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実りの秋 13

「そうだ! 瑞樹ちゃん、覚えているよな?」 「うん、今日がランチの日だよね」 「よろしくな! 電話をしたら二人とも喜んでいたよ」 「僕も楽しみだよ」    高校の同級生との会食を思い立った菅野の行動は、早かった。  あっという間に約束を取り付けてくるなんて、すごい!  宗吾さんも菅野も有言実行の人だが、実行までも速い。  僕にはないスピードに驚くこともあるが、怯むことなく、ありがたく受け止めたい。  宗吾さんや菅野だって、そのために陰ながら努力をしているはずだ。 「瑞樹ちゃん、俺、ちょっとトイレに寄っていくよ」 「じゃあ、先に行ってるよ」    部署に向かって廊下を歩いていると、妙に周囲の視線を集めていることに気付き、戸惑った。  何だろう? 何かついているかな? 「めちゃ綺麗です!」    そこに現れたのは、春に部署異動した金森鉄平だ。 「葉山先輩~ お久しぶりです。会いたかったっす!」 「あ、うん……元気にやってる?」 「葉山先輩がいないから寂しいですよ。それより先輩、今日はなんだか」  いきなり髪に鼻を近づけられたので、驚いた。 「な、何?」 「うわぁ~ やっぱり今日はいい匂いですね。髪も肌もつやつやで目立っていました。あっもしかして今夜はデートっすか」 「え?」 「いやもう甘いデートの後なのかなぁ?」  僕は嘘をつけないので体温が一気に上昇し、顔が火照って行くのを感じた。  まずい……悟られないようにしないと。 「あー 図星ですか、先輩って見かけによらずエロいのかな?」 「ちょっ……」  金森の言葉に、いよいよ卒倒しそうだ。  さっきまで以前より性格が明るくなったと喜んでいたのに、こういう状況が苦手過ぎて、一気にトーンダウンしてしまう。  一歩下がって、そのまま逃げ出したい気分になった。  でも足が固まって動けない。  誰か……菅野……来て欲しい。  心の中で親友にヘルプを求めてしまった。   「お前なぁー 相変わらず変わんないな! 朝から何やってるんだよ。はい! 速攻退場!」 「あー 菅野先輩ー イテテ、でも事実ですよ」 「あのな、世の中には口に出していいことと悪いことがあるんだ。特に葉山に、ああいう軽口は絶対にヤ・メ・ロ!」  金森を追い出してくれた菅野に、感謝した。 「ふぅー 全くなんでこのフロアにいるんだか。大丈夫か、瑞樹ちゃん」 「ありがとう。そして……ごめん」  小さく謝ると、菅野が目を擦った。 「どうした?」 「いや、ちょっと高校時代を思い出した。以前こんなシーンがあったなって。白石がヤバい先輩に絡まれて困っていたから、助けてやったんだ。あれは青山のポジションなのに、どうして俺が助けたのかは忘れたけど」 「そうなの? 彼と僕は……やっぱり似ているのかな?」 「会えば分かるよ。白石はいつも静かで優しい奴だったよ。俺ももっと話してみたかったんだけど……輪から退いちゃうんだ。自分から、どんどん……」  それは、まるで高校時代の僕だ。 「瑞樹ちゃん? もう過去は過去だ。白石も変わったし、瑞樹ちゃんも変わった。本当に明るくなったよ」 「そうかな?」 「あぁ、もしかして弟さんって……元気いっぱいだった?」 「え? あ、うん。そうなんだ。夏樹が僕をいつも引っ張ってくれたから、内気で引っ込み思案だった僕もつられて元気になって……だから僕は夏樹が大好きだったんだよ」 「やっぱりなぁ。瑞樹ちゃんと相性がいいのは、グイグイ引っ張ってくれる人だ。宗吾さんや俺みたいにさ!」  菅野がニコッと笑うので、僕も強張りが溶けてニコッと笑えた。  菅野がいなかったら、このまま今日一日……駄目だっただろう。  本当にありがとう。    昼休み、丸の内にあるオープンカフェで菅野の同級生の青山くんと白石くんと待ち合わせをした。  ここは座席の間隔がゆったりしていて、高層ビル群が森のように日陰を作ってくれている僕たちのお気に入りのお店だ。 「お待たせ!」 「菅野、今日はセッティングありがとうな」  スーツ姿の二人は、仲良さそうに足並みを揃えて、登場した。 「葉山くん、あの日は貧血で倒れた僕を助けて下さって、ありがとうございました。お礼を言うのが遅くなって、ごめんなさい」 「そんな……気にしないで下さい」  白石くんは、今日は顔色がとても良かった。  肌がつやつやしているね。 優しい雰囲気、上品な物腰……きっと両親から愛情を存分に注がれたからなんだろうな。 「これ、葉山くんに」 「ありがとうございます。中を見ても?」 「はい!『ラブ・コール』です。自社製品で恐縮ですが、よかったらまた飲んで下さい」 「このビール、すごく美味しかったので嬉しいです」  宗吾さんが喜ぶと思うと、僕の心もポカポカだ。 「想、自社製品をわざわざ持ってきたのか」 「あ……そうか、そうだよね。でも……駿が名付け親だから、つい自腹で買ってしまうんだよ」 「それは嬉しいけどさ~」 「駿、本当に凄いことだよ」  白石くんはやっぱりおっとりしていて、可愛らしい人だな。  あれ? この二人って単に仲良しな同級生だと思っていたけれど、もしかして違うのかな? 二人の会話があまりに幸せそうなので、菅野を見ると「そうだよ。一緒だ」と教えてもらえた。  やっぱり、そういうことなのか! 「ところで、お前たち、随分ごきげんだな」 「あぁ、実は俺、想の家の近くに引っ越たばかりでさぁ」 「え? 引っ越し……?」  菅野が俄然前のめりになる。  それもそうだよね。さっき話したばかりだ。 「どっ、どこに引っ越したんだ?」 「もちろん鵠沼だよ。想の家から徒歩10分の海が見える部屋」 「あれ? だって青山って元々鵠沼に住んでいただろ?」 「実家はもう引っ越したんだ。今は横浜の森の中さ」 「へぇ、いいな! 瑞樹ちゃんは海より森のイメージだな」 「あぁ、それ、わかります!」 「そうなの?」  チーズハンバーグのワンプレートランチを食べながら、話が弾む。  まるで昔から友だちだったみたいに。    僕もその輪の中で笑っている。  お喋りに夢中で、食べる暇がないほどだ。 「これ、俺の実家の写真。な、森のくまさんが出て来そうだろ?」 「熊? あの、僕にも見せてもらえますか」  青山くんのご実家の写真を見た時、身体が震えた。  こんな場所が横浜にあるなんて……  ここは、まるであの大沼のログハウスのよう。  くまさんとお母さんが暮らす家みたいだ。  じわりと懐かしさが込み上げてくる。 「葉山どうした?」 「あ……いや、とても素敵な場所だなって……ログハウスも……森も……懐かしくて」 「そっか、故郷を思い出すのか。青山、悪い、ご実家の住所を、葉山に教えてもらえないか」 「いいぜ、それがおとぎ話みたいに可愛いんだ。ぜひ文字で見てくれよ」  メモを受け取って、また手が震えた。 「瑞樹ちゃん、どうした?」 『横浜市 新緑区 しろつめ草三丁目』  なんて、なんて、可愛い住所なんだろう! 「葉山くん、駿の実家は、とても自然豊かで良い場所なんです。ピクニックにもいいかも……よかったら僕が現地を案内するので一緒に遊びにいきませんか」 「想? 珍しく積極的だな」 「あ……ごめん……出しゃばって。葉山くんともっと話をしてみたくて、つい」 「嬉しいです。僕も白石くんと同じ気持ちです」 「あのぅ~ ところで想と俺はいつもセットなんだけど、いいかな?」  青山くんがやんちゃな顔で笑うので、僕もつられて笑った。 「はい、えっと……その、二人は付き合って……」 「あ、はい……そうです。あの……驚かれました?」  白石くんが目元を染めて頷いた。    僕には何も包み隠さないでいこうと決めているようだった。    最初から全面的に信頼してもらっている。    こういうパターンは初めてで、嬉しかった。  信頼には、信頼でお返ししたい。   「僕もあなたたちと一緒なんです。僕の場合……相手に小学生の男の子がいるので三人で暮らしています」 「あぁ、だからなんですね。僕たちのことを聞いても驚かないのは」 「僕の中では、二人はとても自然にお似合いだから」  隣で話を聞いていた菅野が、ぐすっと涙ぐんでいる。 「瑞樹ちゃん、良かったなぁ。また幸せな縁が広がって」 「うん……菅野のおかげだよ。やっぱり菅野は僕の親友だね」 「よせやい! 照れるぜ。よーし、俺も負けていられないな。絶対に好きな人の傍に引っ越すぞ! 風太待ってろ~」  そうだね。  やっぱり大好きな人同士は、なるべく近くにいた方がいい。  いつも傍にいて欲しいと願うのは、とても自然なことだ。 『横浜市 新緑区 しろつめ草三丁目』  僕は心の中で、その幸せな住所を復唱した。  まるで最初から知っていたかのような既視感。 「そうだ! 良かったら僕の車で行きませんか」 「そうだな、想の運転は乗り心地がいいもんな」 「いいですね。今週は運動会なので、次の週にでもぜひ!」    最後は皆で温かい珈琲を飲んで、楽しい約束をして別れた。  今日の出来事。  早く宗吾さんに伝えたい。  僕がこんなに惹かれるなんて、不思議な縁を感じてしまうよ。  季節は10月。  穀物や果実などの収穫が多くなる『実りの秋』を迎えている。  それは人と人の間にも言えること。  人が出逢い縁を深めていくのも、また『実り』と言うのだろう。 あとがき **** 『今も初恋、この先も初恋』https://fujossy.jp/books/25260とのクロスオーバーの続きでした。駿と想との出逢いが、瑞樹に何をもたらすのか楽しみですね。 そして、明日からようやく芽生の運動会になります。話があちこち飛んでしまいましたが、賑やかに楽しく書いていきます。                    

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