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夏便り 22

 火曜日の夜──  歯磨きをしていると、芽生くんがトコトコと傍に寄って来た。 「おにいちゃん……きょう……いっしょにねむってほしいなぁ」  僕のパジャマの裾を掴んで、ぐいぐいと引っ張って来る。  ん……甘えているのかな? 「もちろんいいよ。今日はどこで眠ろうか」 「……ぼくのおへや」 「もちろん、いいよ」  嬉しい誘いだ。    僕は喜んで、芽生くんの布団で一緒に眠ることにした。  そんな様子を、宗吾さんが少し残念そうに見ている。 「芽生、それなら俺のベッドで3人で並んで眠ればいいだろう?」 「んー、でもねぇ……きょうはおにーちゃんにきてもらいたいの」 「うん? いいよ。宗吾さん、すみません。今日はそうさせて下さいね」 「分かった。でもどうしたんだ? 最近はひとりで眠っていたのに」 「……まだまだ芽生くんは小さい子供ですから、寂しくなることもあるんですよ。きっと」  何歳になっても、人は突然寂しくなってしまうものだ。    僕もようやく最近、素直にそういう気持ちと向き合えるようになった。 「おにいちゃん、ぎゅうして」 「芽生くん、いい子だね」  布団に入ると芽生くんが僕に抱きついてきたので、抱っこしてあげた。  小さなぬくもりが、可愛い。  後どの位、こんな風に無条件に、僕に甘えてくっついてくれるかな。  芽生くんも来年には小学校に上がるし、どんどん成長して……いつか背も抜かされてしまう気がする。  今の小さな芽生くんからは想像も出来ないが、5年、10年先は、僕にとってそう遠くない未来だ。  僕は、ずっとここにいたい。  君の成長見守らせて……  そんな事を考えていると、あっという間に眠りに落ちていた。  真夜中だった。 「う……ん、うーん」  隣で眠る芽生くん声に、ハッと飛び起きた。 「どうしたの?」  芽生くんは目を閉じていたが、ひどくうなされていた。  おねしょじゃない。この感じは……  嫌な予感がして額に手をあてると、すごい熱だった。 「うーん、うーん……」 「芽生くん、どこが痛いの?」 「さむい……あたま……いたい」 「ちょっと待っていて」  慌てて体温計を持ってきて測ってみると、39度もあった。  さっきまで元気だったのに、夕食だって残さず食べたし……  でも子供が熱を出すのは、いつだって突然な事を、僕はちゃんと知っている。  夏樹も潤も……よくこうやって真夜中に熱を出していた。  冷凍庫に常備してある氷枕を枕の上に置いて、額には冷却シートを貼ってあげた。あとは……そうだ。水分だ! 「お水飲めるかな」 「ん……」  芽生くんは水をコクコク飲むと、また布団に身体を投げ出してしまった。  かなりだるそうだ。  躰が熱いな。  宗吾さん……今回は起こした方がいいな。 「宗吾さん、宗吾さん……」 「ん? どうした? 芽生に何かあったのか」  僕が何も言わなくても、宗吾さんもすぐに状況を察知したようだ。こういう時は、やっぱり父親だなと思う。 「芽生くん……夜中に急に熱が……」 「えっ、どの位?」 「39度です」 「高いな」 「とりあえず家で出来ることはしましたが」 「ありがとう、俺も芽生の様子を確認するよ」 「はい!」  宗吾さんは子供部屋に入るとすぐに、芽生くんの額に大きな手をあて辛そうな表情を浮かべた。 「可哀想に、苦しそうだな」  暫く様子を見ていると、芽生くんは一度起きて嘔吐してしまった。  部屋に洗面器も用意しておいてよかった。熱が高いと子供は戻してしまうこともある。 「うぇっ……うぇっ、おにーちゃん」  涙目で、僕の手を握っている。  こうなってくると、ずっと傍で看ていてあげた方が良さそうだ。 「瑞樹……小さな子供が苦しんでいる姿は、見ている方もキツイな」 「はい。夏風邪だと思いますが……心配ですね」 「朝まで様子をみて大丈夫だろうか。今から救急で病院に行くか」 「……大丈夫ですよ。今はとにかく寝かせてあげた方がいいかも。僕が看病していますので、宗吾さんは寝て下さい。明日は大切な会議だと言っていましたよね。僕は明日なら休めますので、朝一番に病院に連れて行きます」 「だが、そんな訳には」 「今はあまりお母さんを頼れませんし」 「いや、俺も起きているよ、芽生のことで君にばかり負担をかけられないよ」  結局ふたりで芽生くんの部屋のラグに座って、様子を見守った。 「辛そうだな……こういう時、親はもどかしいな。変わってやりたいよ」 「僕もそう思います。朝には少し熱が下がっているといいですね」 「あぁ、芽生、頑張れ」  僕たちは壁にもたれ、自然と手を握り合った。  やがて宗吾さんはうつらうつら……船を漕ぎだした。  今日は僕にもたれて、眠ってくれるのですね。  いつもと逆で珍しい。  やっぱり疲れていたのですね。  お盆休みを取るために先週はハードだったし、中堅職員として任される職務も増えているようだ。  宗吾さんだって生身の人間で、万能じゃない。  普段は一家の大柱のように頼り甲斐があって包容力のある人だ。  だからこそ、こんな時位……僕の肩を貸してあげたい。  僕は、あなたの役に少しは立っていますか。  ……役に立ちたいです。    

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