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帰郷 15

「滝沢さん、あなたの事が好きです。離婚されているのも知っています。お子さんがいることも……でも、もしよかったら私とお付き合いしていただけませんか」 「えっ」  飲み会の帰り道に同じフロアの女性を駅まで送る道すがら、突然告白されてしまった。以前の俺なら眼中にない人からの告白なんて迷惑なだけで、冷たく無下に断っていた。  だが瑞樹を愛するようになってから、どうもそうもいかなくなってしまった。勇気を出して告白してくれたことに礼だけは尽くしたい。断るならきちんと話して断りたいと。 「ありがとう……そんな風に想ってもらえて嬉しいよ。だが俺には既に好きな人が存在していて、その人と生涯を共にしたいと思っている。だから申し訳ない」 「あーやっぱり勝ち目ないですよね。最近の滝沢さんって前と違ってすごーく優しくなって……特に真面目にやっている人に対して温かくて、実は人気急上昇なんですよ~」  えっ急上昇か。おっと、喜んでいる場合じゃないよな。確かにこの女性もとても真面目で気立てがいい。以前の俺には近づきもしないタイプだ。  俺は瑞樹と付き合い出すようになってから、特に真面目にやっている人に好感を持ち、目が行くようになっていた。それは認めよう。  そういう意味でも瑞樹の影響はやはり絶大だ。離婚前の俺は恥ずかしながら派手で目立つものが好きだった。だがそういうものは見た目だけで長続きしないことを学んだ。地道にコツコツ毎日を積み重ねていくことの大切さを、玲子と離婚し芽生を育てていくうちに躰と心で自然に学んでいたのかもしれない。  だからこそ、瑞樹のようなひたむきな人に恋をした。 「そうかな」 「そうですよ」 「きっとそれは今……付き合っている人の影響だよ。以前の俺は結構意地悪だったろう?」 「あっハイ。って、すみません。以前の滝沢さんだったら……好きにはなりませんでした。あーでも告白して玉砕してすっきりしました。これからは同僚として、またよろしくお願いします。あっもう駅が見えてきたので、ここで」 「あっおい……その、大丈夫か」 「滝沢さん、そんな申し訳なさそうな顔しないでくださいよ。その方と末永くお幸せに! それで救われます」  去っていく女性を見送りながら少し複雑な気持ちになった。これでよかったのか。瑞樹だったらどうする?  そこから俺の頭の中、一気に飛躍してしまった。  瑞樹もあのルックスだ。きっと会社でも老若男女からモテるよな。現に前はフラワーデザイナーの先生に言い寄られて大変な目に遭ったし、どうも男にも目を付けられやすいから心配だ。  瑞樹……今、何をしている?  今日は函館行きの日程やお兄さんの連絡先をメールで約束通りきちんと知らせてくれた。しかもつい先ほど電話で話したばかりなのに……今すぐに逢いたくなってしまった。  どうやら思いがけず女性から告白されたことにより、瑞樹の存在を強く意識してしまったようだ。こうなると、もう止められない。俺の中で瑞樹を想う気持ちがどんどん膨らんでしまう。  時計を見ると夜の10時過ぎ。こんな時間に訪ねるのは駄目か。  今日は飲み会だったので芽生は実家の母に預けている。だからどうせ帰っても誰もいない家で独り寝をするだけだ。それなら逆方向になるが瑞樹の顔を一目見に行ってもいいだろう。何もしないからさ。  そう思うと急に足取りが軽くなる。俺もゲンキンだよな。 ****  瑞樹のマンションの前に立ち、上を見上げると部屋の灯りが優しく灯っていた。 「よしっ、ちゃんと帰っているな」  そのままエレベーターが降りてくるのが待ちきれず、階段をのぼった。    あっこのシチュエーションは、あの日と似ているな。  瑞樹の兄が遊びに来ているのを知らずに家を訪ねて、お兄さんを瑞樹の前の彼と誤解して揉めたんだよな。思い出すと苦笑してしまう。あの時、慌ててバスルームから飛び出してきた瑞樹のヌード! 初めてみる裸に興奮したよな~にしても綺麗な躰だった。乳首の色も最高で……って、俺、何処を見てたのだか。またヘンタイ発言で怒られてしまうよな。  少しまともなことをと……瑞樹と俺の現在の関係について想いを馳せた。  躰の関係は相変わらず前進していないが、心はどんどん近づいている。  最近の瑞樹はようやく過去や家族の話をしてくれるようになり、ますまる俺を信頼してくれるようになったのが伝わってくる。  まるで家族のように温かい関係を築いてから入る恋もいいものだ。  瑞樹との恋は、俺にとって『生涯の恋』と言ってもいい。大げさだが瑞樹のことに関しては、いくらでもキザになれるのさ。さてと瑞樹の部屋の前に到着だ。  ところがインターホンを押そうとした手が、停止してしまった。  どうしてこの部屋の電気が灯っている? ここは前の彼が使っていた部屋だから、普段は近寄らないのに。まさかまた兄が来ているとか……いやいや聞いてないし。むしろ瑞樹の方が来週函館に行くのだから、それはないはずだ。  するとカーテンの閉まっていない部屋の中で、黒い影が動いた。二人の男が何か話しているようなので、必死に耳を澄ませた。 『そこは駄目だ!』 『いいじゃねーか』  瑞樹の声だ! だが一体誰と話している?   嫌な予感がして、慌ててインターホンを何度も押してしまった。 「瑞樹、俺だ、開けてくれ!」  

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