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見守って 5
放課後スクールに迎えに行くと、芽生くんは壁にもたれて体育座りをしていた。
膝に頭をくっつけて丸まっている姿に、胸の奥がキュンと切なくなった。
廊下を走り回る上級生に比べたら、まだまだ小さな頼りない身体だ。
「あの、滝沢 芽生の家の者ですが、迎えに来ました」
受付で名前を言うと、先生から詳しい申し送りがあった。
「芽生くん、最後まで頑張っていましたよ。同じ幼稚園からのお友だちがいないのでまだ遊びの輪に入れないシーンもありましたが、元気よく校庭で遊んでいました。夕方は流石にバテてしまったようですが……沢山、褒めてあげてくださいね」
「……はい」
芽生くんは僕の顔を見ると、ホッと表情を緩めた。
今日、何もかも上手くいったわけではないのだろう。それでも泣いたりすることなく、ぐっと我慢して頑張ったのだろう。今日は根掘り葉掘り聞くよりも、静かに手をつないでいて欲しいのでは?
僕も、今日は色々あったから分かるよ。
人の悪意も好意も一つ一つ受け止めて、なんとか乗り切ったんだよ。
最終的に体勢を立て直せたのは、この指輪のおかげだ。
僕に勇気を与えてくれたのは、宗吾さんと芽生くんと過ごしてきた日々だ。
この指輪は、僕らの毎日をずっと見守ってくれていた。
「お兄ちゃんも、今日はつかれたんだね」
「そうだね。お家にかえったら、ゆっくりしようね」
芽生くんには隠さないで、僕の気持ちを告げると、握っていた手を強めてくれた。
「早くパパに会いたいね」
「僕もだよ」
図星だった。芽生くんと二人で歩いていると、一歩足を踏み出す度に宗吾さんに会いたい気持ちが膨らんでいった。
角を曲がると大きな影! 明るく元気な声で「おーい、瑞樹、芽生!」と呼ばれて嬉しかった。
芽生くんと顔を見合わせて、大きく頷いた。
「パパ!」
「宗吾さん!」
「二人ともお帰り。今日は疲れただろう。デリバリーでも取ろうぜ」
「作らなくて、いいんですか」
「あぁ、今日は一緒に食べる時間を長く取りたいんだ」
宗吾さんのこういう所がスキだ。
いつも完璧じゃなくていい。疲れたら手を抜いてもいいと教えてくれたのも宗吾さんだ。
「ボク、ピザ食べたい」
「瑞樹は?」
「僕も久しぶりにピザがいいです」
「よーし、確かクーポンがあったはず。おし、Mサイズ3枚とサイドメニュー3品選べるぞ」
「えっとね、えっとね」
3人でチラシを見ながらワクワクし、意見をまとめて注文した。
「よーし、二人はピザが来る前に風呂な」
『宗吾さん台風』に巻き込まれていくように、急に時間が回り出した。
「お兄ちゃん。あのね……おひざ痛いから、おさえて」
芽生くんも甘えん坊モードになっていく。
入学式の後、校庭で転んで、すりむいた部分がまだ痛そうだ。湯船に浸かる時、僕が手で押さえてあげると芽生くんは嬉しそうに、擦り寄ってきた。
「ここね……しみるけど、お兄ちゃんが手で押さえてくれると痛くないよ」
「良かった」
「今日はお兄ちゃんも痛いところがあるんだね」
「え?」
「ここかな?」
心臓を指さされてドキッとしてしまう。
心を痛めている――
どうして分かったのだろう?
「えへへ、ボクの手はまだ小さいから、パパにおさえてもらうといいよ」
「あ、ありがとう、芽生くん」
ギュッと抱っこしてあげると、芽生くんは擽ったそうに笑った。
家族で暮らすって、こういうことなのだろう。
存在に癒やされ、言葉に癒やされ……温もりに癒やされていく。
熱々のピザは、ボリュームたっぷりで美味しかった。
今日はダイニングテーブルではなくソファで、のんびりと寛ぎながら食べた。芽生くんも調子が出てきたようで、僕と宗吾さんのお膝を行ったり来たりして和やかな雰囲気だった。
今日何があったかは結局話してくれなかったけれども、1日の疲れを癒やせたようで、僕と宗吾さんはお互いにホッとしていた。
「芽生くん、もう寝ないと」
「じゃあ明日のじゅんびしないと」
「あ、そうか」
芽生くんが眠い目をこすりながら、時間割を合わせた。
「明日から給食だね」
「でもね、まだバナナと牛乳だけなんだって」
「あ、そうか。少しずつ慣れていくんだね」
なるほど、こんな所でもスモールステップなのだな。
芽生くんを寝かしつけてソファに戻ると、すっかり片付いていた。
「宗吾さん、ありがとうございます」
「あぁ、じゃあ、ここからは瑞樹の時間な」
「え……」
宗吾さんに左手の薬指を撫でられた。
「指輪……外さなかったのか。それとも……」
「あ……あの、実は」
宗吾さんには、全部話しておきたかった。
朝、WEB記事を見てひやりとしたのを告げると、宗吾さんは苦々しい表情を浮かべた。それから菅野に指摘されて指輪を外し鞄に入れ、退社しようと思ったら水野が待っていて驚いたのも。
掴まれた手が怖く振りほどいた拍子に、指輪が転がって焦り、その指輪を拾ってくれた森田との再会も。更に彼らの前で指輪をつけたことも全部包み隠さずに伝えた。
「そうか……大変な1日だったな。それは疲れただろう」
「……はい」
伝えたらホッとして、涙がぽとりと落ちた。
宗吾さんは無言で抱きしめてくれた。
そして大きな手で、僕の心臓に触れてくれた。
「結果、そつなく終えたようでも……心が結構傷ついたな」
「あの……もしかして?」
あのWEB記事がいち早く差し替えてくれたのは……もしかして。
「俺だよ。すぐに発行元に連絡して修正してもらった。あの水野って奴の所属部署……驚いたことに空さんと一緒だったんだ」
「え? あの白馬で会った空さんですか。遠野さん?」
「そうだよ。瑞樹、縁は縁を呼ぶな。瑞樹が縁を蔑ろにしなかったから、次に繋がった」
「そうだったのですか」
宗吾さんの言葉は、僕の生き方を認め、背中を押してくれる。
「ペンダントがあるらしいんだ。専用の……」
「え?」
「指につけられない人用の専用ペンダント。なぁ、それを買わないか」
「ぼ、僕もそうしたいと思っていました!」
「だろ? 俺と瑞樹は以心伝心だからな」
「嬉しいです。そうしたい……そうしたいです!」
感極まって宗吾さんに抱きつくと、僕の心臓の上にあてられていた手が意味深に動き出した。
もぞもぞ……?
「あ、あの……」
「だ、ダメですよ」
「心を温めたんだから、身体も温めないとな」
「も、もう――」
そう言いながら僕も宗吾さんをもっと感じたくて、ソファの前で彼を押し倒してしまった。
「あれ? 瑞樹、今日は大胆だな」
「え、いや……これは、弾みですよ」
なんだか恥ずかしい。
「こういうのもいいよ。今日は君から仕掛けて欲しい」
「え?」
「キスしてくれないか」
「……はい」
チュッと唇を僕の方から重ねると、宗吾さんの温もりを感じて身体に熱を帯びた。
「もう……宗吾さんがいないとダメです。その場その場は乗り切れても、身体が冷え切ったままだったと思います」
「俺が君の傍にいる意味があるんだな」
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