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新緑の輝き 2
季節は巡り、4月になった。
今朝のテレビで都内の桜が満開になったとニュースが流れていたが、軽井沢はまだ冬だ。
ここは函館と同様、冬の寒さが厳しく4月まで降雪が記録される地域だ。
ゴールデンウィークが近づく頃にようやく木々に花が咲き始め、春が訪れる。
遅い春もいい。
焦らずゆっくり季節を楽しんでいけるから。
「ただいま!」
「あー パパぁ、パパぁ」
「おかえりさない、潤くん」
仕事から戻ると、いっくんが玄関まで走ってきた。続いて菫も出迎えてくれた。
出産予定は5月中旬なので、菫は最近産休に入った。臨月のお腹はますます大きくなり、オレも一段と気持ちが引き締まっている。
菫といっくんとお腹の赤ちゃんを、守れる人でありたい。
自分の存在意義を見出せず荒れていた時代が嘘のように、今は毎日が生き生きとしている。
「パパぁ、これみてぇ、ママがかってくれたの」
「ん? レターセットか」
「いっくんね、じをしゅこしかけるようになったから、ごほうびだって、ねー! ママ」
いっくんが宝物にように抱えているのは、レターセットだった。
白地の封筒と便箋に、淡い水彩画で四つ葉のクローバーが丁寧に描かれていた。
「うふふ、今日いっくんとお買い物に行って100均で見つけたの。今は可愛いのがいろいろ置いてあるのね」
「へぇ、いっくん、よかったな」
「ママがね、かってくれたの!」
いっくんはママにご褒美をもらったことにも興奮しているようだった。
子供は可愛いな。
些細なことにも、全身で喜びを表して。
「パパぁ、だっこ」
「よーし! それ!」
菫が身重《みおも》なのを、いっくんも子供心に察し、日中はかなり大人しく過ごしているのを知っているから、オレは思いっきり抱き上げてやった。
「わぁ~ たかい! パパのだっこだいしゅき! これね、3まい、ふーとうがはいってるの。だからパパにも1まいあげるね」
「大事な物なのに、いいのか」
「うん! パパはとくべつだもん。パパもみーくんにおてがみかこうね!」
「えっ」
何度かいっくんに兄さん宛の手紙を書くことを促されたが、生まれてこの方、真面目に手紙など書いたことがないので、小っ恥ずかしくて無理だった。理由をつけて「今度な」と先延ばししたが、これはいよいよ断れないぞ。
「わかった、あとで書こう」
「わぁい。やくそくだよぅ」
「あ、あぁ」
こんな可愛い約束、絶対に断れないよ。
夜、兄さんから定期便がかかってきた。
律儀で優しい兄さんは、週に1度は近況伺い電話をくれる。
「潤、元気にしている? 風邪引いてない?」
「大丈夫だ。兄さんは?」
「僕も大丈夫だよ。こっちはだいぶ暖かくなったしね」
「そういえばもう桜が咲いているんだよな」
「うん、今年は特に早くてもう満開だよ。軽井沢はこれからだね」
兄さんはいつも穏やかで優しい。だから話しているだけで心が凪ぐ。
「いっくんは元気?」
「芽生坊に会いたいって、毎日のように言っているよ」
「そうか。あ……手紙をありがとう。芽生くんも喜んでいるよ」
「あのさぁ、いっくんに会いたいって言われる度に、東京までの距離がもどかしくなるんだ。もっと近くに住んでいたら、気軽に会わせてあげられるのになって」
つい、兄さんにぼやいてしまう。
「……潤の気持ち分かるよ。僕も潤にもっと会えたらいいのにって思うから」
おぉぉ、この台詞だけで充分だ。
兄さんが会いたいと言ってくれるだけで幸せだ。
「先日、ご年配のお客様と話していて気付いたんだけど、離れた場所にいるからこそ、ゆったりと手紙でやり取りできるんだよね。手紙って直筆に触れることが出来るし、何度でも繰り返し読めるから素敵だね。それに普段会えないから、会った時に特別、嬉しく感じるんだね」
兄さんが話してくれることは、オレの心を潤した。
「それ……オレがいっくんに伝えたかった言葉だ」
「僕もだよ。新幹線でいっくんと芽生くんが抱き合って泣いた時、上手く言葉が見つからなくて……この前、お花を買いにいらしたお客様が手紙を同封されて……その時、そんな話題になったんだ」
そうだ、今がチャンスだ。
「兄さん、あのさ……兄さんもオレから手紙もらったら……嬉しい?」
「じゅーん、もちろんだよ! もしかして書いてくれるの?」
「き……聞いただけだ! じゃあまたな」
「あ……」
そうか、嬉しいのか。
心臓がバクバクしていた。
兄さんに手紙を書いてみよう。
「いっくん、今から手紙を書くぞ!」
「わぁい、パパ、みてて、いっくんね、じをかけるんだよ」
『めーくん、すき!』
いっくんはそれだけ書いて、大満足の笑顔を浮かべた。
「パパもね、おなじこと、かこうよ!」
「え?」
「みーくん、すきってぇ」
「ええっ」
俺たちの会話を聞いていた菫が楽しそうに笑った。
「潤くん、もう隠さなくていいわよ。あなたのブラコンは私公認なんだから。いっくんの言う通りにしたら?」
「は……ずかしいよ!」
「こういうのは照れたら負けよ。いっくんと揃えたって言い訳すればいいわ」
「なるほど、菫ー いいこというな」
「くすっ、あなたの奥さんですからね!」
「菫、好きだ!」
「やだ、照れる」
オレと菫の様子を見ていたいっくんがパチパチと手を叩く。
「パパとママ、あちち~ うれちいなぁ」
翌朝、出社前にポストに投函した。
兄さんの元へ無事に届きますように。
一文字一文字に、オレなりに気持ちを込めたよ。
兄さんがオレの兄さんになってくれたことへの感謝。
今、こうやって交流できる喜び。
また会いたいという気持ち。
赤ちゃんが生まれたら見に来て欲しいという約束も詰め込んだ。
いっくんから芽生坊への手紙は、3年生になったお祝いだ。
笑顔のいっくんと芽生坊が手を繋いでいる絵。
めーくん、すき!
シンプルな言葉が絵を引き立てている。
赤いポストに投函した白い封筒。
手紙は心を運ぶ翼だ。
兄さんに届け!
オレの素直な心。
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本日は読者さまとのペコメから浮かんだエピソードです。
ぴょんきちさん、ファイヤーさん special thanks!
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