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実りの秋 48
「瑞樹も芽生も眠そうだな」
「あ……すみません」
「先に休んでいいぞ」
「いえ、まだ起きています」
瑞樹は遠慮がちに首を振りアピールするが、芽生が目を擦りながら瑞樹のパジャマの裾を引っ張る。
「お兄ちゃん~ ねむいよぅ。いっしょにねてほしいなぁ」
どうやら風呂上がりにプリンをたっぷり食べさせので、眠気を誘ったようだ。
「瑞樹もそのまま眠っていいぞ」
「……ありがとうございます」
風呂上がりの火照った身体が薔薇色に染まり、瑞樹も芽生も天使のようだった。もうそれだけで幸せな気分だよ。
「おやすみ」
「宗吾さん……早く来て下さいね」
「あぁ、ちょっと風呂を楽しんでからな」
寝室に二人が入るのを見届けてから、俺も風呂に入った。
正直、昨日の疲れはとっくに取れて、東京駅まで迎えに行った以外は部屋でゴロゴロし、昼寝までしたので、体力が有り余っている。とは言えないな。
早起きして弁当を作り、軽井沢で運動会を応援してきた君はヘトヘトなはずだ。だから「大人しくするんだぞ、宗吾」と自分を戒める。
「どれ、早速マイクロバブルシャワーを試すか」
頭から豪快にシャワーを浴びると、まるで滝行をしているような気分になった。月影寺の翠さんの顔が脳裏に浮かんで来るのは、禁欲せよとのお告げかと苦笑する。
「これは最高に気持ちいいな! 通常のシャワーよりも泡が細かく洗浄力や保湿力が高いというのは本当なんだな。うぉ~ ミストもいいな。これは妖精と戯れているようだ」
身体にあてるとシャワーの水流が身体に心地良い刺激を与え、妙に身体がムズムズしてくるので、必死に煩悩を押さえ込んだ。
「本当にすっきりスベスベになるんだな。今度瑞樹をベトベトにして汚れ落ちを試させてもらうとするか」
あーコホン、これで俺の煩悩はシャットアウトだ。
寝室に静かに入ると、芽生と瑞樹が仲良く並んで寝息を立てていた。
キャンプの時のように、ど真ん中で寝ているので、俺の寝場所がないぞ。
「おーい、ちょっと詰めろ」
瑞樹に声をかけると、寝惚け眼で返答があった。
「ん……そうごさん……シャワーどう……でした?」
「あぁ、最高だったよ!」
「よかった……すっきり、すけべぇになりましたね」
「へっ?」
「えっ?」
知らなかったよ。すっきりとスケベって両立するのか!
頭の中がこんがらがって笑うと、瑞樹が目を見開いて真っ赤になっていた。
「い、今のは……失言です! 忘れて下さい」
「はは、嬉しいことを、ちょっとだけスケベになってもいいってことか」
「さっ、さっき芽生くんがお風呂場で言ったから……なんかインプットされてしまったんですよ」
「なぬ、芽生がそんなことを? 参ったなぁ……」
クマのぬいぐるみを抱きしめて眠る芽生のあどけない寝顔に、脱力してしまった。
「うーん、芽生って俺の血が濃いのかな?」
「まぁ……宗吾さんの子供ですから」
「複雑だな。俺みたいにスケベになったらどうしよう?」
「心配ですねぇ」
瑞樹が笑いを堪え、台詞を棒読みするのが愉快だった。
「スケベの子はスケベかぁ」
「え? いやですよ。芽生くんはとびっきりカッコいい男の子に育てている最中ですよ」
「俺みたいに?」
瑞樹を仰向けにして覆い被さり、覗き込むと、目元を染めて頷いてくれた。
「はい……宗吾さんみたいにです……あの、少し触れてもいいですよ。でもベトベトにはしないで下さいね」
「可愛いリクエストだな。今日は舐めないよ。触るだけだ」
ストレートにいうと、瑞樹はますます顔を赤くして俺の胸元に顔を埋めた。
「宗吾さんが、いつも通りでほっとします」
「ははっ、そこ?」
「ちょっとだけ心配していました。僕だけ単独で行動してしまって……」
「何を心配する? 家族ってそういうものだぞ。各自いろんな場所に羽ばたいても、また戻ってくる巣みたいなものさ」
「はい……僕……この運動会を通して、様々なことに気づけ、貴重な体験をしました」
「あぁ、実りの秋だったな」
「えぇ」
「疲れただろう?」
「……少し」
優しく身体をマッサージするように撫でてやる。
「このまま眠ってもいいし、気持ち良くなってもいいぞ」
「……狡い人ですね。僕は……気持ち良くなりそうです」
ふわりと微笑み、俺を引き寄せて、瑞樹からも求めてくれる。
甘い口づけをした。
軽く唇が触れ合うだけで、胸がドキドキと高鳴っていくよ。
俺、いつまで経っても、きっとずっとこんな調子だ!
「宗吾さん……ずっと傍にいてくださいね」
「あぁ、ずっといるよ」
「絶対ですよ」
「あぁ、もちろんだ。明日も明後日もずっと、ずっと……」
「嬉しい……」
交わされる約束。
瑞樹を安心させてやりたくて、深く眠りにつくまで繰り返してやった。
『実りの秋』 了
あとがき
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『実りの秋』全48話で終了しました。
長くなりましたが、それぞれの運動会をお楽しみいただけましたでしょうか。
様々な思い出が交差しましたね。
ここまで1235話。しっかり掘り下げて、沢山のファミリーが生まれました。
これからも私も彼等に会いたいので、コツコツ書いていきたいです。どうぞよろしくお願いしたします。いつもリアクションをありがとうございます。励みになっています。
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