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ゆめの国 2
抱えきれない程の大きな青い球体が、噴水の上でゆったりと回っている。
キラキラな水飛沫をあげながら回転するのを見つめていると、まるで俺たちの世界が、反転していくような不思議な心地になった。
「お兄ちゃーん、キレイだねぇ」
「うん! 水がキラキラしているね」
瑞樹と芽生が手をキュッと握り合って、眩しそうに空を見上げている。
五月最後の日曜日は、見事な五月晴れだ。
瑞樹と芽生のダブル誕生日会を盛り上げてくれるな。
「よし、芽生と瑞樹、ちょっと待っていてくれ」
「はい?」
俺は『ゆめの国、海』の知識を仕入れに、総合案内所に向かった。短時間で有益な情報を仕入れるためには詳しい人にピンポイントで聞くのが一番早い。欲しい情報を手っ取り早く入手できるからな。仕事柄、情報収集は得意なのさ。
すぐに瑞樹や芽生に楽しんでもらうためのアイデアをぎっしり入手して、戻ってきた。
「瑞樹、待たせたな」
「いえ、もういいんですか」
「あぁ」
「それにしても今日は空が澄んでいて綺麗ですね」
瑞樹が嬉しそうに真っ直ぐに俺を見つめ、ペコッと頭を下げてお礼を言ってくれた。
「宗吾さん、あの……今日にして良かったですね。ここに連れて来て下さってありがとうございます」
くぅ~、か、可愛い、瑞樹のこういう控えめな所が毎回ツボで身悶える。
こんな風に俺の行動一つ一つに、丁寧にお礼を言ってくれる君が好き過ぎて、キザな台詞の一つや二つ吐きたくなるよ。
「俺には君の清純な顔が、青空みたいに綺麗だ」
「え……も、もう……そんな、人に聞かれちゃいますってば……う、嬉しいですけど……」
面映ゆい表情でキョロキョロしだすところも、相変わらずだ。
見渡せば……辺りは家族連れやカップル、男同士、女同士のグループなど各自盛り上がっているので、誰も俺たちのことなんて気にしていない。
「瑞樹、ここから先は『ゆめの国』だ。もう細かいことは気にするな」
「は、はい……」
「パパー、お兄ちゃん! はやく、はやくぅ~」
待ちきれない芽生が走り出したので、俺と瑞樹で慌てて追いかけた。
三人で高揚した気持ちで、正面玄関のゲートを潜った。
「ようこそ! ゆめの国へ」
スタッフの笑顔が眩しかった。
よしっ! ここで早速、仕入れたばかりの情報を実行だ。と思いきや、芽生の方から人懐っこい笑顔でスタッフに話しかけていた。
「お姉さん、こんにちは~」
「こんにちは! ようこそ!」
「あ、あの……おたんじょうびのシールをもらえますか」
「まぁ可愛い! では、お名前を書きますよ」
お、おい? いつの間に、芽生もその存在を知っていたのだ?
呆気にとられていると、芽生が口に出した名前は『みずき』だった。
「あのね、ボクのお兄ちゃんのお誕生日おいわいで、きたんです」
「え……芽生くん。僕なんていいのに。あ、あの、この子……芽生くんのお誕生日が5月なんです」
二人で譲り合って、もうじれったいな。
「すみません。二人とも五月生まれなんで、今日はお祝いを兼ねて来ました」と俺が言うと、スタッフさんが「ダブルでお祝いなんていいですね。おめでとうございます!」と、笑顔で二枚シールを書いてくれた。
「よい1日を~♬」
「あ、ありがとうございます」
「ありがとう~お姉さん」
しかし流石我が子だ、いつの間に『お誕生日シール』の存在を知ったんだ?
「芽生、すごいな。どうして知っていた?」
「うん、さっきパパを待っている時に『お誕生日です』って言って、かいてもらっている子がいたから、ボク、おにいちゃんにプレゼントしたかったの」
「芽生くん、ありがとう」
ほらほら、感激やさんの瑞樹がうれし泣きしそうだぞ。
今日は沢山感動して欲しいから、まだ早いのに。
「よーし、次は魔法をかけてもらいに行こう」
「わーい! いよいよだね」
「ん?」
帽子《キャップ》やカチューシャのワゴンの前に連れて行き、瑞樹に淡いグリーンのうさ耳をつけてやった。
「君はこれな」
「え?」
瑞樹は透明感のある茶色の瞳を大きく見開いて、驚いていた。
「瑞樹はうさ耳が似合うよ。俺と芽生はクマ耳だ。どうだ?」
「だ、駄目ですよ……うさ耳なんて、男の僕がするわけには」
瑞樹は明らかに動揺し、辺りをキョロキョロ見回した。するとちょうど近くに男同士でカチューシャを選んでいる子達がいた。そして、楽しそうに笑いながらお互いにうさ耳をつけあって購入していった。
「……外でするわけには?」
「……えっと、ここでは……してもいいんですね」
「そうだよぉ! お兄ちゃん、とってもとっても可愛いよ」
「そ、そうかな。芽生くんのお耳もいいね」
「そうだよ。俺もするから瑞樹もしようぜ」
「も、もう……分かりました」
瑞樹が頬を染めながら、了承してくれた。
無理強いしてごめんな。
でも……ここでは殻を破り、羽目を外して遊びたいんだ。
「お誕生日おめでとうございます! よくお似合いですよ」
お店の人にも太鼓判を押してもらえた。
実際、俺の想像の上を行く可愛さで、クラクラと目眩がしたぞ。
「瑞樹、恥ずかしがるな! 上を向いてくれよ。ここは夢の国だ」
「はい、そうですね。上を向いてみます」
夢を見よう。
幼い頃の夢の続きを――
「パパ、もっともっと魔法をかけて」
「ようし了解、次はとっておきの魔法だぞ」
「わぁぁー なんだろう? たのしみ!」
芽生の明るい声が呼び水となり、瑞樹の笑顔が宝物となる。
ここは魔法溢れる夢の国。
あとがき
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改めて注意書きを掲載しますね。
『この作品はフィクションであり、実在の人物団体等とは全く関係ありません』
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