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北国のぬくもり 17
「瑞樹、さぁ優美を抱っこしてくれ」
病室に戻るなり、広樹兄さんに赤ちゃんをポンと手渡されたので驚いた。
「に、兄さん! もう少し優しくだよ」
「あ、そうか」
「も、もう、まだ首が据わっていないんだよ」
「はは、瑞樹に怒られた」
「くすっ」
広樹兄さんは豪快で大らかで、少し宗吾さんに似ている。
「あ……軽い!兄さん、優美ちゃんは何グラムだったの?」
「2980gだったよ」
「そうか、そうなんだね」
あれ? そんなに変わらないのか。
不思議だな。優美ちゃんには、まるで羽が生えているようだ。
「赤ん坊は、天使だな」
「僕もそう思っていたよ」
「兄さん、オレにも抱かせてくれよ」
「潤、もちろん!」
「あーでも、オレ、赤ん坊なんて抱いたことないよ。どうしたらいい? なぁ、教えてくれよ」
こんな風に潤が甘えてくれるのが、嬉しい。
『教えてくれよ、兄さん』
もしも、そんな風に言ってもらえたら、僕たちもっと仲良くなれるのに。
一緒に暮らしていた頃は、いつもそう願っていたな。
『教えてあげようか』
『五月蠅いな! 兄貴面すんなよ』
『……潤』
そんな悲しい思い出は、今日でもう終わりだ。こんな風に自然と僕を頼れるようになったのだから。
「いいか潤……首に手をあてて支えてあげるんだ」
「うわっ、ちっこい。ぐらぐらしてる」
「あ、落ち着けって」
「兄さんは上手に抱っこすんな」
「あ……うん」
夏樹が生まれてから、よく抱っこさせてもらえたので、身体が覚えているようだ。
「芽生くんも抱っこしてみる?」
「いいの?」
「兄さん、いいよね?」
「もちろんだ。芽生くんにとって、優美は従姉妹みたいなもんだから、仲良くしてくれ」
「うん!」
芽生くんを個室内の椅子に座らせると、彩芽ちゃんを抱っこした時の要領を覚えているようで、手の平を上に向け、赤ちゃんを受け止める準備をしてくれた。賢いね。
「そう、そのままだよ」
「うん。ゆみちゃん! ボクはメイだよ、こんにちは! あ、もうこんばんはかな?」
和やかな時間が流れていく。
続いて宗吾さんも抱っこしたので、僕は横に立って、優美ちゃんの愛らしい顔を覗き込んだ。
幸せになって欲しい。
いつも、いつまでも幸せでいて欲しい。
願いはシンプルに……ただそれだけだよ。
「瑞樹たちは、ぷ~んと甘い匂いさせてるな」
「あ、さっき、皆でミルクキャラメルを食べたからかな?」
「ははっ、だから瑞樹のほっぺたが落ちそうなんだな」
兄さんに頬を撫でられ、照れ臭くなった。
小さい頃……僕から触れられない分、兄さんが沢山スキンシップをしてくれたんだ。相変わらず、その癖は健在のようだ。お父さんになっても変わらないでいてくれたんだね。
「に、兄さん、恥ずかしいよ」
「おっと、ごめんな」
「くすくすっ」
みっちゃんに笑われてしまった。
「相変わらずな、熱々ね」
「みっちゃん……ごめんなさい」
「やだ、なんで謝るの? いいじゃない。誰かのものなんて決まりはないわ。ヒロくんがどんなに瑞樹くんの兄として奮闘してきたのか、私は知っているの。そんなヒロくんが好きで結婚したんだから、あなたたちは変わらなくていいのよ」
「あ……ありがとう。みっちゃん」
広樹兄さんを見上げると、照れ臭そうに鼻の頭を擦っていた。
「瑞樹、俺の奥さんはすごいな」
「うん! とっても可愛い奥さんだよね。兄さん、大事にしないと」
兄さんの奥さんが、みっちゃんで良かったよ。僕らの過度のブラコンを寛大に許してくれるから。他の人だったら、お互いに少し妬いていたかも。
などと思う僕は……やっぱり立派なブラコンだ!
****
「潤! 潤……よく顔を見せてちょうだい、元気にやっていたの?」
「よせって、恥ずかしいよ」
潤の帰宅は、お母さんを大いに喜ばせた。潤は遠く離れて暮らす末っ子だ。今日は沢山お母さんに甘えるといい。
「お母さん、潤、今日はこれでホテルに戻ります。明日も飛行機の時間まで
店を手伝わせて下さい」
「まぁ、でも潤が来てくれたから大丈夫よ。せっかく宗吾さんと芽生くんと来たのだから、函館市内の観光でもしたら?」
お母さんは僕を気遣ってくれたのだ。だから……そうしないと。そう思ったのに、口から出てきたのは真逆なことだった。
「いや、僕が明日も手伝いたいんです」
「まぁ、瑞樹……あなたがそこまで言ってくれるなんて……本当にいいの?」
「うん」
「じゃあ人手があるうちに甘えてもいいかしら? 実は頼みたいことがあるの」
「何?」
お母さんからのお願いは、みっちゃんが10日後に退院した時、赤ちゃんを連れて二階への上り下りは大変だろうから、一階に優美ちゃんと兄さんたちが過ごす部屋を作りたいというものだった。
「へぇ、そういうのは得意だぜ。ホームセンターに行って壁紙を買って来てもいいか」
「宗吾さん、頼りになります! あの……僕たちからの出産祝いにしませんか」
「いいな」
潤もワクワクした顔になっていた。
「それ、のった! 力仕事ならオレに任せてくれ! そうだ、瑞樹の花で店の壁を飾るのはどうだ?」
「いいね。実は……このお店の商品として、植物の自然な風合いが楽しめるスワッグを作りたかったんだ。早速トライしてみるよ」
こんな風に皆で力を合わせて作りあげるのって、素敵だね。
「お兄ちゃん、ボクはお部屋に飾るカードをつくるよ」
「うん、その辺りは芽生くんに任せるよ」
今の僕には……頼れる人や任せられる人が、こんなにも沢山いる。
僕は変わった。
きっと、まだまだ、どんどん変わっていく。
進むべき道が見えていると、変化も怖くない。
宗吾さんと暮らすうちに、とても見通しのよい道が出来ていた。
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