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心をこめて 56
「先生、たきざわくんは今日もおやすみなんですか。もうずっとお休みだから心配です」
「うん……実は滝沢くんは病気で入院して、しばらく学校に来られないんだ」
「えー! そんなぁ……なんの病気なんですか」
「メイくん、だいじょうぶなのかな?」
「しんぱいだなぁ」
子供達の声が、ざわざわと波紋のように大きくなる。
「先生、私、お見舞いに行きたい!」
「そうだ! みんなでがんばれって、おうえんしたいよ」
「みんなで放課後に行ってもいいですか」
「メイの所に駆けつけようぜ」
うーん、困ったな。
みんなの心配はもっともだ。
滝沢芽生くんはクラスの中でも人一番優しく明るい存在で、男の子からも女の子からも慕われている。活発で思いやりがあって穏やかな性格。
人気の理由は一目瞭然だ。
そんな滝沢くんが数日前、川崎病で入院したと連絡を受けた時は、動揺した。今まで骨折した子はいたが、教え子が病気で入院したのは、まだ浅い教師人生の中で初めの事態だ。
「んー 病院は小さな子供が気軽に行ける場所ではないんだよ。みんな真剣に病と向き合っているからね。先週までうちのクラスでは学級閉鎖にはならなかったがインフルエンザも流行っていただろう。病気で入院している子に移してしまったら大変だから、難しいんだよ」
「……えー そうなんだ。分かりました」
「退院して元気になってくれるのを、皆で祈ろう」
「……はぁい」
その場は収めたつもりだが、どうもしっくりこなかった。
もっと滝沢くんに寄り添える方法があったのではないか。
もどかしいな。
滝沢くんが苦しんで居るのに、何もしてあげられないのが。
モヤモヤしたまま時は過ぎ、2週間を過ぎた所で、待ちに待った朗報が届いた。
「滝沢芽生の父です」
「あ! 芽生くんの具合はいかがですか」
「おかげさまで後遺症もなく、明日退院出来ることになりました」
「そうなんですね! おめでとうございます!」
「ご心配お掛けしました」
教室に戻って「滝沢芽生くんが退院したよ」と急いで知らせると、一人の生徒がこう言ってくれた。
「先生、僕たち、退院お祝いをおくりたいよ」
「ん、そうだな」
金銭を集めることはNGだ。
その気持ちは大切だが、さて今度はどうやって言い含めるべきか。
「先生、そんなにこわいお顔で考えないで。むずかしいことじゃないよ。だって言葉をおくりたいんだもん」
「あ! そうか……そうだな。よーし、みんなで滝沢くんにお手紙を書こう! それを文集にして、先生が放課後、届けてくるよ」
「わー! やったー やっと僕たちも何かできるんだね」
「ごめんな。先生気が付かなくて」
「ううん、僕たちも思いつかなかったよ」
禁止事項にばかり囚われて、恥ずかしいな。
物事はもっとシンプルに風通し良くだな。
クラスメイト26人分の紙をコピーして、配った。
みんな優しい顔をしている。
相手を大切に思う気持ち。
教えていきたいと強く思った。
早くなおってね。
早く学校にきてくれることを楽しみにしているよ。
みんな待っているよ。
おだいじにしてね。
またあそぼうね。
いっしょにあそぼうね。
みんな似通った文章だが、手書きの文字はそれぞれ個性があって暖かい。
それぞれがプリントに絵を描いたり色を塗ったり、カラフルに仕上げてくれた。
僕も手紙を書いた。
心をこめて――
……
たきざわめいくんへ
体の調子はどうですか。長い入院生活、本当にがんばりましたね。花丸二重丸ですよ。いろいろやりたいことも沢山あるよね。ゆっくりやっていこうね。まずは自分の体を大切にしてね。芽生くんがまた教室に来てくれることを、楽しみにしています。心やさしい芽生くんを、みんな待っています。
……
****
「お兄ちゃんもお手紙を見る?」
「見てもいいの?」
「いっしょに見てほしいの。ボクのクラスメイトをおしえてあげるね」
子供の世界に芽生くんが呼んでくれる。
僕がソファに座ると芽生くんがちょこんとやってきて、僕の膝に座った。
「えっと、この方がよく見えるかなって」
「うん、よく見えるよ」
そのままギュッと抱っこしてあげると、芽生くんがニコニコ笑ってくれた。
温もりが傍にあることが、嬉しくて泣いてしまいそう。
宗吾さんと芽生くんと過ごすようになって、僕は涙脆くなった。
あの日枯らしたと思った涙は、優しくて幸せな涙となって戻ってきたんだね。
「この子は、さおりちゃん。いつもポニーテールでかわいいんだよ」
「そうなんだね。字が綺麗だね」
「書道を習っているんだって。こっちがひかるくん。彼は本が大好きなの。ボク、いつも一緒に図書館にいくんだよ」
「この子と約束をしていたんだね」
「うん、でも大丈夫だって。ボクが読みたかった本をかりたからいっしょに読もうって書いてあるよ。よかったぁ」
「うんうん、よかったね」
こんな調子で芽生くんは僕に、クラスメイト一人ひとりを丁寧に紹介してくれた。
まるで僕もクラスメイトのひとりになったような気持ちだよ。
みんなからのお手紙には溢れんばかりの心がこもっていた。
これはただの手紙じゃない。
芽生くんとクラスをつなぐ架け橋だ。
翌朝、芽生くんはひとりで起きて歯を磨いて顔を洗って、どんどん学校に行く準備を進めていた。
「瑞樹、芽生はもう大丈夫そうだな」
「はい、子供の世界に戻っていくのですね」
「あぁ、俺たちはここで見送ろう」
「はい!」
玄関を開けると、目映い朝日に包まれた。
ランドセルを背負った芽生くんがこちらを振り向く。
「パパ、お兄ちゃん、行ってきます!」
小さな手を振って、とびっきりの笑顔で!
「行ってらっしゃい!」
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