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北国のぬくもり 2
「葉山せんぱーい、金曜日の夜、飲み会に来て下さい」
「え? 今度の金曜日は無理だよ」
「えぇぇ~なんでですかぁぁ」
昼休み、後輩の金森に掴まってしまった。
「なんでって……僕にも予定があるからだよ? それに飲み会って何の?」
「えー! そんなぁ先輩目当ての同期の女子が、沢山集まるんですよぉ」
「……」
まったく……僕の予定も聞かずに?
それにそんな飲み会には、僕は興味がないよ。そんな時間があるのなら、芽生くんと宗吾さんとゆっくり過ごしたいから。
あれ? これではあまりにも付き合いが悪い人かな?
暫し、自問自答してしまった。
「葉山先輩の名前に釣られてみんな集まってくれるんですよ。まぁ俺の意中の子もいるんですけどね」
「……勝手に名前を使うなんて、困るよ」
いや、やはりこの金森主催の飲み会には興味が持てない。困ったな……。
「すんません! じゃあ今度から葉山先輩の予定に合わせますよ。来週は、それとも再来週? いつならOKですかぁ」
「……いや、その……」
相変わらず、強引だな。無駄にキラキラした瞳で見つめられて、いよいよ返答に窮してしまった。
「バーカ! 少しは察しろ! みずきちゃんは忙しくて、お前の飲み会には参加できないんだよ」
「菅野!」
「それから、そういうのは、今後みずきちゃんのマネージャーを通せよ。ま、行かないけどな」
「え? 葉山先輩のマネージャーって誰ですか」
「俺だよ。俺!」
「なーんだ! 菅野先輩っすか」
「なーんだとは何だよ?」
やれやれ、またいつもの押し問答が始まった。
「くすっ、菅野。そろそろ仕事に戻ろう」
「そうだな。おっと、金森は違うチームだろ。はよ戻れ」
「えぇ? そんなぁ」
「そうだ! その飲み会、俺が行ってやるよ。どうせ暇だし」
「菅野先輩だけですか」
「五月蠅い奴だな。じゃあ俺の同期で暇な奴を連れて行くよ」
「分かりました! じゃあこっちも内容変更伝達しておきます!」
金森は何とか納得してくれたようだが、菅野に悪いことしたな。
「やれやれ……でも大丈夫なのか。金森主催の飲み会なんて……」
「それな! あいつの近くには座らないよ。また吐かれたら最悪だもんな。でも俺にもいい出会いがあるかもしれないだろ?」
「そうだね……チャンスの一つかもしれないな」
どこに出会いがあるか分からない。
僕と宗吾さんのように、出会いはある日突然やってくる。
「それより葉山は金曜日の夜だから、宗吾さんとデートか」
「帰省するんだ。夜便で」
「お。函館にか」
「そう、兄さんの所に赤ちゃんが生まれるんだよ。僕ね、とうとう叔父になるんだよ」
「うぉ~、そういうの感無量だな」
いきなり菅野がうるうると瞳を潤わしたので、驚いた。
「な、なんで泣くの?」
「いやぁ、だってさ、みずきちゃんの口から、自然に『帰省』という言葉が出るなんて……以前の葉山だったら絶対言わなかったぞ。出逢った頃は『なんて秘密主義の奴なんだ』って思っていたんだぜ。あ、ごめん」
確かにそうだった。
「いや、事実だよ。僕自身がこんなに函館に帰りたいと思うなんて……一番驚いている」
「それは、葉山が自分の家族を持ったからなんだろうな」
確かにそうなのかもしれない。
最近……あの由布院旅行を終えたあたりから、宗吾さんと芽生くんと過ごす日々は、もう家族の日常そのものになっている。
「菅野がくれた傘、芽生くん、すごく喜んでいたよ。ありがとうな」
「虹の? あれは江ノ島でも売れ筋なんだぜ」
「江ノ島って? あぁそうか、そこが実家だったね」
「お土産物屋さんなんだ。芽生坊が好きなものもいっぱい売ってるぜ。そうだ! 夏休みには遊びに来いよ」
江ノ島か、洋くんのいる北鎌倉にも近いし行ってみいたいな。
「ありがとう! 芽生くんの小学校の夏休みをどうやって過ごそうか、そろそろ考えようと思っていたんだ」
「海で遊べるし楽しいところだぜ。海鮮も旨いし、来い来い!」
「行くよ!」
まただ。以前の僕だったら、こんな風に積極的に誘いに乗ることも、前向きに考えることも出来なかったのに、今は家族の笑顔が見たくて、僕自身も楽しいことがしたくて、今いる場所から動きたくなっている。
「菅野、ありがとう。僕のことを最初からずっと気にかけてくれて、全てを知っても傍にいてくれて」
「よせやい! みずきちゃん、照れるぜ」
いつものように菅野が笑ってくれる。
変わらない笑顔に、いつも安心感をもらっているよ。
****
金曜日、夜、羽田空港。
「お兄ちゃん、お弁当何にする?」
「そうだね。このカツサンドにしようかな」
「あー、ボクといっしょ~」
「ふふ、そうなんだね」
「おーい、芽生、瑞樹、そろそろ行くぞ」
「はーい!」
「はい!」
学校帰り、仕事帰りの僕らは、今から夜便で函館に向かう。
「宗吾さん、ありがとうございます。何から何まで」
「こういうのは俺の得意分野だ」
「頼りになります」
飛行機の手配も宿泊するホテルも、全部あっという間に決めてくれた。
「今回は短い帰省だが、中身が濃くなりそうだな」
「同感です」
僕らはそっと膝掛けの下で手を握った。
何度もこうやって飛び立っては、東京の自宅に戻る。
鳥のように自由に羽ばたいて、行きたいところで、やりたいことをして……
戻る家があるから、僕の翼は大きく羽ばたける。
「離陸するぞ」
「はい!」
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