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新緑の輝き 19

「宗吾さん……宗吾さん」 「瑞樹っ」  僕たちは靴も脱がずに、玄関で貪るように互いの唇を吸いあった。  宗吾さんは1日中ずっと一緒にいても足りないほど、僕が好きになった人だ。    だからキスだけでは収まるはずもなく、キスの刺激によって、お互いすっかり欲情してしまった。 「瑞樹、なぁ、このまま続きもしていいのか」    宗吾さんに欲情に染まる顔を覗き込まれて、僕は目元を染めてコクンと頷いた。 「よし、とにかく、ここじゃなんだから部屋に行こう」 「はい」  灯りをつけると、リビングはがらんとしていた。  芽生くんのいない部屋は、あの入院していた日々を思い出してしまう。  そんな僕の些細な心の怯えは、宗吾さんにはお見通しだ。 「瑞樹、大丈夫だ。芽生は今頃実家で楽しんでいるよ」 「そうですね。明日の朝、早めに会いに行きましょう」 「あぁ、そうしよう。今日は無理はさせないよ、明日があるから」 「はい」  そのまま宗吾さんに背後からすっぽりと抱きしめられた。 「今日、会議室に颯爽と登場した君に、俺はまた恋をした」 「あ……僕もです。テキパキと仕事をこなす宗吾さんがカッコ良く、クラクラしました。宗吾さんって……職場でもてますよね?」 「君こそ、皆の心を釘付けにしていたよ」 「ぼ、僕は宗吾さんだけです」 「ありがとう。俺も瑞樹だけだ。その言葉を聞けてホッとしたよ、嬉しいよ」  手が伸びてきて、ネクタイを優しく解かれた。  はらりとネクタイが床に落ちると、僕の心を律していた理性が飛んでいく。  スーツを脱がされるというシチュエーションは滅多にないので、心臓がいつもの倍、跳ねていた。 「あ……あの……」 「じっとして」  照れ臭くなって身を捩ると、宗吾さんの逞しい手で腰をしっかり掴まれ、身動きが取れなくなった。 「……悪いことしているみたいだ」 「僕も……悪い事をされているようです」 「ははっ、もっとしても?」 「して……下さい」  ワイシャツのボタンをひとつ、ふたつ外されて、そのまま胸もとに手を差し込まれる。 「んっ……」  すぐに平らな男の胸を、大きな手の平で揉みこまれる。薄い肉しか纏っていないのに、胸の先がじんじんして、どんどん尖っていく。  宗吾さんの手の平に挟まれ擦れる度に、下半身がブルッと震えてしまう。 「あ……あっ……」  そのままソファの前のラグに寝かされた。  宗吾さんが僕を見下ろし、甘く囁いてくる。 「ここでもシテもいいか」 「はい……」  今宵は普段と違う場所で抱かれる。  そう思うと、僕の鼓動はますます早くなっていく。  ワイシャツの袖を抜かれ、肌着をたくし上げられる。  その後は宗吾さんからのキスの嵐―― ****  瑞樹と普通のリーマン同士、会社の同僚として、夕飯を食った。  サラリーマンがごった返す新橋の赤提灯もいいが、ホテルのアーケードの小綺麗な焼き鳥屋に連れて行った。  清楚で可憐な瑞樹にはこっちの方が似合うよ。  以前ランチで入った事があり、いつか瑞樹を連れてきたいと思っていた場所だ。  瑞樹は美味しそうにふっくらした焼き鳥を頬張り、俺につられてワイシャツの袖を腕まくりしてジョッキビールを飲んだ。  ほろ酔い気分の君と、お互いの仕事について語り合った。 「宗吾さんとこんな話が出来るなんて、新鮮ですね」 「瑞樹と俺の仕事は畑違いだが、この先も融合できるチャンスがありそうだぞ」 「本当ですか。今回だけでなく他でも出来たら最高ですね」 「白薔薇のフェスティバルが終わったら、レジャー施設から新しいアトラクションの仕事が来ているんだ。頑張るよ、君にまた近づけるように」 「僕もです……僕も……あぁ、そういえば」  瑞樹は一度スマホを取りだし、メールを確認し、がっかりしたように溜め息をついた。 「まだか……」 「ん? 何か返事を待っているのか」 「……なんでもないです。いえ、そうじゃない。実は結果待ちのコンテストがあって、それでソワソワしているのです」 「へぇ珍しいな。良い結果が出るといいな。応援しているよ」 「ありがとうございます」  仕事に情熱を注ぐ君の横顔は、凜として綺麗だ。  そのまま2時間ほど飲んで、駅で別れる真似をした。 「じゃあ、また来週現地で! 引き続き宜しくお願いします」 「はい! ベストを尽くします!」  そのまま俺たちは一度背を向け、同じタイミングで振り返った。  その後は恋人として向き合った。  そして今は…… 「あっ……んっ……あっ、あっ」 「どうだ? いいか」 「気持ち……いいです」  リビングのラグの上で足を大きく開き、俺に合わせて揺れる君。  俺にギュッと抱きつく君に、愛おしさがぐんぐん込み上げてくる。  そっと細腰に手を回し、俺の方へと抱き寄せてやる。 「ここでシテごめんな。腰が痛いだろう」 「大丈夫です、宗吾さんが支えてくれているので」  ふっと俺に向かって優しく微笑む表情が、愛おしくて綺麗で泣けてくる。  人を好きになるって、こういうことなんだな。  ただ愛おしくて、すべてが愛おしくて、ずっと一緒にいたくなる。 「やっぱりベッドに行こう。君を傷つけたくない」  寝室に移動し、ありのままの姿で最後まで求めあった。 「離れないで……下さい」 「あぁ、俺たちはずっとずっと一緒だ。おとぎ話のようにいつまでもいつまでも幸せに暮らそう」 「よかったです」  一度の逢瀬に、全てをかけた夜だった。  一番深いところで精を放ち、俺たちは充足した気分で眠りに落ちた。  翌朝の瑞樹はすこぶる上機嫌で、俺よりも早く起きて、パジャマ姿のまま芽生の時間割を揃えていた。 「もう起きたのか」 「芽生くんに早く会いたくて」 「あぁ、そうだな」  俺の息子を愛してくれる君も好きなので、俺は朝から破顔した。 「じゃあ、すぐに会いに行こう」 「はい! 待ち遠しくなってしまいました」  瑞樹特有のはにかむような笑顔に、おはようのキスを重ね、朝日を浴びた。 「幸せには幸せを重ねていけばいいんだな」 「そうですね。以前は……幸せは不幸の前触れだと思っていたのですが違いました。僕は今日も朝から幸せです。身体が満ち足りた感じで」 「おっ! それって、昨日かなり良かったってこと?」 「え! ええっと……」  ポンっとお決まりのように赤く染まる瑞樹を掻き抱いた。 「あー かわいい」 「そ、宗吾さん……僕はその、あぁ……もう……その通りです」  パジャマから見える白い胸元には、赤い花弁が散っていた。  スーツを着れば絶対に見えない場所に、一つだけ落とさせてもらった。  その後は手早くお互いの支度を整えて、芽生の着替えと荷物を持って家を出た。  道すがら街路樹を見上げて、瑞樹が眩しそうに目を細めた。 「いい天気ですね。宗吾さん、今日もよい1日にしましょう!」 「あぁ」    幸せに臆病だった君の前向きな願いは、絶対に叶えてやりたい。  そう胸に誓う、新緑の眩しい朝の道。      

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