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はじめの一歩 3

「芽生、あそこで写真を撮ろう」 「う……うん」 校門前はランドセルを背負った子供と正装した親御さんで、長蛇の列になっていた。 「わわ……でも、パパ……あそこすごい人だよ~」 「なぁに終わってからの方が空いているかもしれないが、今もちゃんと並べば撮れるさ」 「う、うん」  芽生くんは知らない子ばかりで、少し緊張しているようだった。やがて宗吾さんの言った通り、順番がやって来た。 「僕が撮るので、三人で並んで下さい」 「でも瑞樹は?」 「僕は大丈夫ですよ」  流石にここは撮る方にまわろうと、カメラを構えた。 「そうか」 「後がつかえていますので、早く並んで下さい。さぁ、撮りますよ」 「……あぁ」  カシャっ――  ハレの日……ファインダーの向こうの家族の顔に、僕の気持ちも高まった。  すると宗吾さんが、僕の後に並んでいたお父さんにいきなり話し掛けた。 「すみません。あと一枚だけいいですか。家族で撮りたいので、写真を撮ってもらえますか」 「もちろん、いいですよ」 「ほら、瑞樹も一緒に」 「え? あ、はい」  こういう積極的な所が、宗吾さんらしいな。 「じゃあ撮ります!」  カシャ――  今度は僕も中に収まった。まだこういう前向きな幸せに慣れない僕の背中を押してくれるのは、いつも宗吾さんだ。 「今度は俺が撮りますよ。さぁご家族でどうぞ」 「じゃあ、お願いします」  親切を受けたら、すぐに返すのも宗吾さんらしい。あっという間に打ち解けて親しみのあるやりとりを繰り広げている。大らかな人柄は、初対面の人にも発揮するようだ。  この歳になっても、まだ少しの勇気が持てない僕にとって、いつも憧れの人。  ぎゅ……  突然、芽生くんが僕の手を握ってきた。この握り方は少し不安なのかな? 「どうしたの?」 「おにいちゃん、ど、どうしよう……知らない子ばかりで、こまったなぁ。コータくんもいないし」  分かるよ、僕も同じ気持ちだったから。さっき母の言葉を思い出したばかりだ。伝えたい……僕が母からもらった前向きになれる言葉を、芽生くんにも。 「芽生くん、足下を見てごらん。何が見える?」 「えっとぉ……買ってもらったばかりの『スピード』のくつ?」 「周りの子はどうかな?」 「みんなピカピカのくつとランドセルだよ」 「そうだね。皆一緒で……芽生くんと同じ気持ちなんだよ。今日『はじめの一歩』を踏み出す仲間だよ。今日はね、芽生くんが『新しいお友達と出会う』素敵な日なんだよ」 「みんなも同じ気持ち?」 「お兄ちゃんはそう思うよ」  目線を合わせて肩に手を置いてあげると、芽生くんは頬を緩めた。 「お兄ちゃんも、そうおもうんだね」 「そうだよ。芽生くんと一緒の気持ちだ」    そこで、宗吾さんに呼ばれる。 「おーい、芽生、ちょっと来い」  さっき写真を頼んだご家族と話し込んでいた宗吾さんが、芽生くんを手招きした。すると芽生くんより背の高い男の子が、こちらを見て恥ずかしそうにニコッと笑ってくれた。 「引っ越してきたばかりだそうだから、芽生、いろいろ教えてあげてくれ」 「あ、うん! えっとぉ……こんにちは。ボクは、たきざわめいだよ」 「おれは、やました こうだよ」 「こうくん! いっしょにいこう!」 「うん!」  校門を潜ると受付があり就学通知書を提出後、子どもは上級生と教室へ行く。さぁ……ここからはいよいよ芽生くんと別行動だね。  芽生くんは6年生のお兄さんに名札をつけてもらった。新1年生を優しくサポートしてくれる上級生と、素直に従う芽生くんの様子は微笑ましいものだった。芽生くんも……6年後には、こんな風になるのかな。 「芽生、がんばれ!」 「うん!」    受け付けで芽生くんと別れた後は、入学式が行われる体育館に僕らは移動した。 「瑞樹、ここが良さそうだ」  1年生が入退場する通路側に宗吾さんが座った。 「ここなら、入退場の様子をバッチリ撮影できそうだ」 「宗吾さんは流石ですね」 「仕事で鍛えているからな」  保護者席にお母さんと宗吾さんと並んで座らせてもらった。僕の存在……周囲からどう見えるのか分からない。しかし今は分からないことに杞憂するよりも、目の前の入学式を楽しみたい。     「瑞樹、大丈夫か。なんとかなりそうか」 「はい、なんとなります」  先のことなんて、誰にも分からない。でも今は、なんとかなりそうだという、いい予感がしている。  それは子の成長を祝う親の気持ちが溢れる体育館の雰囲気と、時折換気のために開いた窓から優しい春風が届くからだ……きっと。 『間もなく入学式を開式します』 「始まるな。ビデオ準備完了」 「こちらもカメラ準備完了です」  周りの保護者も一斉にビデオやカメラを構える。皆、同じ動きだ。入学式は厳粛な儀式なので写真や動画を撮るよりも、式そのものの雰囲気をしっかりと心に刻んだ方がいいと思う気持ちと、記録に残しておきたいと願う親の気持ちが交差しているようだった。  僕も例に漏れず、その一員になっているのが擽ったい。  来賓、校長先生、教頭先生、在校生、保護者が着席後、最後に新1年生が、担任の先生やと一緒に式場に入ってくる。 「いよいよ新1年生の入場です。皆様、盛大な拍手でお迎え下さい」   音楽と共に入場が始まり、小さな子供達の行進だ。  やがて芽生くんの姿を視界にはっきりと捉えた。小さかった芽生くんが、お隣の女の子としっかり手を繋いで胸を張って入場してくる立派な様子に、グッとくる。  お母さんが最初にハンカチで目元を押さえた。   「芽生、ちいさかったのに、ここまで頑張ったわね」 「あぁ、いろいろあったが真っ直ぐにスクスクと成長してくれた」  お母さんと宗吾さんの小声に、僕も涙ぐんでしまった。  人は周りから深い愛を受けて、赤ちゃんからスクスクと成長していくんだね。芽生くんを通じて、僕も感じていた。記憶にない小さな頃から、僕が受けた愛情が、身体の奥底から滲み出てくるようだ。  僕の礎となっているものは、僕の中にちゃんとある。  そして流れるように続けて浮かんで来たのは、両親亡き後、僕を必死に育ててくれた函館の家族の顔。さらに……今、僕をこの場に連れてきてくれた家族の顔だった。  

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