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幸せが集う場所 17

「滝沢さーん、準備出来ましたか」 「おぅ! どうだ?」 「わぁ、サイズ、ぴったりですね。背が高くてカッコいいですよぅ」  小林が手放しで絶賛してくれたので、気分が上がってきた。  本当は瑞樹が選んでくれたネクタイをして、クールにキビキビ働いている所を見せたかった。だがイベントのメインキャラクターの「アザラシマン」が不在では台無しだ。俺が一肌脱ぐの最善だった。  とにかく頑張ろう!    目の前にあることを、こなしていこう。  目の前のハードルを飛び越えないと、明日は来ない。  俺もモットーはポジティブに明るく元気にだ! 「よしっ、行くぞ! 小林、先頭を切れ」 「了解っす」 「小林? どこにいる?」 「ひどいですね、ここですよぅ」 「悪い悪い。ところで『お立って』はいないよな?」 「えぇ、大人しくしてますよ」 「……大人しくか、ははっ、あからさまなヤツだな」 「男同士、何をオブラートに包む必要が?」 「お前、不思議なキャラだな」 「あいたた! 足踏まないでくださいよぅ」 「えっ、悪かった」  参ったな。視界が狭いせいで小林の姿が見えにくい。  これは子供を踏みつけないように気をつけないと。  怪我でもさせたら、イベント主催側として大事になる。  そう思った瞬間、突然不安に襲われた。  同時に、動きもぎこちなく小さくなってしまう。 それでも『バレンタイン限定のアザラシチョコパン、限定発売中』というプラカードを持って水族館内に登場すると、最初は歓声があがった。 「わぁ~ アザラシマンだー!」 「あざらしくーん」  よしっ、掴みはOKか。と安堵したのも束の間、突然泣き声が聞こえてきた。 「ママ、おばけあざらしぃー こわいよぅ。ぐすっ、えーん、えーん」 「ちょっと怖いわねぇ 愛嬌もないし」    小さな女の子の泣き声が館内に響き渡り、ドバッとヘンな汗が背中を伝った。  こ、怖いだと?  大きければ目立つ。  大きければカッコいい。    俺の視点でしか物事を考えていなかったことに、気付いてしまった。  子供に夢を与えるつもりが恐怖を抱かせてしまうなんて、大失敗だ。  まずいな、どうしたらいい?  とにかく威圧感をなくすべきだ。  俺はガクッと膝をついて小さくなってみた。  ところが小さくなれば心も萎み、滅多に抱かない感情に苛まれてしまった。  居たたまれない……この場から消えてしまいたい。 「滝沢さん、一旦、引っ込みますか」 「う……小林……」  そこに愛しい息子の声が聞こえた。続いて、いっくんの声も!  姿は見えないが、よく聞き慣れた可愛い声にホッとした。 「わー アザラシさん、かわいい」 「いっくん、こわくない。ぺったんできるよぅ」 「ふれあいコーナーのれんしゅうできるね」 「うん、ぺったん。ぺったん」  うひゃー 待て待て、そう来るのか。  薄い皮膜なので、めちゃくちゃ擽ったいぞ。  いやここは笑う場面ではないな。  耐えろ! 宗吾。    耐えるのは得意だろ! 「……‼‼」  脇腹や胸元をペタペタ、コチョコチョ。  おいおい、触りすぎだー!  あ……強張っていた身体が柔らかく解れてきたぞ。  打ちひしがれた気持ちが、また膨らんでくる。  そこにそっと囁いてくれたのは…… 「まさか……もしかして……中の人は、宗吾さん?……ですか」  瑞樹! 気付いてしまったのか。  いや、気付いてくれたのか!  どう返事すべきか考えあぐねていると、瑞樹がエールを送ってくれた。 「宗吾さん……頑張って下さい。僕……心から応援しています」  こ、これは効果覿面だ!  背中に、瑞樹の優しい温もりを感じた。  手当と言う言葉がある。  瑞樹は心をこめて触れてくれているのだ。 (宗吾さん、頑張っているのですね)  薄いアザラシの皮膜越しに、君の存在を確かに感じた。  君はやっぱり俺の幸せな存在だ。  諦めるな、宗吾。    まだチャンスはある。  俺はスクッと立ち上がった。  俺はアザラシマン! 良い子のヒーローだ!  そうだ、宗吾、なりきれ!   なりきれば、ついてくる。  子供はヒーローが好きだ。  思いっきり手を振って、愛嬌も振りまいた。  もう形振りかまわず動き回った。  するとさっき泣いた女の子が「かっこいいかも……かっこいいよぅ、アザラシマーン」と叫んでくれた。そこからは一気に場が変わった。  諦めなくてよかった。  芽生といっくん、瑞樹に助けられた。    人はやっぱり一人で生きているわけじゃないことを痛感した。  倒れそうになった時に、支えてくれる人がいる。  それはとても幸せなことだ。 「お兄ちゃん、アザラシマンすごくかっこいいね」 「うん!」 「なんか……パパよりカッコいいかも」 「ふふっ、同じくらいカッコいいよ」  うぉー 瑞樹ぃ、ありがとうな。 「いいな、いっくん、おおきくなったら、あざらしまんになりたいなぁ」 「おぅ、いっくんならなれるさ!」 「うーん、でもパパみたいにもなりたいの」 「いっくん……ありがとう」  いっくんと潤の会話は日溜まりのようだ。  そして俺の愛しい瑞樹の声がする。 (宗吾さんカッコいいです)  瑞樹の心の声が届く。  君が選んだスーツもネクタイもしていないのに、ちゃんと俺を見つけてくれた。  ありがとう、ありがとう!  どんな俺も、好きでいてくれて。  君といると自分が好きになる。  人を愛すること、大切にすること、優しくすること。  全部君が教えてくれる。  大好きだ、大好きだ瑞樹。  俺の心は感謝と愛情で満ちて、震えていた。  

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