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北国のぬくもり 20
「おーい、皆、おはよう!」
「広樹兄さん!」
「瑞樹、よく眠れたか」
兄さんに勢いよくハグされそうで、流石に今日は一歩引いてしまった。だってもうお父さんになったのだし、僕は宗吾さんに抱かれたばかりだから。しかし広樹兄さんは、そんなのお構いなしに僕を抱きしめる。
「あ、もうっ!」(わっ! なんか変な声が出た!)
「瑞樹、顔が赤いぞ。熱でもあるんじゃ?」
「ない! ないってば!」(今日、何度目の否定?)
「はは、広樹兄さんもオレと同じ心配してんの! 今日の瑞樹は挙動不審だぜ!」
「なるほど。クンクン」(あっ~兄さん~ダメだって)
「うん、いつもの瑞樹の匂いだぞ」(セーフ! って……あーあ、もう)
広樹兄さんと潤ってば、やることが一緒だよ!
僕たちの様子を見て、宗吾さんが腕組みしながら軽快に笑った。
「ははっ! 相変わらずの面白い兄弟だな!」
「だろ? 俺たち三兄弟のパワーを見たか」
「見た見た! だが今日は広樹はダメだぞ。俺たちで店を改装するから楽しみに待つ方だ」
「え? チラッと母さんから聞いたが、それって本気なのか」
広樹兄さんはまだ半信半疑のようだった。
「そうだよ。兄さん……僕の仕送りで、お店のリフォームをしてもいい?」
「瑞樹の? 本気でいいのか、使っても?」
「当たり前だよ! 出産祝いだよ。だから兄さんは今日は留守番だよ。母さんと大人しく店番をして」
「そうか! そういうことなら、分かった」
僕たちは、潤のオススメの郊外に出来た北欧スタイルのホームセンターに向かった。
「わぁ! こんな場所に、こんなお洒落なお店が?」
「最近、北海道に進出したんだ」
「いいね。ここなら色々見つかりそうだよ」
車の中で、リフォームに対する意見を出し合った。
壁紙を貼るのは大事だし花屋は水を扱うので、元々の壁のタイルと床のコンクリートを綺麗に磨いて、部分的にペンキで補修することにした。これは潤が得意なので任せた。
ただそのままでは寂しいので、壁にデコレーションをしようと僕が提案したんだ。スワッグとリースを作って、販売&インテリアにしたい。
優美ちゃんのエリアはフラッグやベビーソックスを模した壁飾りで明るい印象にしよう。床は転んでも痛くないようにクッション性のあるパネルを敷き詰め、パステル系の家具でやわらかい印象にまとめよう。これは宗吾さん担当だ。宗吾さんはDIYが好きなので、家具の組み立てが得意だそうだ。
ここまでは車の中で決めたこと。あとは広い店内をショッピングカートで回りながら考えよう。
「おにいちゃん、入り口には、花屋さんカンバンがあったほうが分かりやすいよ」
「確かに。低い位置に欲しいね」
「瑞樹、このウエルカムボードがいいんじゃないか」
それぞれが建設的な意見を交換して、同じ目標に向かって進んでいく。こんなこと初めてなので新鮮だよ。
「芽生くん、他に気付いたことはある?」
今度のお店のコンセプトは、親子連れで楽しめるフラワーショップだから、芽生くんの視点も大切だ。
「あ、あのね。お花を置くの、ちょっと台にのせたらどうかな?」
「どうして? 低い方が見やすいのに?」
「おばあちゃんの腰……いたいんでしょう。あまりかがまなくていいように」
「あ、そうか」
参った……芽生くんはすごい。
僕たちよりもお母さんのことを思ってくれている。
嬉しいよ、優しいね。
君は本当に優しい子だ。
「あ、じゃあ芽生くんの描いてくれるカードを貼るためのコルクボードも設置しようね」
「わぁ、ボク、がんばるよ!」
バンに組み立て家具などを大量に積み込んで、帰宅した。
「おぉ? お前達、ずいぶん買い込んだな」
「広樹兄さん、もう時間だよ。そろそろ病院に行かないと、みっちゃんと優美ちゃんが待ってるよ。今日は人出があるから、ゆっくりしてきていいよ」
「うーん、何だか悪いな。だが今日、瑞樹達は帰っちゃうんだろう?」
「最終便だから、まだまだいるよ」
「そうか。じゃあ18時頃戻るよ」
「うん!」
そこからはTEAMのように一体になって、働いた。
「お兄ちゃん、ボクはカードを描くね」
「うん、僕はお店の花材を使ってリースとスワッグを作るよ」
本当に突貫工事の勢いだった。宗吾さんはどんどん家具を組み立て、潤は壁を高圧洗浄し、ペンキで補修していく。僕も店のショーケースにある花をふんだんに使って、リースを作った。
薔薇にチューリップ、色とりどりのリースはまるでお花畑のようだ。スワッグを4つ作ったところで、お母さんから「お昼よ~」と声がかかった。
「わ、美味しそう!」
「助かるよ」
「やった、母さんの爆弾おにぎりだ」
大きなおにぎりには具が3つも入っていた。潤がよく野球の試合の時に作ってもらっていたのを思い出した。
「おばあちゃんのおにぎり、おっきい」
「あ……美味しい……」
「うまいな」
和やかな時間、そして午後。
「瑞樹、間に合いそうか」
「なんとか」
痛っ……ずっと手で花鋏を動かしていたので、だるくなってきたようだ。
隣では張り切りすぎた芽生くんが、机に頭をのせてすやすやと転た寝していた。潤は店内の洗浄を終え、鼻歌を歌いながら補修部分にペンキを塗っている。
「がんばったな」
宗吾さんが、僕の手を優しく包んでくれる。
「瑞樹……手、大事にしてくれよ」
「あ……はい」
「よしよし」
小さい子みたいに頭を撫でられ、くすぐったい、
「瑞樹、顔あげて」
「はい?」
そのまま早業でチュッと唇を奪われたので、驚いた。
「はは、可愛い反応だな。食後のデザートだ。あと少し頑張ろう」
「は、はい!」
もう、宗吾さんってば……効果テキメンですよ。
午後は休む暇もなかったが、5時の鐘が鳴る頃には何とかカタチになっていた。
「まぁ……すごい! これが同じお店なの? 見違えるようよ」
「お母さん、どう? これが新しい葉山生花店だよ」
「いい! いいわ! 瑞樹、ありがとう!」
「わっ!」
お母さんに自然に抱きしめられ、嬉しかった。
柔らかな胸元に……母のぬくもりを感じ、足りなかったものが満たされる思いだった。
「お母さん、あの……気に入ってくれた?」
「もちろんよ。可愛い瑞樹からの贈り物だもの」
「……お母さん」
「なぁに?」
「ううん……何でもない」
意味もなく、ふと呼びかけてしまった。
素直に触れ合えるのが嬉しくて。
嬉しくて――
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