874 / 1738
恋 ころりん 2
最初の一年間、俺と知花ちゃんの恋愛は順調だった。
俺とのデートで、知花ちゃんは病気だということも忘れてしまう程元気に振る舞っていた。だから俺も男女の恋愛のステップを踏むことに躊躇なかった。
海辺で……夕日を挟んでのファーストキスは、お互い緊張で震えていた。
「菅野くんのこと……良介くんって呼んでもいい?」
「あぁ……もう一度していいか」
「ん……」
余命二年なんて嘘だろ?
いずれ知花ちゃんがこの世から消えてしまうなんて、信じられないよ。
デートを重ねる程、意識すらしなくなっていた。
やがて付き合って始めてのクリスマスを迎えた。
「良介くん……あのね、クリスマスに私をもらって欲しいの。こんなの重たいかな?」
「と、知花ちゃん、大丈夫か。無理してないか。急ぎ過ぎていないか」
「だって来年はどうなっているか分からないから……綺麗なうちに」
「……分かった」
「ありがとう」
もちろん知花ちゃんとキスをするたびに、次のステップに進みたいと身体が疼いたさ。俺も健全な男子だからさ。
だから……女性側からここまで言ってもらったら、受けないと男ではないだろうと決心した。
俺と知花ちゃんは密かに旅行の計画を練り、こそこそと宿泊準備を整えていると、姉が険しい顔で部屋に入ってきた。
「良介にも彼女が出来らしいって母さんが言っていたけど、本当?」
「姉ちゃんには関係ないだろ?」
「……あんた、クリスマスに友達んちに泊まるって、嘘でしょ?」
いつも明るい姉にしては、珍しく真顔だった。
「良介の彼女……病気で余命幾ばくも無いんですって」
「……何で知って?」
「偶然、その子の親戚が同じ職場だったの……それで」
「そうか……母さんには言わないでくれよ」
「……もう、話した」
「なんで!?」
どうして、そんな勝手なことするんだよ!
「分からない? 皆、とても心配しているの。あんたはこの『かんの家』の立派な跡取りよ。言い方が悪いけれども、この世からいなくなってしまう子と深い思い出を作ってどうするの? その子が居なくなった先のこと考えたことある? 思い出だけが残って……良介は優しいから絶対に引き摺ってしまう! ダメージが大きすぎて……他の子と二度と恋愛出来なくなってしまうかも。深入りする前に引き返して……ねっ、良介じゃなくてもいいんじゃない?」
知花ちゃんの花のように可憐な笑顔が、脳裏を掠めた。
「酷いこと言うなよ! 知花ちゃんだって好きで病気になったわけじゃない!」
「分かってる。でも冷静になって……余命が分かっていて付き合うなんて、人が良すぎるわ」
「俺は冷静だ。姉さん……逆の立場だったら、それ言えるのか」
「……良介」
そんな喧嘩をして、俺は家を飛び出した。
そしてクリスマスの夜、予定通り横浜港が見えるホテルで、知花ちゃんと結ばれた。
「良介くん、ありがとう……結婚も出来ない私なのに、優しく抱いてくれて」
「そんなこと言うなよ」
「ごめんね、ごめんね……」
泣きじゃくる知花ちゃんを抱きしめて、俺も初めて泣いた。
お互いに、まだ19歳の夜だった。
「知花ちゃん、ずっと一緒に居よう」
「良介くん……最初に話したよね? 二十歳までなの。二十歳までしか一緒にいられないの。ごめんね……ごめんね。でも大好き」
俺たちは、次の約束をして別れた。
初詣の日に突然知花ちゃんの母親から電話があった。
大晦日の日に大きく体調を崩して、そのまま入院中だと。
いつの間にか、知花ちゃんの身体の中で病気が進行していた。
恐れていた現実が近づいて来ていることを悟り、冷たい汗が背中を流れ落ちた瞬間だった。
****
「風太、お帰りなさい。お寺はどうだった?」
「うん、とってもとっても美味しかったです!」
満面の笑みでお母さんの質問に答えると、深い溜め息をつかれましたよ。
あれれ……なんでかな? 僕は少し人よりピントがズレているみたいで、心配かけることばかりですね。
「心配だわ……お寺のご住職さまに、ちゃんとご挨拶出来たの? 明日から通っていいの?」
あ、そっちか。
「はい! バッチリでした」
「そう、ならよかったわよ。月影寺のご住職って、どんなお方なの?」
「それはもう、お若くて美しくて天女のようなお方でしたよ」
「……はぁ? もういいわ。風太は物事を美化しすぎよ」
お母さんの頭の中には、いがぐり頭のおじさんが映っているようですね。
メソメソメソ……
ん? メソメソないているのは、妹の光《ひかる》?
「ひーちゃん、どうして泣いてるの?」
「お兄ちゃん、その頭、丸坊主にするんでしょ? いやよ! お友だちになんて言えばいいの?」
「え? そんなこと一言も言われてないよ。ご住職さまだって長いままだし。ふんわりとした栗色の髪色、綺麗だったなぁ。あれって、もしかして栗饅頭色っていうのかなぁ。美味しそうだったなぁ」
「ママー! お、お兄ちゃんがまた変ー」
「あ、待って。本当だって」
僕ってやっぱり変なのかな。
ううう……しょぼんです。
口を開いて心の中の言葉を並べると、みんな不思議がって逃げていってしまう。
だから中学でも、ぽつんと独りぼっちだった。
苛められたとか、そういうのではなくて、僕だけいつも浮いてしまう。
夜空を見上げると、綺麗な月が浮いていた。
「月影寺かぁ……いい名前だな。夜空に浮かぶ月みたいに、こんな僕でもいいって言ってくれる人が、どうか現れますように!」
翌朝から僕は毎朝五時に起きて、月影寺に通うことになりました。
「おはようございます」
「いただきます」
「いただきます」
「いただきます」
「さようなら」
これが僕の日課の挨拶です。
あ、いただきますが三回なのは……
「小森くん、お疲れさま。十時のおやつにしようか」
「小森くん、寺のまかないだけど、お昼を一緒に食べよう」
「小森くん、お疲れさま。三時のおやつは檀家さんからいただいた最中だよ」
ご住職様からの慈悲深い声がお経のように降り注ぐ中……僕は甘い最中やお饅頭の虜になっていきました。
甘い物は、寂しい心の隙間を埋めてくれます。
だから僕は家とお寺を往復して過ごするだけの日々に満足です。
今は、ですよ。
僕の密かな夢は、あんこのように甘い恋をすることです。
そんな夢が芽生えたのは、18歳なってからですが。
****
「風太、俺の話……聞いていて辛くないか」
「辛くなんてないです。菅野くんがどんなに真剣に知花ちゃんを愛していたのか、伝わってきます」
「……風太は優しいなぁ……風太は俺の心を埋めてくれるよ」
菅野くんの過去は、正直切ない話ばかりだった。
思い出すのも辛いことを、包み隠さず伝えてくれる菅野くんの真面目でひたむきな面に、僕は打たれています。
「菅野くん……過去は過去ですよ。そして今は今だそうです。住職が教えてくれました」
「ありがとう。風太……君を抱きしめていいか」
「はい」
菅野くんは過去の寂しさを埋めるように、僕を抱きしめた。
「ふっ……もしかして……今日のおやつは鯛焼き?」
「あ! すごい! 大~当たりです!」
「香ばしい匂いがしたからさ」
「えへへ、焦げ臭かったですか。今日は流さんが炭火で焼いてくれたんです」
「食べたいな」
「いいですよ~」
僕は目を閉じて、唇をチュッと尖らせた。
「ふっ、じゃあ味見してみようかな?」
「ぜひぜひ!」
相変わらず色気はない僕ですが、愛だけは雪のように積もっていますよ!
あとがき(不要な方は飛ばしてください)
****
菅野くんの過去編はNLでかなり切ないので、BLで読むのが苦手な方は飛ばしてください。
本日……リアクションがガタッと少ないのは、そういう理由なんだろうと解釈しております😅
こもりんの過去はあどけなくて可愛いですね。でも……ちょっとだけ切ない。
今日の更新は両者ともに切なくて……私も萌えが欲しくなり、ラスト部分に現在の二人を持って来ました。
流さん鯛焼きまで? やりますね。彼は饅頭や最中で餌付けしている翠と同様、なんだかんだと可愛がっているようです。
早く、菅野くんとこもりんの可愛い恋、コロコロ転がしていきたいです。
恋 ころりん……軌道に乗るまで、私も頑張って書いていきますので、今後ともよろしくお願いします。
ともだちにシェアしよう!