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幸せを呼ぶ 13
「あれ? でも瑞樹はどこだ?」
「パパー、し~っですよぉ」
芽生が人差し指を縦にして、口を窄めた。
あんまりにも可愛い仕草なので、つい目を細めてしまう。
「なんでだ?」
「こっちこっち」
小さい手で手招きされ、居間の隣の和室の襖を開けると、瑞樹が毛布が被って眠っていた。
猫みたいに丸まって横を向いて……スースーと気持ちよさそうな寝息を立てている。
「なんだ、寝ちゃったのか」
「でもお兄ちゃんは、いっぱいいっぱいメイと遊んでくれたんだよ」
「ふふっそうね。少し疲れたみたいね。午前中、会社に行ったみたいだし」
「母さん、瑞樹いつから寝てるんだ?」
「そうねぇ二時間ほど前かしら。なかなか起きてこないので、先に夕食を食べ始めた所よ」
そうか。今日は午前中、勤めている会社に挨拶に行くと言っていたな。
瑞樹もまもなく……四月から仕事に復帰する。そのポジションがどうなったのか……その話もちゃんと聞いてやりたいな。にしてもスーツのまま眠ってしまったのか。
想像よりずっと無防備な寝顔に、それだけ俺の実家で寛いでくれていることが伝わり、嬉しくなるよ。
「パパ、おにいちゃんのこと、どうする?」
「んー起きるまで寝かしてやろう。俺たちは近くの部屋にいるから大丈夫だろう」
「でも……」
襖をそっと閉めようとすると、芽生はちらちらと心配そうに瑞樹のことを見ていた。
「どうした?」
「んーっとね、お兄ちゃんがおきた時、まっくらだとこわくないかなぁとおもったんだ。あかりをつける?」
「そうか。でも電気つけたら起きちゃうかもしれないぞ」
「うーん、でもぉ……」
珍しく芽生がそわそわと気にしているので、俺も気になってきたぞ。
「もう2時間も眠っているから、そろそろ起きると思うの。宗吾……瑞樹くんの傍にいてあげたら」
「そうだな、じゃあ、母さんと芽生は夕食の最中だろう。先に食べていてくれ」
「分かったわ。起きたら二人分用意するわね」
「母さん、ありがとう」
襖を閉める時に芽生と目が合うと、「がんばれ!」とウインクしてくれた。
おいおい、なんだか芽生の将来が少し心配だぞ。
暗闇の隙間から、居間の灯り……橙色の光がスッと差し込んできた。
へぇ綺麗だな。
光はいい。確かに誰だって暗闇はいやなもんさ。
****
『瑞樹、お熱出しちゃったのね』
『ん……お母さん、ごめんね』
『何言ってるの? 子供は時に熱を出すものよ。心配しなくてもいいの。いい子に寝ていなさい』
『うん』
お母さんのしっとりとした手が熱を帯びた額に触れると、すごく気持ちよかった。それからぐっすり寝てしまい、起きたら部屋の電気がついていなかったので部屋が真っ暗だった。
汗ばんだパジャマが冷たくて、部屋が暗くて怖い!
慌てて裸足のまま子供部屋を飛び出し下をのぞくと、リビングから明かりが漏れていてほっとした。
急いで階段を下りて扉を開けると、お父さんもお母さんも夏樹もいて、慌てて僕に近寄ってくれた。
『どうしたの? 瑞樹、泣いてるわよ』
『うっ……みんないなくて……すごくこわかった』
なんでだろう。その日はポロポロと涙があふれてとまらなかった。
そんな僕のことをお母さんが抱きしめてくれて、夏樹が心配そうに見上げて小さな手をつないでくれ……お父さんはよしよしと頭を撫でてくれた。
『瑞樹、ずっと一緒だよ。大事な息子なんだから、欠けちゃ駄目だぞ』
お父さんの声がする。
( お父さん! あぁ……お父さんっ )
必死に声に出そうと思ったのに、うまく出なくて喉がカラカラに乾いていく。
その時、突然目が覚めてしまった。
あれ……ここどこ? 辺りが真っ暗だ。
とっさにさっきまで昔の夢を見ていたことを思い出し、ブルっと体が震えた。
「こっこわい……」
「おっ瑞樹起きたのか」
「え……」
すぐに僕をぎゅっと抱きしめて、頭を撫でてくれた男性は……
「……そ……宗吾さん?」
「どうした? やっぱり暗闇が怖いのか」
なんで知って……?
今のは……函館の家に引き取られてから何度も見た夢だ。忙しく働く母に弱音を吐けなくて、布団の中で震えていた。いつまで経っても、あの時抱きしめてくれた暖かい手も小さな手も、逞しい手もやってこなかった。
なのに、今、僕の髪を優しく撫でてくれる男性がいる。
「宗吾さん、宗吾さんっ──」
思わず彼にしがみついてしまった。
「やっぱり芽生の言った通りだな」
「え……」
「瑞樹が起きた時、暗闇は怖いだろうから、傍にいてあげた方がいいってアドバイスもらってな」
「芽生くんが……」
「ふっ、瑞樹は最近とても無防備で可愛いな。幼い子みたいにさ」
額にチュッとキスを落とされ、頬が火照ってしまった。
だって襖の向こうには、芽生くんもお母さんもいるのに。
「そっ宗吾さん!」
驚いて発した言葉は宗吾さんにそのまま吸い取られてしまった。
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