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北の大地で 19

「宗吾さん……宗吾さんに、とても会いたかったです」 「瑞樹、俺もだ」  クリスマス以来の抱擁に胸が熱くなり、視界がじわじわとぼやけてしまう。 「よく顔を見せてくれ」 「あっ……はい」  一度抱擁を解かれたので、僕は北の大地を踏みしめ、彼の事をしっかりと見上げた。  夢みたいだ。ずっと会いたかった宗吾さんが本当に目の前にいるなんて── 「本物の宗吾さんですね」 「ごめんな。何度でも訪れるって言っておきながら、結局今日になってしまって」 「いいんです。急な海外出張や芽衣くんのインフルエンザもあって、宗吾さんも、毎日大変でした」 「寂しかっただろう」 「……少しだけ」  久しぶりに見る生身の彼は、少し疲れた様子だった。  忙しい日々だったことを物語るような目尻の皺に、思わず手を伸ばしてしまった。目の下には隈もできている。  こんなに疲れているのに、桜の開花宣言と共にいち早くここに来てくれるなんて。 「宗吾さん、もしかして少し痩せました? それにとても疲れているみたいです」 「そうかな。実は最近仕事がヘビーで少々不摂生していた。それに芽生を実家に預けたままだとダメだな。一人だと不規則になってしまうよ。食事もろくに作らなくなってしまったよ」 「え……そんなの、ダメじゃないですか」 「うん、ダメだ」    もう一度宗吾さんに抱きしめられた。 「瑞樹がいないとダメだ、もう」  ここは人通りの少ない小径だ。雪を被った樹々しか見ていない。だから僕の方も宗吾さんの広い背中にギュッと手をまわして、彼を抱きしめた。 「宗吾さん、僕も同じです」 「連れて帰っていいか」 「はい」 「ありがとう」  顎を掬われ上を向かされた。そのまま宗吾さんの顔が近づいてきたので、静かに目を閉じた。     優しく唇を重ねてもらうと、すぐに雪解けのような、あたたかい空気が流れ込んで来た。  久しぶりのキスに心が震える。だが彼のコートを握りしめる指先はもう震えていない。  白鳥の飛翔と共に、僕もここから飛び立つ春が来た。 「宗吾さん、あの……僕の指、さっき自由に動くようになったんです」 「本当なのか! そうか、あぁよかったな。瑞樹は肌艶もよく、元気になったな。ここの空気が合っていたようだな」  宗吾さんが優しい眼差しで僕を見つめて、手のひらで頬を撫でてくれた。彼に手に寄り添いたくなる。 「はい、毎日、目の前にある仕事に没し、時間があれば外を歩きました。宗吾さんに見せたい写真も沢山溜まっています」 「そうか、いつも写真を送ってくれてありがとうな。瑞樹が見たものを共有できて嬉しかったよ。まだまだありそうだな。それはおいおい見せてもらうよ。さぁ行こうか。お世話になったペンションに挨拶させてくれ」 「はい!」  僕と宗吾さんは、まだ雪が残る道を肩を並べて歩んだ。その歩調はぴったりと揃い、足跡もぴったり並んでいた。  宗吾さんと無性に手を繋ぎたいと思うと、そんな思いが伝わったのか彼がぴたりと立ち止り、ギュっと手を握りしめてくれた。  宗吾さんの手……温かい。  感覚がしっかりと戻ってきたことを再認識し、とうとう涙が頬まで零れてしまった。 「瑞樹……何故泣くんだ? 」 「う……嬉しいんです。指先の間隔が戻ってきて。ちゃんと温度を感じます。宗吾さんを感じられるのが嬉しくて」 「嬉しいことを。だが、そんなに泣くな。ペンションの人たちに、俺が泣かせたと思われるだろう。綺麗な頬が荒れてしまうよ」 「でも……」 「参ったな。瑞樹に会うのが久しぶり過ぎて俺も舞い上がってしまう。もう一度キスしても、いいか」 「はい」  優しいキスは何度でも欲しい。  ペンションに続く森の小径……清らかな雪道で、僕達はまた身体を寄せ合った。  瞼を閉じているのに、とても明るい世界だった。    幸せに色があるとしたら、こんな色なのか。  淡いクリーム色、陽だまりのような色。  僕が感じる……宗吾さんの色。

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