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恋心……溢れて 5
「パパーおにいちゃん、おはようー」
「おはよう! おっ芽生~偉いな。ひとりで起きられたのか」
宗吾さんと甘い「お・は・よ・う」のキスをし終えて見つめ合っていると、突然寝室のドアがバタンと開いて、芽生くんが飛び出してきた。
うわっ……危なかった!
「パパ! 抱っこー」
「おうっ」
宗吾さんに僕の目線まで抱っこしてもらった芽生くんが、僕と宗吾さんの顔をじっと交互に見つめてくる。
な……何か変? 何もついていないよな。こっそり唇に手をあてて確認してしまう始末だ。
「あぁ~ずるいなぁ。パパたち、今、何食べていたの?」
「え?」
「いいなぁ。ボクも食べたいなぁ」
「ん? 何も食べていないよ」
「うそだぁ。だって二人とも甘いもの食べた後のお顔してるもん」
「えぇ!」
思い当たらないので優しく否定したのに、逆にギョッとなることを言われた。子供って目敏い!
「へ?」
宗吾さんと顔を見合わせてしまった。
確かにお互いの顔が綻んで、しまりなさすぎかも?(特に宗吾さん! )
「甘いものは幸せな味だってパパ言っていたよね。だからしあわせそうなお顔している。ねぇねぇ何を食べたの? ボクも欲しいよー」
芽生くんだけ仲間外れにするわけではないが、宗吾さんとの口づけの事だと思うと、どう答えていいのかわからない。すると宗吾さんは明るく笑って、芽生くんのホッペにチュッとキスをした。
「しょうがないな。ほらこれだ」
「わ!パパってば、くすぐったいよ」
「瑞樹もほら」
「えっあ、はい」
芽生君の左頬に宗吾さんがキス……右頬には僕からのキスをした。
「わ! しあわせのサンドイッチだー! そうだ! パパ、今度またサンドイッチ作ってピクニックにいこうよ」
「おぅいいぞ。さぁ早く制服に着替えておいで」
「はーい! 」
「あっ手伝ってあげるよ」
「大丈夫だよ~ボクはもう年長さんだから自分でできるよ。お兄ちゃんはほら、パパのお世話しないと」
「えっ!」
芽生くんが何でも知っているみたいに言うから、猛烈に照れ臭い。
実際まだ幼稚園児の芽生くんが、宗吾さんと僕が同性同士、仲良く暮らすことの意味を分かっているのか不安になる。でも芽生くんはとても広い心を持っているようで、いつだって僕を安心させてくれるし、宗吾さんを励まし(後押し?)してくれる。
本当に君はすごいよ。
そうか、この1年かけて成長したのは、僕だけじゃない。
僕を取り囲むすべての事柄がグングンと伸びているのだ。
植物が樹木が生長するのと同様に、人も成長していく。
成長は身体的なものだけでない。
心も成長する。
僕のずっと本当は弱かった心……
もっともっと成長させていきたいと願う朝だった。
「瑞樹、鍵かけてもらえるか」
「あっはい」
「その鍵は今日から瑞樹のものだよ」
「はっはい」
宗吾さんが僕に手渡してくれた手中の鍵を見て、ドキッとした。
「これ本当に僕の鍵なんですね」
「そうだよ。いつも帰りが同じ時間だとは限らないし、ここには当たり前だが、好きなように出入りしてくれ」
「ありがとうございます。あの……家賃をちゃんと入れさせてください」
「うーむ、本当はいらないが、それじゃ君の気が済まないもんな、まぁ少しは受け取るよ」
「お願いします。あの、ではこの鍵は遠慮なく使わせていただきます」
「うん、なんだかいいな。こういうのって」
「ですね!」
ひとつひとつのことが、昨夜から新鮮だった。
一緒に鍵を閉めて部屋を出ることも……いやそれ以前に、僕と宗吾さんの靴が玄関に仲良く並んでいることも、歯ブラシが並んでいることも……些細なことが嬉しい。
芽生くんを介して、僕たちは朝から手をつないで歩くことが出来た。
一年前まで一馬と下った道を、三人で登っていく。
中間地点はバス停だ。
バス停に着いた時、かつての僕が向こうから歩いてきたような気がした。
一馬と肩を並べ笑いあって通り過ぎていく君は、もう過去の幻。
ちょうど僕とすれ違った時、その幻はシャボン玉のように弾けて消えていった。
これでいい──これがいい。
「おはようございます!」
僕の方からバス停のお母さん達に挨拶できた。
「おはよう! 瑞樹くん。同棲スタートおめでとう!」
ど……同棲? 同居じゃなくて?
その言葉に動揺してしまった。しかも明るい笑顔が一斉にこちらを向いて、たじろいでしまった。
でも……嬉しかった。
世の中こんな上手くいくことばかりじゃないのは知っている。こんな風にバス停のお母さん達に、僕と宗吾さんの関係を応援してもらえるのが恵まれすぎていることも。
「あの……本当に大丈夫なんですか。その……僕たちの関係……」
「まぁ何を心配しているの? 私たちは大丈夫よ。あなたたちを見ていると何だか無条件に応援したくなるの。何より宗吾さんの生き返り方が半端ないし」
「おいおい、それ言う?」
「あらぁ1年前は、確かかなりくたびれたおじさんだったわよーなんだか元気なくて心配していたのよ」
「まぁ……あの頃はそうだったよな」
「それにしても、今日は一段と若々しくていいですね! 」
お母さんたちと宗吾さんの会話に、なんだかハラハラする。
「まぁな。昨夜、最高にいいことあったからな」
「くふふ」
そっその笑いの意図は!
「そっ宗吾さん、それ以上言ったらもうっ」
「おっバスが来たぞ」
「……よかった」
バスに乗り込んだ芽生くんと手を振って別れ、今度はふたりで駅に向かう。
「さぁ俺たちも行こう」
「はい!」
同じ方向を、僕たちは向いている。
いつだって、これからはずっとずっと――
宗吾さんの隣にいたい。
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