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実らせたい想い 21

「さぁ瑞樹さん、沢山召し上がってね」  食卓の上には私の十八番であるカラッと揚がったトンカツが湯気を立てていた。息子と孫と……息子の恋人と食卓を囲む日が来るなんて、主人生きていた頃には考えられない光景だわ。   「いただきます。とても美味しそうですね」 「そう? 良かったわ。今日は疲れたでしょう。このまま泊まっていってね。どうせ年寄りの一人暮らしだから遠慮はしないこと」 「……はい、ではお言葉に甘えて」  面映ゆい笑顔を浮かべる彼に、キュンとした。    まぁ……本当に謙虚で誠実で清楚な青年を宗吾さんは捕まえたのね。すっと背筋を伸ばし上品に箸を運ぶ彼の仕草を、私は目を細めて見つめた。 「瑞樹。上手いだろう? 母さんのトンカツは衣が違う。俺も何度か挑戦したが、こんな風にならなくてなぁ」 「まぁ宗吾さん、随分おだててくれるのね。今度伝授してあげるわ。瑞樹さんにもね」 「あっはい。頑張ります」 「わーい!おにいちゃんの作ったご飯、芽生もたべたい」 「うん、頑張ってみるよ」  芽生がニコニコと瑞樹さんに話しかける様子に、ほっとした。  まだ幼い芽生が今日の玲子さんが打ち明けた再婚話を、どこまで理解しているのか分からない。しかし母親を取られてしまうという寂しい気持ちは、少なからずあると思うのよ。 「おばあちゃん、ママはあの隣にいたおにいさんのお嫁さんになるの?」 「え? えぇ……まぁそういうことよ」  私も複雑だった。芽生を産んだ彼女は、この先も芽生の母親だけれども、もう宗吾の嫁ではない。嫁と姑の関係は解消されているのだと思い知ったわ。今後どうやって付き合っていけばいいのかしら。なんだか気まずいわね。  彼女には彼女の新しい人生がある。だからもうあまりこちらから頼ってはいけないのでしょうね。 「おばあちゃん、むずかしいお顔してるよ。芽生にも新しいママがくるから大丈夫だよ」 「まぁ……ふふっそうね」 「芽生? 新しいママって?」  宗吾さんが聞き直した。 「お兄ちゃんのことだよ」 「え? 僕……?」 「だめ?」 「いや……僕も芽生くんとずっと一緒にいたいよ」 「あーコホン、母さん、俺たちはさ、いずれそうなりたいと思っている。瑞樹それでいいよな?」 「……宗吾さん……はい」  瑞樹さんは耳まで真っ赤になってしまった。なんて可愛らしいのかしら。  夕食後、彼にお風呂を勧めた。芽生がテレビで戦隊もののアニメに夢中なうちに、宗吾さんに話しかけた。 「宗吾さん、少しいいかしら?」 「何です?」    瑞樹さんは私も認めている。彼だから受け入れられる。しかし少し気がかりがあるのよ。 「ねぇ宗吾さん、彼のご両親は大丈夫なの? その……同性婚みたいなものに理解はあるの? あなた、しっかりご挨拶したの? けじめはつけて、きちんとしておかないと」 「そうだよな……確かに」 「彼のご実家はどこなの? あなたはもうご家族に会ったの?」 「あぁ彼のお兄さんには」 「そうなのね。その方は……あなたたちの関係を知っているの? 理解は?」 「ある」   短いがしっかりした答えにほっとした。家族の誰かひとりでも、まずは味方になってもらわないとね。 「宗吾……彼もお仕事が忙しそうだけれども、年末年始は帰省するのかしら」 「どうだろう? 分からない」 「まぁ頼りない。あなたはもっと彼のことを知るべきよ」 「それは同感だ」  宗吾は決まり悪そうにポリポリと頭をかいていた。分かってね。私は反対しているわけではなくて、むしろ応援しているの。  年の功というのか、年寄りのいらぬ心配だと思うけれども……何となくひっかかるものがあった。 彼はとてもいい青年よ。しかしちらっと見え隠れするのよ。切ない瞳の奥に何か重たいものを抱えていると。   ****  母に忠告されなくても、気になっていたさ。  瑞樹は自分のことを話さなすぎる。  函館の実家が花屋を営んでいる。  幼い頃に交通事故で弟を四歳で亡くしている。  俺と同じ歳の兄がいる。  これだけさ、俺が知っているのは。  そうだ、一度瑞樹と一緒に函館に行ってみるか。だが嫌がるかな。彼は自分が同性愛者だという事実を多分隠している。兄にはバレてしまったが……きっと母親に知られたくないとすら思っているだろう。  瑞樹が嫌がるならそっとしておいた方がいいのか。うーん、これは悩ましい。とにかくもう少し聞き出さないとな。悩んでいると石けんのいい香りが漂ってきた。 「宗吾さん、お風呂ありがとうございました!」 「おお! さっぱりしたか」 「はい」 「そのパジャマ、似合っているぞ」    急に泊まることになったので、瑞樹は着の身着のままだ。なので俺の若い頃のパジャマを貸してやった。それが見事にぶかぶかで、でも強烈に可愛くて参った! 「これ大きすぎますよ。同じ男なのに……こんなにも体格が違うなんてショックです」  瑞樹が優しく笑う。  だから俺も優しく笑える。   「おいで、髪を乾かしてあげよう」 「はい!」   素直に俺の前に座った瑞樹の髪の毛にドライヤーをあてる。ふわふわっと優しい栗毛色の髪の毛が風に舞う。何だか、そよ風のような人だな。君って…… 「何か言いましたか」 「瑞樹は、たんぽぽの綿毛みたいに何処かに行ってしまいそうだ」 「え……」  何でそんなことを口走ったのか分からない。瑞樹がどこかにふっと消えてしまいそうで、思わず背後からキュッと抱きしめてしまった。それから胸元に手をそっとあてる。 「宗吾さん?」 「大丈夫か。ここ……傷ついてないか」 「大丈夫です。何故……そんな心配を」 「分からない。でもなんだか母と話していたら不安になってしまった」 「何の話を?」 「うん……なぁ瑞樹のことをもっと教えてくれよ。包み隠さず全てを明け渡してくれないか」   俺の我が儘に、瑞樹は少し迷った後、コクンと頷いてくれた。 「少しずつ話していきます。僕がどんな人生を送ってきたのか、宗吾さんに知ってもらいたいという気持ちはありますから」 「そうか……瑞樹がそういう気持ちなら安心するよ」 「心配しないでください。僕はどこにも行きません。ずっとあなたの傍に」 「あぁ。悪いな。もっと楽しい話をしよう!」  もう一度腕の中の瑞樹をきつく抱きしめた。瑞樹も動かないで俺の胸に背を預けてくれる。今日も瑞樹の花のような香りは健在だ。瑞樹という人柄が香しい匂いを放っているのだ。  俺の大きなパジャマに包まれた瑞樹の肢体はほっそりとしていて、愛らしかった。 「そうだ、また北鎌倉に遊びに行きませんか。僕の仕事も来月になれば一息つけますし、宗吾さんもですよね」 「あぁ彼らに会いにいくか」 「ぜひ! それから芽生くんのリクエストの水族館も」 「なら江ノ島の水族館はどうだ?」 「いいですね。僕も行ったことがないので楽しみです。いつにします? 実現させたいです!」 「あぁそうだな」  俺と瑞樹は恋人同士だ。  だから、こうやってお互い歩み寄り、未来を築いていく。  俺には実らせたい想いがある。  いずれ瑞樹と一緒に暮らしたい。  瑞樹には芽生の心の拠り所にもなって欲しい。    瑞樹と一生共にいたいと……シンプルに考えれば、やはりそこに落ち着く。  これはさ、ひとりじゃ成し遂げられない想いだ。  瑞樹としか叶えられないことだ。  こんな気持ちになったのも、こんなにも人を愛おしく想うのも……こんなにも守りたい人がいるのも、全部初めてだ。  瑞樹が俺に気づかせ、教えてくれることばかりだ。   「好きだ……瑞樹」  思いの丈は溢れ出す。  心の声は自然と外に漏れていた。 「宗吾さん……僕もです」 『実らせたい想い』了

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