1048 / 1646

賑やかな日々 26

「ただいま!」 「……」 「広樹、どうかしら? 思い切ってイメチェンしちゃったわ」  店に戻ると、軒先にいた広樹が口を開けたまま固まってしまった。 「広樹、聞いている?」 「あ……あぁ、いやぁ驚いたな。本当に母さん?」 「当たり前でしょ!」 「すごく若返った! 10歳は余裕だ!」 「本当? 髪色もいいでしょ? メイクもしたのよ」  後は、広樹は照れ臭そうにコクコクと頷くばかり。 「もうっ、あなたもお父さんに似て、口下手なのね」 「あ……えっと……母さん、すごいな。そんなに変わるなんて」 「……あのね……今、少しいい? 広樹には先に話しておきたくて」  改まった声を出すと、広樹は「よせやい」と顔の前で手を振った。   「母さん、俺、熊田さんのことなら全面的に賛成だ! もうさっさと結婚していいよ。いや、是非してくれ!」  何を言うのかと思ったら、私の方が恥ずかしくて真っ赤になるわ。 「い、いやだわ……まだそんな話……何もしていないのに」 「明日、されるかもしれないだろう。その時は即答でいいぞ。俺たちなら大丈夫だから」 「……広樹ってば、もうっ、この子は」  広樹が一番……亡くなった主人に似ているの。 「あなたがそう言ってくれると、お父さんに許してもらった気分になるわ」 「許すも何も……父さんだってきっと喜んでいるよ。母さんの人生はまだまだこれからだ。30代で父さんが逝って……その後20年間以上、ひとりで店を守って、俺たち三兄弟を立派に育ててくれたんだ。感謝しているよ」 「……広樹」    駄目だわ。もう……これ以上喋ったら泣いちゃいそう。  感無量だわ―― 「母さん、今までありがとう。これからもよろしくな。幸せになって欲しいし、熊田さんは出会って間もないけど、瑞樹の父親代わりだし……俺はその件でもすごく嬉しいんだ」 「え?」 「いや、その……もしも本当に熊田さんと再婚したらさ……」 「だから先走り過ぎよ。まだ何も言われていないのに」 「いや明日、何かが起こる! これは男の勘だ!」  広樹の目は真剣だった。  東京の滝沢さんからも、みっちゃんからも「これは女の勘よ。明日は大事な日になりそう。身だしなみを整えるために美容院に行かないと」と言われたのよね。 「もしも母さんが再婚したら……熊田さんは、本当に瑞樹のお父さんになるんだな」 「あ……」  瑞樹の本当のお父さん?   その言葉に、新しい窓を開くような新鮮な気持ちになったわ。 「まだね……どうなるかは分からないけど……母さんね……熊田さんと幸せになりたいの。広樹は……応援してくれる?」 「もちろんさ!」 「私もですよ! お義母さん!」  優美ちゃんを抱っこした、みっちゃんからもエールをもらった。 **** 「宗吾さん、まるで夢のような連休でしたね」  芽生を寝かしつけた瑞樹が俺のベッドに潜り込み、そっと寄り添ってきた。  満ち足りて、うっとりした表情にそそられる。 「瑞樹、夢じゃないぞ? 全部現実だったんだ。君と芽生の誕生日を祝って、皆で会食に行って、毎日、賑やかだったな」 「あの……賑やかっていいですね」 「あぁ、そうだな」 「僕も……本当は……とても賑やかな家庭で育ったんです。お父さんは快活でリーダーシップのある人で、お母さんは明るくてきめ細やかで、熊田さんはユーモアもあって大きくて暖かく人で……夏樹は僕よりも活発な子供で、家の中でも飛び回っていましたよ」  瑞樹が両親のことを……失った過去を積極的に話せるようになった。  それが嬉しくて俺は彼の細い腰に手を回して、じっと聞き入った。 「引き取ってもらった函館の家も……賑やかな家庭でした。ただ僕が消えてしまった日々を思い出すのが辛くて、なかなか馴染めなかっただけです。お母さんも兄さんも潤も……本来明るい性格で……お母さんはいつも忙しかったけれども賑やかな毎日でした」 「そうだったんだろうな。広樹やお母さんの明るい性格からも伝わってくるよ。潤はすっかりいい男だしな」 「何だか最近……函館のお母さんにも、もっと幸せになってもらいたいと思うんです」 「同感だな」 「ん……」  軽く啄むようなキスをすると、瑞樹が眠そうに目を擦った。  昨日は玲子の件で心配をかけて、今日は丸一日、俺の親兄弟に付き合わせて、流石に疲れただろう。  俺の家族にすっかり馴染んでくれているのは嬉しいが、やはり俺たちだけの時間とは違うからな。 「そろそろ寝よう」 「……すみません」 「なんで謝る?」 「……眠くなってしまって」 「いいんだよ。明日からまた会社だ。お互い体調を整えないとな」 「……宗吾さん」  眠気が増して、とろんとした表情になったので、そのまま横にしてやった。 「おやすみ、瑞樹」 「宗吾さん……ありがとうございます」  謙虚で清楚な君だから、大切に大切にしたいよ。  受け入れる側の身体の負担を思えば、闇雲に突っ走るなんて出来ない。  君とは長いスパンだから、焦らない。  若い頃にように、即物的に手に入れようとはしない。 **** 「いっくん、どうしたの?」 「ママ……きょうはパパにあえる?」 「んー どうかな?」  潤くんは今、模擬結婚式の準備で忙しいの。イングリッシュガーデンに全面的に協力する約束で負担なく式を挙げられるのだから、仕方が無いわ。  といっても、大人の事情をいっくんに伝えても、分からないわよね。 「パパぁ……どこぉ?」  背伸びして窓にくっつく、いっくんの背中が寂しそう。  腰を痛めていなかったら、思いっきり高く抱っこしてあげられるのに、ごめんね。いっくんの小さな背中を、そっと背後から抱きしめてあげた。 「ママぁ……パパにあいたいね」 「そうね」 「ママもあいたい?」 「うん……」  いっくんに優しく聞かれれば、素直に答えるしかないわ。 「じゃあ、いっくんがあわせてあげるよ」 「え?」  いっくんが画用紙にクレヨンで絵を描いてくれたの。 「パパはおはだのいろがくろいの」 「ふふっ、一年中、お庭にいるから日焼けしているのよ」 「えへへ、とってもつよそうだよね」 「そうね!」 「ママはね、むらさきいろのおようふくがにあうの」 「わぁ~そうかしら? ありがとう」  いっくんの絵は、以前に比べて格段に明るくなった。  今まで、黒や灰色、寂しいブルーで、ママといっくんしかいない寂しい絵だった。  私はいつも泣いていた。  いっくんも、いつも泣いていた。 「ママもパパもいっくんも笑顔ね」 「うん! だってまいにちニコニコだもん!」 「そうよね」 「あ、あとみーくんとめーくんもかくよ」 「わぁ、ますます賑やかになるわね」 「にぎやか? うん! ワイワイしてるのって、たのしいね」 「そう思うわ」    可愛いお兄さんと小さなお兄ちゃん。 「いっくんね、いっぺんに、おにいちゃんがふたりもできちゃった! うれしいな」  いっくんの笑顔に、可愛い花が咲く。  息子の幸せそうな笑顔に包まれて、明日を迎える。  今までの生活にはなかった時間だわ。  潤くん……私といっくんに夢と希望……何よりの幸せをありがとう!                    『賑やかな日々 了』 あとがき(不要な方は飛ばして下さい) **** 瑞樹と芽生の誕生日にかけた『賑やかな日々』も今日でラストです。 明日以降は函館の母と熊田さんの恋の行方。潤の結婚式。瑞樹の会社ライフなどを描いて行こうと思います。 いつも読んで下さりリアクションや感想から温かい応援をありがとうございます。毎日更新していく糧になっております。

ともだちにシェアしよう!