが、これなら大丈夫そうだ。  続いて手を繋いだまま輪っかを広げたり縮めたりしていく。この頃にはもう自然に踊ることが出来、周りを見る余裕も生まれていた。もちろんお母さんが圧倒的に多いが、中にはお父さんやおばあちゃんの子もいるから、僕も馴染めているようでほっとした。  ラストは立ち止まってステップを踏んだり、芽生くんと手を叩き合ったりした。園庭にいる皆の笑顔が弾けて、和やかな雰囲気に包まれていた。 「あー楽しかった~」 「……お母さんじゃなくてごめんね。大丈夫だった?」 「もちろんだよ。芽生はおにいちゃんがいい!」  子供の素直な心に嘘偽りはない。  すっと溶け込む『僕でいい』という言葉に、胸奥がぽっと灯る。    そのまま芽生くんと少し話した。 「ねぇおにいちゃん『マイム・マイム』って、どこの国のことばなの?」 「そういえばそうだよね。確か…… ヘブライ語で、マイムが『水』でベッサンソが『喜びの中』だったような……あっそうか、要するに水が出て喜んでいる歌なんだ!」 「ふーん、お水なんだ~そっかお水は大事だもんねぇ」    水か……  一馬が残した言葉のように、僕は誰かの水になれているだろうか。  もしも宗吾さんと芽生くんの水だったら……うれしいよ。  誰かの心を潤す人になりたい。  僕が生きている価値が、そこに見えてくるから。 「あっごめん。僕そろそろ仕事にもどらないと。芽生くんごめんね」 「大丈夫だよ!コータくんのママが送ってくれるから」 「それなら、よかった!」 「おにーちゃん、ありがとう! またあそびにきてね」 「うん!宗吾さんが帰国したら行くね」  芽生くんは小さな手を、元気よく振ってくれた。  君は偉いな。周りはお母さんだらけなのにニコニコして……僕のことも、あんなに喜んでくれて。  仕事を抜け出して来てみてよかった。  ここに来ることが出来てよかった。  芽生くんと踊ったマイムマイムのおかげで、僕も水を沢山もらったように潤っているよ。  ところが……  気分良く仕事に戻ろうと出口に向かって歩いていると、突然背後から呼び止められてしまった。 「あなた……誰?」  

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