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実りの秋 35
逆光の中に立っているのは。
ハァハァと息を切らせて立っているのは。
スズランの花が風に可憐に揺れているように見え、慌てて目を擦った。
何度か瞬きをして焦点を合わせると、そこには……
「に……兄さん!」
まだ信じられなくて、何度も何度も瞬きをしてしまった。
光を背負った兄さんは、まるで天使のようだった。
「潤、兄さんが来たから、もう大丈夫だよ!」
「ど……うして?」
「心配だから……大事な弟が困っているから……居ても立っても居られなくて来ちゃったんだ。えっと……いきなり過ぎたかな?」
兄さんが少し首を傾げる。
「助かる……すごく助かるに決まっている!」
兄さんの優しさが身に染みる。
「それで菫さんの容体は?」
「あぁ……大丈夫だった。赤ちゃんも菫さんも無事で……今日1日安静にすればいいって」
安堵の溜め息が聞こえる。
「良かった、本当に良かったね。菫さんも赤ちゃんも無事なんだね」
兄さんの目には、光るものが浮かんでいた。
透明で澄んでいて、とても綺麗な涙だ。
「泣いて?」
「ごめん、ほっとして。それより今日はいっくんの運動会だろう? いっくん、楽しみにしていたんじゃないかなって……」
「あぁ……でも……今日はもうやめておくよ」
「潤……?」
「何もかもは無理だ。兄さんが来てくれても……弁当だって作ってないし」
つい兄さんに当たってしまい、反省した。
オレ、せっかく駆けつけてくれた兄さんになんてことを。
「お弁当なら、作ってきたよ」
「え?」
「ほら! なんとか間に合ったよ」
兄さんの大荷物は、弁当だったのか。
「でも、菫さんを家にひとりには……させられない」
すると兄さんの背後から声がする。
「潤、私が菫さんに付き添うわ! 菫さんは私の娘でもあるのよ」
「か……母さん!」
腰を抜かす程、驚いた。
「まぁ何て顔をしているの? 孫の運動会って、祖父母が駆けつけるものでしょう」
「び、びっくりした。でも……やっぱりいいよ。俺だけ運動会に行くのは気が引けるんだ。菫さんだって見たいだろうし……」
「潤くん、それなら俺がとびっきりの写真を撮りまくって、菫さんに即時に送るよ」
「え……熊田さん……お、お父さんまで」
お母さんの背後から大きな身体がヌッと現れて、また驚いた。
「孫の運動会が楽しみでな。最近は動物より人間に夢中なのさ」
「潤、これでも行かない? 僕は応援係で参加するよ。兄さんと一緒に応援しよう!」
お父さんとお母さんと兄さんが、仲良く並んでいる。
オレたち家族のために集まってくれるなんて、信じられない光景だ。
処置室の入り口で話し込んでいると、クリーム色のカーテンの向こうから嗚咽が聞こえて来た。
菫さんが泣いている。
「ぐすっ、潤くん……こっちに入ってもらって」
「あぁ」
いっくんと菫さんが俺たちを見上げて……泣きながら笑っていた。
「いっくん、ママといっくんに、いっぱい応援団が来てくれたね」
「わぁ~ みーくん、おじーちゃん、おばーちゃんだぁ」
いっくんの目がキラキラと輝き出した。
「いっくん、みんなと運動会に行っておいで」
「でもぉ……ママ……いいの?」
「写真をいっぱい撮って貰えるし、おばあちゃんとおしゃべりできるし、ママも楽しめるわ」
「ママもたのしいの?」
「そうよ。だから……いっくん我慢しないで」
いっくんがじっと菫さんを見つめている。
まだたった3歳なのに、頭の中で一生懸命考えているんだ。
「菫さん、そうしても……いいか」
「当たり前じゃない。今のいっくんには、パパもいるんだから」
「あぁ……パパがいるよ、いっくんにはパパがいる! さぁいっくん、本当にしたいことを言ってくれよ! 今、一番何がしたい?」
いっくんがパァァーと笑顔になる。
笑顔の花が咲く。
「いっくんね……いっくんね、ほんとうは……うんどうかいに……いきたかったの」
「よく言えたな。じゃあパパと行こう!」
「わぁ……うん! うん! パパぁ~だーいしゅき!」
いっくんが満面の笑みで、オレに飛びついてきた。
最高の笑顔だ!
弾ける笑顔だ!
オレは……この笑顔を守る人になる。
オレがすべきことは、ただ一つ。
大切な人を、幸せるする人になる。
「よーしっ、じゃあ今から行くぞ!」
「パパといっしょにうんどうかい、うれしいなぁ」
あとがき
****
本日バタバタで短い更新でごめんなさい。
いつもの半分くらいでしたが、大丈夫でしたか。
今回のように……忙しい時は無理せずに対処していこうと思います。
この話は私にとってライフワークです。
出来るだけ長く続けたいと思っているので😌
いつも読んで下さりリアクションで応援ありがとうございます。励みになっています。
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