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ひと月、離れて(with ポケットこもりん)12

 僕たちは今日一日で、沢山の感情を使った。  だから疲れ果てて、夕食はコンビニ弁当で済まし、早々に横になった。 「葉山、おやすみ……もう目が閉じるよ」 「かんのくーん、僕も……ねむねむです。もうあんこもみたらしも充分ですよぅ」  小さな小森くんと菅野が、ベッドに同時に沈み込む。 「菅野、小森くんを潰さないようにね」 「あぁ、気をつけるよ」  大きさは違うけれど、愛し合う二人が一つのベッドで眠りに就く様子は微笑ましかった。 『好きな人といつも一緒にいられる』  そんな魔法があるなんて。  そっと自分のパジャマのポケットを探るが、僕には誰もいない。  ……当たり前だけれどね。 「おやすみ」     隣室の電気は早々に消えた。  僕も早く寝ないと。  今日は僕もかなり感情を使ったので、身も心もクタクタだ。電気を消して布団に潜り込み、そっと手を伸ばしスマホを手元に手繰り寄せた。少しの期待を持って画面を見つめていると、すぐにぽっと灯りが灯った。  心に火がつく瞬間だ。  以前『ラブ・コール』というビールを飲んだ時の約束を、ちゃんと覚えていてくれたのですね。  それが嬉しくて、嬉しくて。 「もしもし、瑞樹か」 「宗吾さん!」 「おう! お疲れさん」 「ありがとうございます」 「ラブコールしたくて、さっきからウズウズしていた」 「覚えていて下さって、嬉しいです」 「当たり前だ。俺はいつだって有言実行さ!」  あぁ僕は、そんな宗吾さんが好きだ。  出来ない約束は……しないで欲しい。  ずっと期待してしまうから。  出来る約束をして、それを叶えてくれるのが、一番嬉しい。  宗吾さんが有言実行してくれる度に、信頼が深まっていきます。 「瑞樹、昨日はごめんな。結局、疲れさせてしまったよな」 「大丈夫です。僕も元気をもらいましたから」 「今日は無事に終わったのか。しっかりサポートできたか」  『サポート』  宗吾さんも僕と同じ言葉を使ってくれるのが、嬉しかった。 「よく考えたらさ、今回は引き継ぎじゃないよなって思ったんだ。相手の想いがその場に存在するんだから、瑞樹はその橋渡しを手伝うんだろ?」 「宗吾さん……どうして、それを分かって?」 「最近思うんだ。瑞樹ならどう思う? 瑞樹ならどう行動する? って。相手の笑顔を思い浮かべるのって、いいな」  耳元に届く宗吾さんの声に、心が震えてきた。 「宗吾さんは、ずるいです……」 「ん?」 「僕の心を全部持って行ってしまうから」 「瑞樹……何かあったのか」 「まだ一晩も離れていないのに……すみません。この先、長いのに弱音を吐いてしまいそうです」 「嬉しいよ。なぁ弱音はちゃんと吐いてくれないか。俺に君の弱音を引き受けさせて欲しい」    宗吾さんの息づかいまで聞こえる。  東京と大阪、その距離は問題ではないと思った。 「あ……会いたいんです。いつも一緒にいたくて……僕も小さくなって、宗吾さんのポケットに入れたら、どんなにいいのかって」 「瑞樹? 今日は素直に可愛いことを沢山言ってくれるんだな」 「すみません……変なことばかり」 「いや、ちょうど芽生が同じことを言っていたから……一寸法師になって会いに行くって」 「芽生くんが」  口に出せば芽生くんにも会いたくなる。    あぁ……僕は本当に弱くなった。  少し離れた位で、幸せの輪からはみ出した気分になってしまうなんて。  会社員なのに出張ごときで泣き言を言うなんて……もう、情けないよ。 「何度も言うが、瑞樹は弱くなったんじゃないよ。甘えられるようになったんだよ」 「宗吾さん……」 「瑞樹、これはラブコールだ。君への愛をもっと囁いてもいいか」 「は……はい」  耳元で繰り返されるのは愛の言葉。  もう消えたりしない愛の言葉。  瑞樹、愛している……大好きだ。  瑞樹、大好きだ、愛しているよ。  今日も明日も明後日も、ずっとずっと愛してる。 「ひと月は長い。今日から毎晩ラブコールをするよ」 「宗吾さん、嬉しいです」 「可愛い瑞樹、頬を撫でてやりたくなるよ」  目を閉じて、宗吾さんの大きな手を思い出した。 「今……優しく大きな手で包まれています」 「そうか……じゃあ頬を撫でて、瑞樹の柔らかい頬の感触を確かめよう」  そんなに優しくされたら、秘密にしようと思ったことを漏らしてしまう。   「あ、あの……本当は……少しだけ痛かったんです」 「えっ?」 「日中、実は薔薇の棘で頬を掠めてしまって……だから」 「そうだったのか。痛かったな、よく堪えたな」 「はい……でも……宗吾さんの声を聞いていると、痛みなんてどこかに飛んでいってしまいます」 「そうか、棘は掠めるだけでも痛い。刺さるともっと痛いから、気をつけるんだぞ」 「はい……はい……宗吾さんの一日も聞かせて下さい」 「俺?」  宗吾さんが電話口で肩を揺らしている。  そんな光景が脳裏に浮かぶよ。 「実は瑞樹のことばかり考えていた」 「くすっ、嬉しいですよ。でも仕事もちゃんとしてくださいね。芽生くんは?」 「今日は頑張っていたな。ただ……芽生はまだ小さい。どこかで爆発しそうで怖いよ」 「その時は数時間でもいいので、僕が会いに戻ります」 「え?」 「時間は作るものですから」 「参ったな。それは俺の台詞だよ」  ひと月は長い。  まだ初日なのに、一体どうなってしまうのだろう?  不安に駆られていると、宗吾さんが教えてくれる。 「瑞樹、お互いの愛があれば、案外なんとかなるものさ。まだ起きていないことへの不安に押し潰されるなよ」 「はい」 「だから今は……俺だけのことを考えて」 「あ……っ」 「おっ、いい声だな」 「み、耳元でそんな風に息を吹きかけるように囁かれたら……誰だって……こうなります」  布団の中がじわりと暑くなった。  人を恋い慕うと、身体が熱くなる。 「宗吾さん……抱きしめて下さい」 「いいね、瑞樹からのラブコールだな。おやすみ……抱きしめてやるから今日は眠ってくれ」 「はい……」  微睡むまで耳元で繰り返されるのは、愛の言葉。  惜しみない、絶え間ない……確かな愛の言葉。  

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