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帰郷 24
「戸締りOK、ガスも電気もOK。っと、大切なものを忘れる所だった」
宗吾さんのお母さんからいただいた数珠をそっと鞄に入れた。これは僕にとってお守りだ。勇気を出せる素晴らしい贈り物をいただいた。
僕と宗吾さんの男同士の恋を全面的に認めていただけるなんて、本当に有難い。宗吾さんのお母さんに良くしていただく度に、感謝の気持ちが込み上げてくるよ。
さてと、そろそろ行かないと。飛行機に乗り遅れたら大変だ。
宗吾さんはもう仕事に出てしまっただろうか。10時発の飛行機を予約したので、今朝は会えなくて残念だ。土日は僕が仕事だったし、最近はすれ違いが多いな。こんなもどかしい瞬間を積み重ねるたびに、宗吾さんの家に早く引っ越してしまいたくなる。
(宗吾さん行ってきます。戻って来たらもう一緒に住んでもいいですか。僕には不釣り合いな幸せかもしれませんが、貪欲に求めても? )
空港に潤は来るだろうか。
電車で羽田空港に着いた時、やはり少し緊張した。あの日は潤とスムーズに話せたが、今日はどうなるか。
そっと鞄の中の数珠を握りしめた。
僕に勇気を──
****
出発ロビーの柱にもたれている潤を、すぐに見つけた。
「潤! 来てくれたのか」
「まぁな、瑞樹がわざわざチケット代くれたからな」
「嬉しいよ。潤と一緒に函館に帰れるなんて」
「そっ……そうか」
潤が恥ずかしそうに鼻の頭を擦っていた。
あれ? 顔が赤くなっているな。大きな図体でこんな可愛い仕草をするなんて可愛いな。以前は気が付かなかった潤の新たな面がどんどん見えてくる。
僕と潤……本当にやり直せそうだな。
過去は過去として置いて……これからゆっくり兄弟としての時間を重ねていきたい。素直にそう思えた。
僕が変われば潤も変わる。
潤が変われば僕も変わる。
人って複雑な生き物だが、根底は単純なのかもしれないな。
こんな簡単なことに気がつくのに、随分遠回りしてしまった。
「瑞樹も荷物預けるか」
「そうだね」
お互い荷物を先に預けて手荷物検査場に行こうと歩き出した時、潤のスマホが鳴った。
「もしもし……えっ……そんな……わっ、分かった」
潤の声のトーンが突然低くなり、さっきまで可愛いと思っていた表情が一転して強張っていた。
「誰から?」
「瑞樹、ちょっとここで待っていてくれ」
「分かった」
****
なっ何で……このタイミングで電話がかかってくるんだよ! まさかオレのことを尾行していたのか。
電話の相手は例の若社長だった。
「やぁおはよう。僕だよ。やっと見つけたよ。僕の瑞樹くんを。まさか君たち10時の便の飛行機で帰るつもりなの~?」
「何でっ……ここが」
「ちょっとこっちに来てくれるかなぁ。君の後方にトイレがあるよね。そこで待っているよ」
「う……」
くそっ! 何でバレたんだ。あっ……まさか工事現場で俺の荷物を見られたのか。迂闊にも航空券を入れたままの手帳をロッカーに置いていた。
どうしよう……何もかも瑞樹に打ち明けるべきか。いや瑞樹を不安がらせたくない。オレがなんとか阻止しないと!
そう思って、瑞樹を残してトイレに駆け込んだ。
「やぁいい子だね。ちゃんと来たね、君だけ瑞樹くんと仲良くしてるなんてずるいなぁ、僕も仲間にいれてよ」
「誰が! このストーカー野郎!」
「おっと心外だな。君には10万の貸しがあるんだよ。今すぐ耳を揃えて返してよ」
「は? 」
最悪の展開だ。若社長は一見優男のようで凶悪な一面を持っていた。
「いいかい? もともとはこれは君から持ち掛けた話だったよね。それを忘れられては困るなぁ。『瑞樹くんに会えるよう段取りをするから東京に行かせろ』って、君、確かに言ったよね? あの時の会話は録音してある。ほーらちゃんと証拠もあるよ。これをお兄さんやお母さんに聞かれたら大変だよね。かなり、がっかりするよね。僕を脅したようなものだしさ」
「うっ……」
愕然とした。確かにオレから提案してしまった。まさかこんなに危険な奴だったとは。あの時コイツは気弱なふりをして猫を被っていたんだ!
こんな風にオレが瑞樹を売ろうとしたことが母さんや兄貴にバレたら。瑞樹にバレたら……嫌だ! 知られたくない!
「ふふっ、やっぱり君の弱みはそこだよね。さーてと、そろそろ瑞樹くんを借りてもいいかな。君は10万返さなくてもいいよ。ここで君の役目は終わりだ。これはお小遣い。もうちょっと東京で遊んでおいで」
ポンと手に白い封筒を置かれたので、慌てて確認すると万札が数枚入っていた。
こんなつもりじゃなかった。オレはこんな風に金で操作されるのはイヤだ!なのに足が梳くんで動かない。大人の怖さを身をもって思い知った。
あ……でもアイツが行ってしまう! 瑞樹を連れていってしまう!
やっぱり駄目だ。オレのことなんかよりも瑞樹が大事だ!そう思った瞬間足が動いた。だがトイレから出て引き止めようとした途端、ドンっと衝撃をくらった。
****
潤……遅いな。もうすぐ搭乗時刻になってしまうのに戻って来ないなんて困ったな。
飛行機の案内掲示板をじっと見つめているとポンポンと肩を叩かれた。振り向くとスーツ姿の見知らぬ男性が立っていた。
「あの? 」
「瑞樹くん、会いたかったよ」
「え? 何で僕の名前を?」
心当たりのない男性が僕の名前を知っていることに一抹の不安を覚えた。どことなく見覚えがあるような……この陰湿な視線をどこかで……記憶の糸を必死に手繰り寄せた。
「あれ? イヤだな~ まさか覚えてないの?」
「あの……どこかでお会いしましたか」
「えー信じられないなぁ。僕はずっと想っていたのに、君は忘れてしまったなんて許せないよ」
「え……」
「僕は函館の高橋建設のタカハシ。覚えているだろう? 以前は君のお兄さんに通報されて散々な目に遭ったよ。もみ消すの結構苦労したんだよぉ~」
途端にぞっとした。それは僕の中では闇に放り込んだ過去だ。
高校時代……執拗に登下校を追い回されたり家にまで押しかけられて……何度も交際を申し込まれて卑猥な言葉を突き付けられ戸惑った。本当に大変な目に遭った。同性の年上の見知らぬ男性に、一方的に想われるなんて気持ち悪くて、顔なんてまともに見れなかった。
ストーカー行為を最初は誰にも相談出来なかった。どんどんエスカレートしてくる行為に抵抗し死ぬほど悩んだ。幸い広樹兄さんがいち早く異変に気付いてくれて警察に掛け合ってくれたので、当時は大事に至らなかったのだ。
一刻も早く忘れたくて抹殺した過去だ。
「な……何で……ここを」
「君を探していて、やーっと見つけたよ。ちょっと付き合ってよ」
強引に手首を掴まれたので必死に振り払った。気持ち……悪い。宗吾さんに触れられた時と全然違う! 虫唾が走る!
「何をするんですか! やめてください!」
「あれぇ……抵抗すると君の大事な弟さんが傷つくよ」
「な……潤に何を……」
潤の姿が見えないの事と、この男が突然現れたのには関係があるのか。
「潤はどこだ?」
「ほら、今こんな感じだってぇ」
するとさっと見せられたスマホ画面には、驚いたことに鼻血を出して床に倒れている潤が写っていた。さっきの服装だから、今日の画像だ!
「ちょっと大人しくしてもらったんだ。病院代は渡したからいいよね」
「な……何てことを! 」
「君が僕と来てくれたら、これ以上は傷つけないよ」
「くっ……」
どうしよう……どうしたらいい。宗吾さん……
(何かあったらいつでも俺を頼るんだよ)
宗吾さんの言葉を思い出し……半ば引きずられるように歩かされる道すがら必死にスマホを操作して連絡を試みたが、見つかってしまった。無念だ。
「あぁ駄目だよぉ~もう瑞樹くんの携帯は没収ね」
「……あっ」
奪い取られた携帯は、そのままポンっと道に捨てられてしまった。
どうしよう! どうしたら……
僕が抵抗したら潤が傷つけられてしまう。こんな非道な人間の言いなりにならないといけないのか。
僕は函館に行きたいのに……宗吾さんの元へ戻りたいのに。
以下、作者の独り言
(興味がない人はスルーしてくださいね)
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志生帆海です。こんばんは!
甘い話がお好きな読者さまにとって申し訳ない急降下展開ですが、どうか見守ってください。本棚激減覚悟です(;'∀')この展開での更新は正直すごく悩みましたが、やっぱり私が書きたいものを書いて突き進むことにしました。今の予定では数話で一気に抜けると思います。(長引かせないようにしますので)
ただもう最高のハッピーエンドはすぐ近くまで来ています。最後の山は一段と険しいですが、上り切ったらその先には、必ず溺愛ラブラブで終着します!
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