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帰郷 47

 眠れない夜だった。  どうしていつも僕はこうなのだろう。良かれと思ってしたことが裏目に出てしまうことが、振り返れば多い人生だった。耐えて耐えて……耐えていれば何とかなると思っていたが、そうではないのか。  感覚のなくなってしまった自分の指先を見つめながら、一晩中考え抜いた。  僕は……この先どう進むべきかを。どの道を選ぶべきなのか。  さっきから宗吾さんからもらった言葉が、頭の中で何度もリフレインしている。   『瑞樹、大丈夫だ。俺と少し立ち止まってみよう、なっ』  立ち止まってもいいのか。甘えてもいいのか。一晩考えて結論を出すと宗吾さんには伝えた。  間もなく朝日が昇る。  いつまでも軽井沢の病院に留まるわけにはいかない。  進むべきか、引くべきか。 ****   「お兄ちゃん~おはよう!」    芽生くんの元気な声が病室に届くと一気に目覚めた。この子とずっと過ごしたい。そのためにも僕が……僕自身をしっかり取り戻さないと。 「おはよう! 芽生くん、ホテルはどうだった? 」 「すごーく広くて、お姫様が住んでいそうなところだったよ」 「くすっ、今度は僕も泊りたいな」 「うん、おにいちゃん、早くぜーんぶよくなるといいね」 「そうだね」  芽生君と宗吾さんは、昨夜は優也さんのお姉さんの紹介で、地元で有名なクラシカルなホテルに泊まったそうだ。僕も昨日退院して一緒に泊まってみたかったが、指先の感覚がなくなったことでパニックになってそれどころではなかった。 「宗吾さん、おはようございます」 「おはよう瑞樹。どうだ? ゆっくり考えられたか」 「はい」 「それで、どうする?」 「はい……僕は函館に帰郷して休養することにします」 「そうか。そうするといいよ」  宗吾さんは一瞬だけ戸惑った様子だったが、深く頷いてくれた。どんな答えでも僕を信じると言ってくれた宗吾さんを、僕も信じている。 「あの……よかったら函館の家にもいらしてください」 「あぁそうだな。もちろん行くよ。行くに決まっているよ! 」 「実は昨夜、洋くんとも相談したのですが、函館のリハビリ病院を丈さんから紹介してもらえるそうです」 「そうか。洋くんのパートナーが外科医だというのは心強いよな」 「えぇ、昨日宗吾さんが到着する前に職場のリーダーも来てくれて、数ヶ月休職して治療に専念することを勧められたし、思い切ってみます」 「うん、瑞樹、よく決断したな」  宗吾さんが僕の肩をグイっと抱き寄せてくれる。 「きっといい方向に行くよ。俺は……寂しいが、何度でも会いに行くから大丈夫だ。心配するな」 「僕……冬眠しに行くみたいですね」 「今まで瑞樹はひとりで頑張ってきたんだ。少しお母さんやお兄さんに甘えてゆっくりして来い」 「必ず戻ってきますから。宗吾さんの元に」 「あぁ待っているよ」  そういう訳で、僕は数年ぶりに函館にゆっくりと『帰郷』することを選んだ。  今までみたいに数日ではなく、月単位になるだろう。  これから本格的に迎える冬。  躰をじっくり休めて、春の息吹と共に復活できたらと願っている。 ****  僕は無事に退院し、その足で母と共に函館に帰ることになった。新幹線には東京に戻る宗吾さんも一緒に乗車してくれた。 「瑞樹はこっちだ。真ん中に座れ」 「あっはい」 「おにいちゃん、芽生はお外を見たいな~」 「うん、じゃあ芽生くんが先に入るといいよ」 「ほら、釜めし弁当でも食べようぜ。あっお母さんも一つどうぞ。すみません、席離れちゃって」 「何言っているの、すぐ隣じゃない。それにあなた達の様子を客観的に見ることが出来て嬉しいわ。何だかこれって家族旅行みたいね。私もおばあちゃんになった気分よ」 「お母さん……」  三人掛けの座席を選び僕を挟んで宗吾さんと芽生くんが座ってくれたので、怖くなかった。それからお母さんが宗吾さんとの恋を認めてくれたのが、とても嬉しかった。  僕は……あの日強引にあの人に連れ去られたのを思い出さず、楽しい思い出で上書きしてもらえたことに、ひそかに感謝した。 ****  そして今日、函館で聖夜を迎える。  函館のクリスマスはロマンチックだ。真綿のような白い雪を被った街並がライトアップされ、特別な表情を見せてくれている。冷たく澄んだ空気の中で雪と光が織りなす景色を、窓からずっと見つめていた。  函館に帰郷してからリハビリに通う以外は繁華街に花屋の店舗を構える家の二階で、ゆったりと過ごしていた。  ここは……僕が10歳から18歳まで過ごした部屋だ。  何事もあせるなと広樹兄さんが言ってくれたのに甘え、帰郷してから最初の一週間はひたすら部屋で横になることが多かった。最初はまったく気力が起きなかった。でもゆったりとした時間を過ごすうちに、少しずつ心が戻ってきた。 「兄さん、何か僕に出来ることはない? 僕も何か手伝いたいんだ」 「お……そうか。じゃあ店の奥でアレンジメント作ってもらえないか。クリスマスで、手が回らないんだ」 「でも……ハサミはまだ持てないよ」 「そのために潤がいるんだろ。潤を使えばいい。ついでに花の名前とかアイツに教えてやってくれないいか」 「うん、わかった。それなら出来そうだ」    今日はクリスマスイブだ。朝からずっと店が忙しそうだったので申し出てみた。ハサミは持てないが、潤が急に花に興味が出て来たようなので、僕の手となり動いてくれた。  久しぶりに潤を通してだが、無心になって花に触れると心が華やいできた。 「瑞樹、そろそろ時間だぞ」 「え……もう? 」 「いいか。門限は守れよ。いくら宗吾さんでも、お前はまだ療養中で嫁入り前なんだからな」 「にっ兄さん、その言い方恥ずかしいよ! 」 「ははっ、一度言ってみたかったんだ」 「さぁ迎えにいくんだろう? 潤、送ってくれるか」 「もちろんさ」 「広樹兄さん。潤……ありがとう」  Christmasの夜、宗吾さんが仕事の後、函館に駆けつけてくれる。一刻も早く一分でも長く宗吾さんと過ごしたい僕の気持ちを汲んでくれたのか、迎えに行くことを許してもらえた。  過保護な兄さんは僕がひとりで行動するのはまだ早いと言っていたが、今日はクリスマスだから特別に許してくれたんだ。 「兄さんよかったな。恋人がわざわざ来てくれるなんてさ」  潤はあれから僕のことを「兄さん」と呼んでくれる。些細なことだが潤と僕の関係がしっかり構築されているのを感じる瞬間だ。 「潤は今日はクリスマスなのに用事がなかったのか。なんだか僕だけ悪いな」 「ははっ、いい人が出来たら兄さんに一番に紹介するよ。兄さん、あのさ……」 「何?」 「うん……その、帰郷してくれてありがとう。こんな時間を過ごせるのも、兄さんが一度ここに帰ってくるのを選んでくれたからだ」 「潤……」  そんな風に言ってもらえると、僕の決断は間違っていなかったと思えるから嬉しいよ。 「あっ飛行機予定より早かったみたいだぜ。兄さんのサンタクロースが待ちぼうけているから、早く行って来いよ」 「うん!」  すぐに飛行機の到着出口付近でキョロキョロしている宗吾さんを見つけた。だから僕の足は自然と速くなっていく。 「宗吾さん! ここです」 「瑞樹!」  宗吾さんの満面の笑みは、サンタクロースがくれた僕への贈り物。  これが僕の故郷で宗吾さんと初めて対面した瞬間だ。  僕があの時、帰郷を選んだからこそ、味わえることが沢山ある!  ならば……この時間を僕は存分に楽しみたい!  函館……僕の故郷で迎える初めてのクリスマスだ。 『帰郷』了     あとがき(ご不要な方はスルーでお願いします)   メリークリスマス!志生帆 海です。こんばんは! いつも読んで下さり、リアクションを押して下さりありがとうございます。 『帰郷』の段が、今日でようやく終わりました。 47話、つまり一カ月半も……! アップダウンの激しい展開にお付き合いくださりありがとうございます。 私自身も瑞樹が最大のトラブルに巻き込まれる所では感情移入してしまい、つい連日のようにあとがきを書いてしまい、すみません。  Christmasの今日……ようやく無事に着地出来、ほっとしました。  この先は瑞樹にとって明るい内容ばかりですね。可愛い芽生くんとちょっと残念なスパダリ宗吾さん、清楚な瑞樹の三人の話を楽しく書いて行こうと思います。  引き続きよろしくお願いします♪  

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