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積み重ねるのも愛 5

 芽生と一緒に帰宅してから、林さんに渡されたUSBをパソコンに挿入してみた。  気になって、待ちきれなかったんだ。  画面一杯に映し出された映像に、息を呑んだ。  北の大地の冬景色は、雄大で息を呑むほど美しい。 「パパ~ なに見てるの?」 「あぁ、これは北海道の写真だよ。芽生も見るか」 「うん、よいしょ」  芽生を抱え上げて、一緒にスライドショーを楽しんだ。   「ホッカイドウって……おにいちゃんがすんでいたところだね」 「あぁ、そうさ」  瑞樹と知り合ってから何度も旅行したお陰で、北海道に親近感が湧いたようで、芽生が黒い目を輝かせて、画面をじっと見つめている。 「あー! キツネさんのおやこだ」 「北海道だからキタキツネか。可愛いな」  自然豊かな北海道では野生動物を多く見ることが出来る。特にキタキツネが親子で生活する様子は愛らしかった。  構って欲しい子キツネが親キツネに近寄って、お互いに甘噛みをしながら触れ合う様子を納めた写真には、うっかり涙が出そうになった。    母ぎつねの瞳の優しさに、瑞樹を産んだ母親も、きっとこんな眼差しだったのだろうと思った。  見つけてやりたいな、君のルーツ。  きっと幸せ色に輝き、慈愛で満ちあふれているのだろう。  瑞樹は彼らにとって、大切で可愛い息子だったに違いない。  今の瑞樹の土台は、幼い頃からしっかり注がれた愛情で出来ているのが分かる。  君と暮らすようになってから、幼い頃にきちんとしつけられたようで所作が美しいし、一つ一つが物事に向き合う姿勢が丁寧なのが、よく分かった。   「ただいま、戻りました」 「お帰り、瑞樹」    帰宅した瑞樹は残業で疲れているはずなのに、とても明るい表情だった。  何か仕事でいいことがあったに違いない。あとで聞いてみよう。  その晩、瑞樹は自室に籠もって、母親からの形見の一眼レフを、熱心に磨いていた。 「急にどうした?」 「あっ、宗吾さん。実は今日、仕事でカメラに触れたんです」 「よかったな、花を撮ったのか」 「はい、それで……急に母のカメラが懐かしくなって」 「それはお母さんの大切な形見だもんな。そういえば事故の日は、持っていなかったんだな。無事で良かった。あ、すまん……」  余計な事を言ってしまい慌てて謝ると、瑞樹が少し押し黙ってしまった。  何かを必死に思い出そうとしているようだった。 「いえ……大丈夫です。でも……そうですよね。おかしいですね」 「ん?」  瑞樹の目が、遠くを彷徨い出していた。  おいっ大丈夫か。無理に思い出そうとするなよ。  君が苦しむ顔は、もう見たくない。 「瑞樹、そろそろ眠よう」 「あ……はい。でも……何かが思い出せそうなんです。でも白い靄《もや》が……」  瑞樹がこめかみに手をあてて、難しい顔をした。  俺が余計なことを言ったばかりに……自己嫌悪だ。  こういう時の君は危なっかしくて放っておけないよ。  俺に出来ることは、抱きしめてあげることだ。 「疲れているんだろう」 「あ……はい」  ****  その晩は、なかなか寝付けなかった。  あの事故で車は大破し、何もかも全部……壊れてしまった。  なのに何故、母の一眼レフは無事だったのか。  あっそうか……セイがずっと保管してくれていたということは、あの車には乗っていなかったんだ。でも……おかしいな。  あの日、あの原っぱで……母はカメラを持っていた。  ……   「瑞樹、夏樹、こっち向いて」 「まーま、またシャシン? おにいちゃんとはやくあそびたいよぉ」 「だって二人並ぶと可愛いんですもの。今日はお揃いだしね。ね、もう一枚だけ」 「わかったよーだ!」 「夏樹ってば、お兄ちゃんが抱っこしてあげるから、じっとしていて」 「おにいちゃん、だっこー」 「わ、重たい」 「瑞樹にはもう無理よ。夏樹、みーくんが5歳の時より大きいのよ」 「そうなの? 抜かされたらいやだな」 「ふふっ、先のことは分からないわ」  先のことなんて分からない。本当にその通りだ。  あ……お母さんのカメラって白いのに、それは黒いね。  それって誰の? 「……」  お母さんは振り向いて何か喋ったが、よく聞こえないよ。    ……  記憶を遡る夢は、そこまでだった。  目覚めると宗吾さんがじっと僕を見つめ、無言で抱きしめてくれた。 「うっ……」  だから僕は彼の胸の中で、小さく泣いた。 「瑞樹、ごめんな。不用意な言葉で君の過去を逆撫でてしまった。俺、本当に反省しているよ」 「うっ……違うんです。どれも懐かしい大切な思い出です。宗吾さんのおかげでまたワンシーン蘇ってきたんです」  僕はあの日、夏樹とお揃いのシャツを着ていた。  僕は水色で、夏樹はオレンジのボーダーの長袖のTシャツだった。  それから、夏樹は僕より大きくなりそうだったって、母が笑っていた。  あとは……   「宗吾さん、あの日のカメラは母のものでは、なかったんです」 「何か思い出したのか」 「あの日は……黒いカメラでした。あれは誰のだったのか」 「もしかしたら、お父さんの物では?」 「お父さんの? あぁそうかもしれません。でも……思い出せない」 「そこまでにしろ。一度に思い出すのは負担が大きい」  宗吾さんの腕の中はゆりかごのように心地良くて、辛い事故の記憶を飛び退いていける気がした。 「宗吾さん……僕は父のことを、もっと知りたいです。父に関する記憶を……一番多く失いました。それは……あの事故で……一番損傷が……うっ…」 「瑞樹、俺を盾にしろよ」  乗り越えた向こうには、きっと輝く何かがある。  宗吾さんという盾を得た僕は、辛い記憶を掻い潜り、一気に懐かしい過去へ遡っていける。  そんな予感がしていた。 「宗吾さん……傍にいて下さい。函館と大沼では必ず僕の傍に……」 「もちろんだ。絶対に離さないよ」      

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