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花束を抱いて 6
「美味しいね!」
「うん、あっ、ほらお口にケチャップがついているよ」
「えへへ」
天使のように芽生くんが笑うと、つられて僕も微笑んでしまう。
小さな子供の笑顔って、どうしてこんなに可愛いのだろう。
甘くて優しくって、いつまでも見ていられる。
昼食は宗吾さんお手製オムライスだった。
しかし本当に上手に出来ていると感心してしまう。
卵のふんわり感なんて、お店で食べるのと遜色ないよ。
本当に僕の宗吾さんはすごい。
料理の腕前を尊敬するし、ここまで辿り着くのに相当な努力をしたと思うと胸が一杯になる。
まだ3歳だった芽生くんを男手一つで育てるのは、どんなに大変だったことか。お母さんの協力があったとしても、なかなか出来ることではない。
「瑞樹も美味しいか」
「はい、すごく!」
「芽生の好物だけど、瑞樹も好きなような気がしてな」
「えぇ、僕も好きです」
「やっぱりな」
『ミズキ! たんじょうびおめでとう』と小さな子供のように旗まで立ててあり少々恥ずかしいけれども、この空間には僕たちしかいないので、それも含めて大いに楽しんだ。
僕はとても幸せだ。ずっとこんなに風に一家団欒気分で過ごす普通の誕生日が夢だった。
「瑞樹、君が言った通り、こういう時間っていいな」
「よかった! 宗吾さんにばかり働いてもらってすみません。僕ももっと料理が出来たらいいのですが」
「いや料理は俺の聖域だ」
「くすっ、じゃあ掃除は僕の聖域ですね、明日こそはベッドの下やりますよ。っと明日明後日は仕事でした」
「そうだったな……寂しいな」
「ですね。連休も結婚式があるのでこればかりは。でも交代制だったので前半に休みをいただき旅行もできました。明日から頑張ってきますね!」
「そうだな。あっ子供の日はどうだ? 休めるのか」
「その予定です。芽生くんの誕生日ですし」
「ありがとう。それは明日以降に考えよう。何しろ今日は瑞樹の誕生日だからな」
午後は近所に散歩に行った。
少し前まで桜が川面を覆うように咲いていた川沿いの道は、今は新緑のアーチになっていて爽快だった。
そしてあの公園に行った。
一年前僕らが出逢った場所だ。
くじら型の大きな滑り台の横の野原で、僕は泣いていた。
「ここだったな」
「はい……ここで出逢いましたね」
「芽生が見つけてきてくれた」
「芽生くんが宗吾さんを呼びに行ってくれて」
「うーん、じゃあやっぱり恋のキューピットは芽生だな」
「はい、天使みたいに可愛い芽生くんです」
今はまだ可愛らしい芽生くんも、あと五年も経てば、ぐっと男の子っぽくなるだろう。
宗吾さんにどんどん似て……将来、きっとカッコ良くなるだろう。
そんな芽生くんにも会いたいし、今の可愛い芽生くんも大好きだし、今も未来も楽しみで溢れている。
子供の成長を見守ること。
僕には手に入らない存在だったのに、宗吾さんが全部僕に与えてくれる。
本当に欲しかったものをすべて……
僕に何が出来るのか分からないが、ずっとこんな日常を積み重ねていきたい。
帰宅後は母のレシピ通りにケーキを焼いてみた。今度は僕も手伝った。泡だて器で生地を混ぜていると、小さい頃、母がこうやって作っているのを、ワクワクしながら見ていたのを思い出した。
『瑞樹、ほらオーブンに入れるわよ~ちゃんと膨らむかな』
『ママ、だいじょうぶだよ! ボクがおうえんしてあげる』
『わぁ心強いな。じゃあ焼きたてをママとすぐに食べようね!』
焼きあがるまでの時間、ずっとオーブンの前をウロウロして、いい匂いがしてくるのに心を躍らせていた。
焼きたてのこんがりキツネ色の表面のケーキに感動したんだ。
『ママー本当に絵本とおなじだねぇ。すごい』
母がそれを手でちぎって『ほら、あーん』と言いながら、僕の口に放り込んでくれた。
『あったかい! おいしいね! 』
『うん、美味しい。おいで、もっと食べさせてあげる。ほらアーン』
まだ夏樹も生まれる前で、僕はまだ一人っ子……母にべったりと甘えていた。
『あーん』
『ふふっ可愛いお口。瑞樹だぁいすき!』
『ボクもママ、だーいすき!』
そのままぎゅっと抱っこされると、母からは素朴なケーキの匂いがした。
あたたかな思い出、僕だけの母の思い出……に、涙がじわっと込み上げてしまう。
「ほら、瑞樹、焼きたてを食べるぞ」
「あっはい!」
宗吾さんが同じように手でちぎってくれる。
「口開けてみろ、食べさせてやろう」
「うっ……恥ずかしいですよ」
「おにいちゃん、こうだよ。アーン!」
芽生くんが隣で大きなお口をあけてパクパクしている。そこの宗吾さんがカステラを与える。雛の餌付けみたいで可愛いよ。
「ねっ、おにーちゃん出来る?」
「うっうん、分かった」
「あーん……」
ちぎったカステラ生地は、まだあたたかくて素朴な味がした。
この味だ! この味を探していた。
ずっと迷子だった僕の彷徨っていた心が喜んでいる。
「おいしいか」
「はい、母の味と宗吾さんの味……両方混ざって、とても」
「よかったねぇ。おにいちゃん、ほっぺたがおっこちそうなほどおいしいよ」
「本当にそうだね。芽生くんも気に入った?」
「うん! やさしいし、あたたかいね」
物事はそんなに難しく考えなくていい。
おいしい、やさしい、あたたかい。
子供が使う言葉って、シンプルでいいな。
その晩は夕食は手巻き寿司を用意してもらった。
函館生まれの僕が海鮮好きだと知っている宗吾さんが、沢山美味しそうな刺身を買ってきてくれたのだ。
そして最後はキングサイズのベッドで、3人で手を繋いで眠ることにした。
芽生くんを真ん中に、僕たちは川の字だ。
「宗吾さん、僕に素晴らしい1日をありがとうございます」
「こんな1日もいいな。当たり前の日常を俺も噛みしめたよ」
「僕もです」
「瑞樹……来年も再来年もずっとこうやって君と過ごしたい」
「僕もです。ずっとここにいたいです。ここが好き過ぎます。宗吾さんの近くは、いつもとてもあたたかいです」
「あぁ、君がいて、芽生がいて、俺がいる」
「ただそれだけのことが、何だかとても愛おしいのです」
「それはお互いが『幸せを感じる存在』になっているからだろうな」
窓辺のテーブルには、大沼で芽生くんからもらったすずらんが飾ってあった。
可憐なベルのような花が、僕の心を優しく揺らす……
「あたらめて誕生日おめでとう。俺の大切な家族であって永遠の恋人だ。瑞樹は……」
「ありがとうございます。僕をそこまで受け入れてくれて……最高の1日でした」
これが僕の27歳の誕生日。
こんなに穏やかで、心温まる誕生日はいつぶりだろう。
朝から晩まで、ずっと微笑んでいた気がする。
こんな日常が欲しかった。
今は……当たり前の日常が、どこまでも愛おしい。
いつ何があるか、明日のことなんて分からない。
もしかしたらこの当たり前の日常が突然消えてしまうことだって、あるかもしれない。
だからこそ、毎日を大切に過ごしたい。
僕の大切な人と過ごせる時間を大切に生きていきたい。
シンプルな心を大切に、この生活を充実させて行こう。
『花束を抱いて』了
あとがき(不要な方はスルーで)
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志生帆海です。いつも読んで下さってありがとうございます。皆さまもお元気ですが。こんな世の中だからこそ、当たり前の日常が愛おしく、シンプルな喜びが心に響きますね。
連日沢山のスターやスタンプ・ぺコメ本当に励みになっております。
瑞樹の誕生日スペシャルの『花束を抱いて』は今日までです。
甘くほっこりする話になっていれば。
明日から物語を、少し動かし……展開させていきますね!
どうぞよろしくお願いします♡
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