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幸せが集う場所 39

「瑞樹、そろそろお暇しないとな」 「そうですね」 「楽しい時間はあっという間に過ぎてしまうな」 「名残惜しいです」 「俺もだ」  楽しい旅行も、そろそろお開きのようだ。  丈さんにお礼を言うために企画した旅行だったが、とても有意義な時間を持てた。  やはり月影寺は不思議なお寺だ。  人を癒やし、心の重荷を下ろせる場所だ。  来た時よりも確実に、心も身体も軽くなっていた。 「瑞樹、その……身体……疲れていないか」  昨夜の情事を思い出し、無性に恥ずかしくなった。    僕、あんなに乱れて、昨夜はかなりの痴態を晒してしまった。でも宗吾さんに全てを見せて、宗吾さんも僕を思いっきり求めてくれたのが嬉しかった。たまにはこんな時間も必要なのかもしれない。  一人の男として、本能のままに求め合う時間が――  性欲はそう強い方ではないと思っていたが、自信がなくなってきた。  明らかに宗吾さんの影響を受けまくりだ。  あぁ……思い出すと、恥ずかしくなる。  雑念を振り払うように首をブンブン振ると、宗吾さんに笑われた。 「みーずき、煩悩を撒き散らしてどうする? 本当に大丈夫か」 「だ、大丈夫です! それより宗吾さん……体調は?」  熱中症で倒れたのに、あんなに激しく動いて大丈夫だったのかな?  つい何度も確認してしまうよ。 「元気一杯さ! また明日から頑張れるよ。次のイベントに向けて!」 「あ、白薔薇のフェスティバルのことですね」 「そうだ、ちょうど君と芽生の誕生日にかかるから、遊びに来てくれ」 「はい! 喜んで」  さっき洋くんとも話したが、間もなく季節が巡る。  半月も経てば、3月だ。  一気に春めいてくるだろう。  宗吾さんと芽生くんと出会った季節がやってくる!  帰り支度をしていると、翠さんがお勤めから戻られた。 「あ……もう帰ってしまうのかい?」  僕らが帰り支度をしているのを見ると、少し寂しそうな顔を浮かべた。 「はい。明日からまた仕事なので、そろそろ……」 「そう……寂しくなるね。昨日からずっと賑やかで楽しかったのに……そうだ、これ月下庵茶屋の最中だよ。お土産にどうぞ」 「ありがとうございます」 「あれ? 留守を頼んだ小森くんはどこ?」  は! すっかり忘れていた。(ごめん!)  小森くんは大広間の片隅で、膝を抱えてしょぼんとしていた。    さっきはカルタで大人気ないことをしてしまったと、僕も反省だ。 「それが……カルタで負けてしまって、いじけているんです」 「そう、でも、大丈夫だよ。僕があんこをたっぷり買ってきたから」 「よかったです!」 「小森くん、おいで~」  まるで飼い猫に声をかけるように翠さんが甘い声を出すと、小森くんはピクンと耳を立て、すっ飛んで来た。 「住職さまぁ~」 「よしよし、ご苦労様。ほら絵に描いた餅よりも、やっぱりこっちがいいよね」 「はい! カルタは食べられません」 「うんうん、そうだねぇ」  くすっ、小森くんは皆から愛されているんだなと、その様子を見てほっこりした。色気を無理矢理植え付けるのは難しそうなので、あとは菅野次第だと納得した。 「お世話になりました」 「またおいで」 「すいしゃん、ばいばい」 「すいさん、ありがとうございます」  いっくんと芽生くんも、可愛くご挨拶が出来た。  ふたりは手をギュッと繋いで離さない。  これはお別れの時が大変そうだなと思っていたら、案の定、東京駅の新幹線のホームで…… 「いっくん、ここで芽生坊とはお別れだよ。さぁ手を離して」 「え! ずっとめーくんと、いっしょじゃないの?」  いっくんが驚いた顔で潤を見上げた。 「ど……どちて? めーくん、いっくんのおにーちゃんなのに、どちてだめなの?」    つぶらな瞳に、大粒の涙を浮かべている。  これには、潤もたじたじだ。 「めーくん!」 「いっくん!」  二人がギュッと抱き合う。  あぁ……やっぱり。  ずっとお兄ちゃんらしくいい子にしていた芽生くんも、ここで崩れた。 「ボクもいやだよ! いっくんとはなれたくないよぅ」 「芽生くん……」 「芽生!」  不謹慎かもしれないが、芽生くんが子供らしく我が儘を言ってくれるのが嬉しかった。横を見ると宗吾さんも、芽生くんが駄々を捏ねる様子を目を細めて見つめていたので、一緒なんだと、ほっとした。 「瑞樹、ほっとするな」 「はい、僕も同じ気持ちです」 「芽生、昨日今日と、お兄ちゃんらしく随分頑張っていたもんな」 「えぇ、かなり頑張りました。こうやって子供が子供らしくしてくれるのは、いいですね。ほっとします」  僕は葉山の家に引き取られてから、子供らしく振る舞えなくなってしまった。迷惑をかけていると自己完結した思考で、自分を消すことばかり考えていた。  いい子でいなくちゃ……そればかり考えて遠慮の塊だった。  葉山の母がそんな僕を心配した気持ちが、今になって分かる。広樹兄さんが僕を抱きしめて「頼むから一つでも我が儘言ってくれと」と促してくれたのに、僕の心は凍ったままで頑なだった。 「僕も、もっと甘えてみればよかったです」 「瑞樹は今、甘えられるようになったんだから、帳消しさ」 「そうでしょうか」 「あぁ、甘えてもらえるって嬉しいことに気付けたしな」 さぁ新幹線に乗る時間がやってきた。 「いっくん、もう乗らないとママが待っているよ」 「めーくんは? めーくんものる?」 「いっくん……」  潤はもうどうしていいのか本気で分からないようだ。 「じゅーん。僕たちの子がこんなに仲良くなってくれて嬉しいね」 「兄さん、オレ……本当はいっくんみたいに兄さんに甘えたかったのかも」 「潤……僕もそうだよ。芽生くんみたいに甘えたかったのかも」 「お互い同じだな。よーし、いっくん行くぞ」 「パパぁ、どちて、どちて……」  いっくんは潤にしがみついてワンワン泣き出してしまった。  かわいそうだけど、可愛いなぁ。  その素直な気持ち、いつまでも持っていて欲しい。  いっくんと芽生くんは、誰が何と言おうと兄弟だよ。 「あー よしよし、また会えるよ。また会おう!」 「あえる? あえる? ほんと?」 「あぁ、パパはうそつかないよ。また一緒に旅行もしよう。夏には遊びにきてもらおう。帰ったらお手紙をいっぱい書こう!」  潤がありったけの希望を詰め込むと、いっくんはようやくコクンと頷いてくれた。僕にしがみついて泣いていた芽生くんも、コクンと頷いてくれた。 「めーくん、おてがみかくね」 「いっくん、ボクも書くよ!」 「潤、気をつけて」 「兄さんも宗吾さんも、元気で!」  この別れは永遠じゃない。  また会うために別れるんだ。  希望をのせて、それぞれがそれぞれの場所でまた頑張って、また集う。 「兄さん、また集まろう。あのさ、単純に会うよりも集《つど》うが似合うな。俺たち……もう、ひとりじゃないから!」 「じゅーん。いい言葉だね。同感だよ」    最後は宗吾さんがまとめてくれる。 「それって『幸せが集う』ってことだよな」  僕らはそれぞれの日常で見つけた幸せを持ち寄って、また集まる。  新幹線の窓に張り付くいっくんは、まだうるうるしていたが、最後は一生懸命、手を振ってくれた。芽生くんも見えなくなるまで、手を降り続けた。 「あー 行っちゃったな。さてと、俺たちも家に帰るか」 「はい」 「うん!」  僕たちは三人で手を繋いで、歩き出した。  幸せを握りしめて、一歩一歩……  次の季節も、家族で楽しもう!  明るい未来が、僕には待っている。                            『幸せが集う場所』 了  

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