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北国のぬくもり 15

 お兄ちゃんに抱っこしてもらったら、ほっとしたよ。   「芽生くん、疲れてしまったかな?」 「ううん、あのね、赤ちゃん、元気にうまれた?」 「うん。さっき無事に生まれたって。女の子だって」 「わあぁ~女の子なんだね!」  お兄ちゃんに抱っこしてもらってお店を見ると、白くて大きなちょうちょがいたよ。 オレンジ色のチューリップの周りを、ひらひらと飛んでいた。 「お兄ちゃん、ちょうちょさんだよ」 「あれ? 本当だ。お店の中までやってくるのは珍しいね」 「お外に出してあげようよ」 「そうしよう!」  お兄ちゃんが僕を抱っこしたまま、入り口の扉を大きく開けると、ちょうちょはうれしそうに飛び立っていったよ。 どんどん、空、高く―― 「あんな上まで……」 「もしかしたら天国にいくのかも」 「……そうだね。そうかもしれないね」  ボクはお兄ちゃんにギュッとしがみついた。 「本当言うと……さっきのねお客さんの話、ちょっぴりこわかったんだ。5さいの女の子って言っていたんだ。ボクみたいな子でも、死んでしまうんだね」    それがこわかったのと、お兄ちゃんがしんぱいだった。さっきのお母さんの泣き顔とお兄ちゃんの泣き顔がにていたから…… 「芽生くん、そうか。怖い思いさせっちゃったね……そうだ、僕と赤ちゃんのお祝いのアレンジメントを作ろうか」 「お兄ちゃんと? つくる! つくりたい! もうおりる」 「くすっ、じゃあ助手さんよろしくね」  お兄ちゃんがうれしそうに笑ってくれると、ボクの心もポカポカになる!   「兄さん、何を作るんだ?」 「広樹兄さんの出産祝いだよ」 「おー! いいな、それ。早く会いたいな」 「うん、潤、そこのトルコキキョウをカットしてくれるか」 「了解、病室に持って行くのならコンパクトにまとめるか」 「そうだね。あの白いバスケットを使おう」 「こっちはどうだ?」 「いいね」  ジュンくんがもってきたのは、あかちゃんのベッドみたいにかわいいカゴだったよ。 「芽生くん、トルコキキョウにもいろんな色があるんだ。白に紫、ピンク……どれがいいかな」 「ピンク‼ だって女の子だもん」 「くすっ、そうだね」  お兄ちゃんがピンクのトルコキキョウを持って、にっこり笑うと、そこにお花畑があるみたいに、ほわわんとした。  ジュンくんが切ったお花を、お兄ちゃんがみどりの石みたいなのにさしていくよ。  どんどん、どんどんお花で埋め尽くされていくのを、パパとぼーっと見つめちゃった。 「パパ、お兄ちゃんって、魔法つかいさんなの?」 「どうした?」 「だって、カゴの中のお花さんが、みんな笑ってるから」 「そうだな。そうかもしれないぞ」  お兄ちゃんと目があうとニコッと笑ってくれて、ボクにもおしごとをくれたよ。  こういうところも、だーいすき。 「芽生くん、お祝いのカードをつくってくれるかな?」 「うん! いいよぉ! お兄ちゃん、そのお花の名前をもういちどおしえて」 「トルコキキョウだよ、ピンク色のね」 「わかった」  ボクはお花のじてんを開いたよ。 「と……とるこ……あ、これかな? パパあってる?」 「そうだよ」 「はなことばをしらべよう。えっとピンクは……これかぁ」  難しいカンジだったので、マネしてかいたら、よつばのカードいっぱいに文字になっちゃった。 「でーきた!」 「芽生くん、僕の方も完成だよ、リボンを選んでくれる?」 「ピンクと白がいい」 「かわいいね!」 「えへへ」  早く会いたいな、お兄ちゃんのお兄ちゃんの子供だから、お兄ちゃんにも似ているのかな? あーワクワクする!  **** 「そろそろか」  時計を見ると19時だった。店を18時半に閉めて、その足で来てくれるそうだから、楽しみだ。 「じゃあ広樹さん、私達は戻りますね」 「お疲れさまでした」  みっちゃんウトウトと眠ってしまったのでご両親は帰られ、俺はひとりで赤ん坊のブースの前で待っていた。  頭の中で、懸命に名前を考えていた。  優子じゃ昭和だよなな? 優香、それとも優花……?  どれもいいが、もっとしっくりくる名前がありそうで決めかねていた。 「兄さん!」  そこに瑞樹の声が聞こえた。 「瑞樹、来てくれたのか」  フラワーアレンジメントを抱えた瑞樹は、芽生くんとしっかり手を繋いでいた。  その後に宗吾さんと……あ、あれ? 「じゅ……潤! 何で_?」 「兄さんの一大事に、駆けつけたんだ」 「お、おい……参ったな。二人の弟が駆けつけてくれるなんて、俺、幸せもんだ」 「くすっ……兄さん、おめでとう! 赤ちゃんはどこ? 名前は?」  皆でガラス越しに赤ん坊を見た。 「か、かわいい……」 「おにいちゃん、すごくすごくかわいい赤ちゃんだね」 「マジか! めんこいな~」 「お母さん似かな? 可愛いな」 「パパ、お兄ちゃん似だよ!」 「え?」 「ははっ……」  和やかな雰囲気に包まれる。 「兄さん、今日の誕生花、トルコキキョウのアレンジメントだよ」 「あ、じゃあ、みっちゃんのところに行こう」 「いいの?」 「そろそろ目を覚ましているはずだよ」  病室に戻ると、みっちゃんはすっきりと目覚めていた。 「おめでとうございます」 「ありがとう。わぁ、瑞樹くんお手製のお花だ。もしかして潤くんと合作?」 「はい。そうです」 「おねえさん、おめでとうございます。これカード」  芽生くんが、みっちゃんにカードを渡してくれた。 「わぁ~うれしいな。可愛いお手紙だわ。ヒロくん一緒に見て」  封筒の中には四つ葉の絵が描かれたカードが入っていて、ピンクのトルコキキョウの花言葉が書かれていた。   『:優美(ゆうび)』  とても大きな元気な文字で書かれていた。 『優美』とは、品がある美しさ、品性が良く美しく感じることだ。単に姿が綺麗というよりも、立ち居振る舞いを含んだ美しさを表す。 「あ……これって」 「みっちゃんも同じ気持ちか」 「『ゆ・み』がいいかな」 「俺もだ! 響きが優しいし、とっても可愛い」 「じゃあ優美ちゃんにしよう!」 「賛成!」  宗吾と瑞樹と芽生くんと潤が、ポカンと見つめている。 「いや、実はさ……赤ん坊の名前がまだ決まっていなかったんだ」 「え? で……今、決めたの?」 「そうだよ。ほら、これだ」  芽生くんの書いたカードを見せながら、宣言した。 「俺たちの娘の名前は優美(ゆみ)だ。ゆみちゃんと呼んでくれ!」  芽生くんがニコニコ笑顔になった。 「わ、わぁ……いいの? ゆみちゃんでいいの?」 「最高に可愛い名前だよ、兄さん」 「実に女の子らしい名前だな」 「シンプルでいいんじゃないか。花屋の娘って感じでさ」 「ヒロくん、私もすごく気に入ったわ」  芽生くんのくれたカードから、この子の名前を閃くなんて。  瑞樹……お前の家族と俺たちは、末永く縁がありそうだな。  そんな優しい繋がりが、父となった俺には、とても嬉しいことだった。  

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