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花明かりに導かれて 17

「管野、また明日」 「葉山お疲れ、気をつけて帰れよ」 「うん!」  僕は急ぎ足で会社を出た。  早く帰りたい。  そんな気持ちで溢れていた。  この胸に抱くのは、懐かしい気持ちだった。  小さい頃、家の灯りを見るとホッとした。  夕食の美味しそうな匂い、お母さんの笑顔、お父さんと弟と家族揃って食べる食事の時間が待ち遠しかった。家族団らんが大好きな子供だった。  だが、ある日、それは朝露のように消えてしまった。  でも……そんな僕にも再び家族が出来た。  宗吾さん、芽生くんの存在は大きい。  そして、今度はくまさんと出会った。  僕たち家族を最初から見守って来てくれた、くまさんの存在は大きい。 そんなくまさんが昨日から、僕たちの家に泊まっている。   それが、どんなに嬉しいことか。  まるで実家の親が様子を見に来てくれたような安心感と、くすぐったさを感じるよ。  マンションの部屋の灯りは、希望の光だ。    ここに僕が引っ越してきてから、もう2年が経とうとしている。  最初は慣れなかった空間に、どんどん居場所が出来ている。  ただ、これは宗吾さんには言えないが、少しだけ玲子さんの気配を感じる時がある。彼女には僕の存在を認めてもらっているが、ほんの少しだけ……切なく感じてしまう。  この位、大丈夫……そう思うようにしている。  少しだけ低いキッチンカウンターに立つと、かつての主の気配を感じる。砂糖と塩の入れ物に書かれた玲子さんの文字にも、ふいに居場所を失うことがある。    寝室は特に……玲子さんの好みで仕上げられていた。  宗吾さんが柔らかい色のカーテンに取り替えてくれたのが救いだが、真っ黒な天井が特に苦手だ。 何故なら……両親と弟を失った夜、見上げた空には星一つなかった。あの日の夜を思い出してしまうから。  暗黒の夜に蓋をされてしまったような、息苦しさを感じる。  だから僕は宗吾さんの温もりを見つめ、芽生くんの可愛い寝息を子守歌に目を閉じるのだ。  二人がいてくれるから、闇夜だって乗り越えられる。  そんな誰にも言えない想いを抱えていたのを、知っていたのだろうか。  こんな……こんなファンタジックなサプライズは知らない。  いつものように消灯したら、暗黒の世界になるはずだった。  なのに……、なのに今日は違った!  まるで寝室がプラネットになったような、浮遊感。  天井も壁も……満天の星だ。  僕は星にすっぽりと包まれていた。 「な……何ですか、これは」 「驚いたか。くまさんと俺の合作さ」 「し……信じられないです」 「おにいちゃん、すっごくキレイだねぇ」 「うん、とっても綺麗だね」  くまさんの声が、力強く届く。 「みーくん、正面の星が大樹さんと澄子さんとなっくんの星さ。3つ結んで『幸せ座』っていうのは、どうだ?」  あぁ……もう涙腺が崩壊した。  涙が溢れて視界が滲む。  なんと力強く瞬いているのか、まるで生きているようだ。 「あ……隣にも3つの星が」 「あれは宗吾くんと芽生くんとみーくんだぞ。両親の近くに寄り添っている。全部繋ぐと一つの円になるのさ」 「うっ……」  信じられない。  僕もいるの? あそこに――  毎晩……逢えるの?   でも、何かが足りない。  その答えは芽生くんがズバリ出してくれた。   「あれれ? くまさん、わすれモノをしてるよ」 「え? 坊や。おじさんは何も忘れていないよ」 「ううん、じぶんをわすれているよ」 「えっ」  くまさんが絶句した。   「お、じぶん……って、俺のことか?」 「そうだよ。くまさんもはいらないと。だってくまさんはおにいちゃんのかぞくでしょ? それって、ボクのかぞくだよね? くまさんもいないと、さみしいよ」  芽生くん、君は……なんて優しいんだ。  そうか、芽生くんも……ひとりの寂しさを知っているんだね。宗吾さんと玲子さんが離婚してから僕達が出逢うまでの日々、幼い君もとても寂しい思いをしていたのだと、ひしひしと感じた。 「あの、どうやってペイントするんですか。僕が描きたいです」 「みーくんが描いてくれるのか」 「はい! くまさんは僕の両親と僕を結びつけてくれる大切な星ですから」 「そうか、じゃあ……」  発光塗料を使ったのか。  僕は筆を借りて、丁寧に星を描いた。  3つの星同士を結ぶ位置に『くま星』を。  再び消灯、同時に浮かび上がるのは満天の星空。 「うわぁ……きれい! あ、いち、にい、さん……ななつぼしだね!」 「俺もいいのか。お邪魔じゃないか」 「はい、いて下さい。ずっと僕らを見守って下さい」  もう闇夜も怖くない。  灯りを落とせば、僕だけの星に会えるから。  お父さん、お母さん、夏樹に、いつも見守ってもらえる安心感。 「おにいちゃん、お星さまがパチパチはじけているみたい。はくしゅしているんだね」 「喜んでいるんだね。みんな」 「うん! ほんとうにきれい、うちゅうみたいだね」 「そうだね」  僕は仰向けの姿勢で、天井を見つめ続けた。  蓄光が薄れていくまで、目を離せなかった。  くまさんと芽生くんの寝息が聞えても、まだ飽きずに見続けていた。 「おーい、瑞樹、失敗したな」 「え?」 「俺の方も、少しは見てくれよ」 「あ……」  最近、芽生くんは壁際で眠るので、宗吾さんの真横が僕の定位置になっている。  ムクリと起き上がった宗吾さんに、そっと口づけをされた。 「あ……あの、恥ずかしいです」 「ん? キスくらいで何を言う」 「だって……お父さんとお母さんと夏樹が見ています。あ、あのくまさんの星も……」 「おいおい、俺を修行僧にする気か」 「くすっ、そんなことはさせませんが……」  僕はくるりと身体の向きを変えて、宗吾さんを見つめた。  甘い雰囲気が生まれる。 「瑞樹の嬉しそうな顔を見られて、幸せだなぁ」 「ありがとうございます。本当に幸せなサプライズを」 「そうだ、今度、住宅展示場に行ってみないか」 「え?」 「いずれはこのマンションは売って引っ越そうと思ってな……俺たちだけの家を将来建てないか」 「えっ? 本気ですか」 「もちろんさ。俺たち家族の家を初めから……」 「あの、その時は天井の星空も一緒に」 「そうしよう。この七つ星は永遠だ」  希望に溢れた未来の約束が出来るようになったのも、宗吾さんだから。 「あの……僕も同じ夢を見ても?」 「もちろんだ。俺たちの夢を重ねていこう」 「はい!」  いつかの夢を叶えるために、僕達は毎日を丁寧に積み重ねていく。  コツコツ生きていれば、きっといいことがある。  今日の日のように―― あとがき **** 昨日のアトリエブログに星空を足しました💕

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