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北国のぬくもり 5

「やっと握ってくれたわね。瑞樹……」 「えっ」 「……何度も何度も……差し出したのよ、覚えていない?」 「ご、ごめんなさい。お母さん」 「いいのよ。私も無理矢理にでも繋いじゃえばよかった。ずっと……お互い遠慮があったのよね」  宗吾さんと芽生くんがお風呂に入っている間、立ち寄った実家での会話を思い出していた。  僕は一体何を見ていたのだろう? 10歳の僕を引き取ってくれたお母さんは、精一杯家族として迎え入れ愛してくれていたのに、頑なに目を背けていたから、何も見えなかったのだ。 「ごめんなさい……お母さん」  思わず涙ぐんでしまい、膝を抱えて項垂れてしまった。 「おい、瑞樹、どうした? どこか痛いのか」 「お兄ちゃん、泣かないで」 「あ……ごめんなさい」 「謝るな。話せそうか」 「……はい」  僕は素直になった。  こんな風にすぐに心を明かせるように、気持ちを伝えられるようになった。だからお母さんとの会話を噛み砕いて伝えることが出来た。  芽生くんと宗吾さんが、ふたりで僕を抱きしめてくれた。 「お兄ちゃん、いいこ、いいこ……」 「うっ……」 「瑞樹、今日お母さんと手を繋げて良かったな。出来なかったことを悔やむより、やっと出来たことを褒めようじゃないか」 「うっ……でも、僕、長年……お母さんに寂しい思いをさせていました」 「言うな。寂しかったのは、瑞樹もだろ? ご両親と弟さんを突然亡くし……『幸せは儚く消えてしまうものだ』……そう強くインプットされた幼心を責めるなよ」 「宗吾さん、でも……僕……」 「あぁ、もうっ見ていられないよ」  宗吾さんがギュッと僕を抱きしめてくれ、芽生くんが僕の手をギュッと握ってくれた。 「パパ、お兄ちゃんをニコニコにしてあげて! ボクも手をつないで、おうえんするよ」  僕が落ち込めば、すぐに駆け寄って、ぬくもりをいっぱい伝えてくれる人がいる。それが嬉しくて、また涙が流れた。もう何度目の温かい涙だろう。 「お兄ちゃん、もう寝ようよ。明日がまたやってくるよ」 「そうだね。芽生くん、ありがとう」  後悔のない人なんていない。それは分かっていても、ぐっと皺の増えたお母さんのカサカサな手に思わず泣けてしまった。 「瑞樹、明日は早いのだろう。もう休め。俺たちも後から店の助っ人に行くよ」 「……はい」 「沢山の親孝行と広樹の手助けをしてこい」 「はい!」  明日出来ることがある。それが慰めだ。  **** 「母さん、どうした? おっと、なんで泣いてんだよ。瑞樹に会えてうれしかったんだろ?」  瑞樹を見送って居間に戻ると、母さんがしくしくと泣いていた。滅多に泣くような人ではないので驚いた。 「ごめんごめん。嬉しくてね……それで泣いちゃった」 「瑞樹と何をしたんだ?」 「あの子、私の身体を心配して……手を握ってくれたの。瑞樹からキュッとね。間近で見る顔がとても可愛らしくて、あの子のぬくもりを直接感じて……今はもう本当に幸せなんだと思ったら泣けて来ちゃった」  なんだ、瑞樹の幸せに触れた涙だったのか。でも瑞樹はもしかしたら、長年、母と素直に手を繋げなかったことを悔いて、泣いているような気がする。  あいつは覚えていないかもしれないが、俺は何度か目撃した。   『ほら、瑞樹もおいで』  休みの日、みんなで買い物に行った。母さんは左手を潤と繋ぎ、荷物を右肩にかけて、瑞樹向けて右手を差し出した。しかし瑞樹は俯いて俺たちの後をとぼとぼ歩いてくるだけで、繋げない。  あぁもう――! 『瑞樹、ほらっ』 『……兄さん』  瑞樹の小さな手を握ってやると、少し恥ずかしそうに微笑んでくれた。可愛い弟が出来たと、俺はこっそり喜んだものさ。  両親と弟を失った悲しみに埋もれた10歳の幼く小さな少年だった。  夜中に泣けば布団にいれてやり、寂しそうにしていれば手を繋いでやった。そうやって俺が愛情をこめて育てて来たのだぞ。(宗吾、心して受け止めろよ~‼)    もう泣いている瑞樹を慰めるのは……俺の役目ではない。  仰向けに寝っ転がり、それからスマホを手に取ってメールを送った。  まずはみっちゃんに。 「みっちゃん、眠れそうか。明日は一緒にがんばろう! 一緒に親になろう!」   それから瑞樹にもメールを打った。 「瑞樹、明日よろしくな。来てくれてありがとう。頼りにしている」   やがて朝が来る。  夜明け前に支度をして、瑞樹を迎えに行った。  瑞樹はもう準備万端でホテルのロビーに立っていた。  目元が少し赤いが、爽やかな笑顔を浮かべていた。  そして俺を見つけると嬉しそうにニコッと微笑んでくれた。 「兄さん、おはよう!」  

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