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帰郷 30

「飛べ! 俺を信じろ! 」  いつの間にか窓の下にはマットが敷かれ、宗吾さんが手を広げていてくれた。周りにも何人か警察官がいるようだが、僕の眼には宗吾さんしか見えなかった。  僕は……僕の力でここから脱出する。  服を脱がされ……もう、ほとんど全裸に近い状態だ。でもそれを恥じている場合ではない。  早くあの人の元に早く戻らないと。    そう思うと窓枠に手をかけ勢いよく飛び降りていた。 「宗吾さん!!」  ふわりと躰が空を舞う。  戻りたい人の元へ! ****  新幹線が軽井沢駅に着くと、連絡してくれた松本さんのお姉さんが待っていた。 「あなたが松本さんの……」 「急いで、こっちよ」  駅から用意されていたタクシーで、瑞樹が捕らわれている貸別荘へと直行した。 「こちらの警察にも通報したのよ。最初は推測では動けないって言われて。彼が抵抗することなくついていったので同意の上だろうと取り合ってもらえなくて。でもソウルの優也を通して、脅されて連れていかれたことを確信出来たから、警察にも掛け合って向かってもらってるの」 「そうですか。ありがとうございます。あぁとにかく早く救わないと。相手は捨て身のストーカーのようだから瑞樹に何をしでかすか。何もされていないことを祈る! 」  俺の表情がかなり険しかったのだろう。そのまま無言になってしまった。 「着いたわ。ここよ! 」  豪華な貸別荘にはどの部屋にも煌々と灯りがついていた。瑞樹はどこだ? 瑞樹はもう警察によって救出されたのか。だが……どうもそんな様子ではない。 「おいっ何故だ? どうして早く突入しない? 」 「身内の方ですか。どうやら彼は中で人質になっているようです。安全第一で今から交渉を試みます」 「そんな悠長なことを言っている場合じゃない。そいつはストーカーで一度捕まった男だぞ。はやく強硬突破しないと、瑞樹が……」  くそっ! じれったい。こうしている間にも瑞樹は恐怖に震えているというのに。  その時二階の窓が突然バンっと開き、男性が必死に逃げ場を探している様子が目に入った。  瑞樹だ。俺の瑞樹がそこにいた。  まだ日が明るいので、あからさま過ぎる程露わに彼の今の悲惨な現状が映し出されて、息を呑んでしまった。  殴られて唇の端から血を流し、頬にも青い痣が……シャツはビリビリにはだけている。無残なまでに一方的に痛めつけられた姿に、胸がギュッと塞がった。  野に咲くような清楚な瑞樹を、こんな形で踏みにじるなんて許せない!  大事に大切に育ててきた俺たちの愛を汚された。  何もかも、土足でやってきた変態男に踏みにじられた。  俺の瑞樹を!  もう怒りに爆発しそうになった。 「うぉおおおおお、ぶっ殺してやるー!!」  俺は制止する警察官を振り切り瑞樹を傷つけた奴を殺してやる勢いで玄関に突入しようとした。その時、後ろから松本さんのお姉さんが叫んだ。 「駄目よ待って! 違うでしょう! あなたがすべきことは、それじゃない。恨みを晴らすよりも先に、彼を救わないと! あなたまで犯罪者になってどうするの?」  そうだ、そうか……瑞樹だ。  俺の一番大事な瑞樹を救わないと。 「あぁ!嫌だぁぁ!!!やめろぉ!」  そうこうしているうちに、瑞樹の姿がまた窓から消えてしまった。すぐにドスンという音と悲痛な叫び声が、こちらまで降りて来た。  しまった! 再び捕まってしまったのか。  俺は声の限りに叫んだ。 「瑞樹ー!」 「瑞樹ーそこにいるか! 窓だ! その窓から逃げろ!」  暫くして鈍くぶつかる音と共に暫くしてから瑞樹がもう一度顔を見せてくれた。もう下半身には何も身につけていなかった。だがそんなことを言っている場合ではない。瑞樹が必死に俺を探している。 「マットを用意してくれ」  下はコンクリートだがログハウスなのでそう高さはない、上手く飛び降りれば大丈夫だ。 「俺を信じろ! 飛べっ! 」  傷ついた瑞樹は本当にもう無残な程にボロボロだったが、俺を見てしっかりとコクンと頷いて、窓枠に足をかけ迷いなく飛び降りて来た。  そうだ! 瑞樹……俺の元に戻って来い!   もう二度と君を離さない!  まるで降臨する天使を抱きしめるように、俺は身体を張って彼を受け止めた。 「……宗吾さん」  俺の腕の中で瑞樹は涙を流しながら、幼子のようにしがみついてきた。  そして俺の名前を一度だけ呼び、ほっとした様子で意識を飛ばしてしまった。 ****  ここはどこ?  目覚めるとベッドの上だった。  天井もカーテンも真っ白で清潔だった。  あ……ここって病院なのかな。僕は……どうして。  ハッと思い出したのは、お父さんとお母さんと弟と車に乗っていたら、突然横から車が突っ込んで来て……あ、それから。    どうしよう。どうしよう。お父さんもお母さんも……死んじゃった!  僕だけを残して……  弟はどこ? 夏樹は?  さっきまで、血だらけの弟を抱いていた。  この手……この腕の中でどんどん冷たくなって……それで…… 「わっ……わぁぁー」  頭が痛い! 割れるように痛くて悲鳴をあげながら僕はベッドに潜り込んだ。  僕はひとりだ。ひとりぼっちになってしまった。  どうしよう……寂しい。怖いよ……誰か……たすけて……  「瑞樹! 瑞樹気が付いたのか」  カーテンがバッと開き、布団ごと僕を優しく抱きしめてくれる人がいた。  

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