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白薔薇の祝福 17

前置きさせて下さい。 今日は雪也視点を最初に少し書きました。 雪也は『まるでおとぎ話』https://fujossy.jp/books/16328 瑠衣は『ランドマーク』https://fujossy.jp/books/18238 の登場人物です。未読の方には申し訳ありません。 『まるでおとぎ話』は1万字で読める短編もありますので、ざっくりと、あらすじを知りたい方はこちらをどうぞ。 『まるでおとぎ話』短編https://fujossy.jp/books/8753 では本文です。 **** 東京白金 「桂人、戻ったのか」 「はい、宗吾さんと瑞樹くんをお送りしてきましたよ」 「ありがとう。急に悪かったね。ところで、あれは渡してくれたかい?」 「しかと」  そうか、良かった。  桂人に持たせた白い箱の中には『エディブルフラワー』を詰め込んでいた。  使うことがあるか分からないが、魔法が解けないように抜かりなくだよ。  遠い昔に想いを馳せる。  僕が幼い頃、まだ両親も健在で瑠衣もいた、まるで王子様のような日々を過ごしていた頃のことを。 …… 「ゆき、どこなの?」 「にーたま、ぐすっ」 「どうしたの? こんな所に閉じこもって、お母様が探していたよ」 「……あのね、あのね、ぐすっ……これ、どうしよう?」  僕はお皿の上でひっくり返ってしまったケーキを見せた。  あの日はお母様の誕生日だった。 「あのね……ぼく、おてつだいしたかったの。でも、つまずいて……だいなしにしちゃったの」  泣きながら説明すると、兄さまが僕の頭を優しく撫でてくれた。 「雪、がんばったんだね。そうだね、こういう時は瑠衣に相談してみよう」 「るい! うん、るいぃー」 「どうされたましたか」  事情を説明すると、瑠衣が「少々お待ちくださいませ」と踵を返した。  こういう時の瑠衣は、頼もしくてカッコいい。  暫くすると額にうっすら汗をかいた瑠衣が、籠一杯の花を持ってきてくれた。 「雪也さま、これは食べられるお花ですよ。英国ではよくケーキの飾りに使っておりました。これをお使い下さい」 「わぁ」  瑠衣の手から溢れ落ちた色鮮やかな花びらは、ケーキを見事に蘇らせた。 「ゆき、よかったね。魔法がかかったんだよ。流石、僕たちの瑠衣だ。瑠衣、ありがとう、頼りになるよ」 「……どういたしまして」  瑠衣は長い睫毛を伏せて、慎ましく会釈した。 ……  芽生くんがそうなるとは限らないけどね、一応、魔法が冷めないように。  手元に残った『エディブルフラワー』を見つめていると、春子ちゃんがやってきた。 「雪也さん、お茶にしましょう」 「そうだね」 「まぁ、きれいなお花」 「これは食べられる花なんだよ」 「じゃあケーキを飾りましょうよ」 「そうだね」  時は流れた。  いつもお優しかった兄さまは、もうこの世にはいない。  でも思い出は確かに、ここにある。 ****  東京の滝沢家の様子をモニター越しに見ながら、オレは感極まっていた。  実はこっちでも一緒にお祝いしようと、カットのショートケーキを買っていた。 「潤くん、我が家もそろそろケーキタイムよ」 「了解! 持ってくるよ」  冷蔵庫にケーキを取りに行くと、いっくんが後ろにくっついてきた。 「どうした?」 「パパにくっついているんでしゅよ」 「そうか」 「うん、パパの子だからいつもいっしょなの」 「そうか、そうか」  あー ヤバいって。  いっくんの一言一言にデレまくる。  くまさんが瑞樹兄さんを「みーくん、みーくん」と呼んで、今でも猫可愛がりしている気持ちが分かるな。  きっとオレ……いっくんが二十歳になっても、三十歳になっても、「いっくん」って呼んでるだろうな~ 「潤くん、ありがとう」  すみれが用意していたお皿にケーキを乗せてくれる。  いっくんは目をキラキラと輝かせていた。 「これ、ひとりいっこたべていいのぉ?」 「そうだよ。今日は兄さんの誕生日だから特別なんだ。ほら、見てごらん。東京でもケーキを配っているぞ」 「あっ! めーくんだ! めーくん、めーくん」  いっくんが一生懸命、芽生坊を呼ぶ。今はマイクが聞こえていないようだが、いっくんはそんなの関係ないようだ。ただ「めーくん」と名を呼べるお兄ちゃんが出来たのが嬉しいんだな。  芽生坊が一人ひとりに、ケーキが乗ったお皿を配るのを微笑ましく見守った。ところが兄さんのスペシャルケーキを運ぶ際、躓いて転びそうになったので、こっちでも悲鳴をあげてしまった。  そこからみるみる雲行きが怪しくなる。  芽生坊、今日はテンション高く張り切っていたからなぁ。  張り切り過ぎて落とす、零すは……子供あるあるだなぁと微笑ましく、すみれと見守った。  だが芽生坊にしたらかなりショックだったのだろう。  最後はわーんわーんと大泣きだ。  周りがオロオロし出す。  そこに宗吾さんから瑞樹兄さんへの見事な連携プレー。  白い箱から何かを握って……  泣いている芽生坊に兄さんが優しく話しかける。 「芽生くん、泣き止んで……お顔をあげて」 「ぐすっ、お兄ちゃん……なぁに?」 「お兄ちゃんが魔法をかけてあげるから、ケーキを見ていて」  兄さんの手からは次々にひらひらと花びらが生まれた。  それがケーキに雪のように積もっていった。  芽生坊の目が再び輝きだす。  泣き腫らした顔が、コロッと笑顔に変わった。 「わ、わぁ! すごい! お花のケーキになったよ。これ食べられるの?」 「そうだよ。これは食べられるお花だよ」 「すごい! お兄ちゃんはやっぱりお花の妖精さんなんだね。すごい! すごいよ!」  なるほど食用花か! 誰が用意したんだ? 最高だ!  思わず夢中にモニターを見つめていると、いっくんの声が聞こえた。 「しゅごいでしゅ……いまの、みーくんのまほうでしゅね!」  いっくんが目を輝かせて胸に手をあてて、うっとりと頬を薔薇色に染めていた。    最高潮に興奮している時の、いっくんだ。   いっくんは自分のケーキを見つめて、瞬きを何回もしている。 「パパぁ、おはなのけーき、しゅごいね、しゅごいね」   「いいなぁ」とか「僕もしたいな」と強請ってもいいシーンなのに、ひたすら感激しているいっくんの様子が愛おしく切なかった。  すると、すみれがウインクする。  わざと大袈裟な声を出した。 「きゃー! 可愛いいっくんにも妖精さんが来てくれたわよ」 「ほんと? いっくんのところにも? ほんと?」 「そうよ、ほら」  すみれがキッチンから持って来たのは、すみれの砂糖漬けだった。  それをいっくんのケーキに散らしてあげると、いっくんは大喜びだった。 「ママ、ママも、ようせいさんだったの?」 「んふふ、いっくんがいい子だから、妖精さんからもらったのよ」 「そうなんでしゅか。わぁ、うれちいよー!」  いっくんが満面の笑みで、俺にくっついてきた。 「パパぁ、パパぁ、おたんじょうびって、みんなが、うれちいひなんだね」 「そうだ、いっくんの誕生日もすごくうれしかったよ。なぁ……いっくん」 「なあに? パパ」 「いっくんがこの世に生まれて来た日を、家族でずっとお祝いしてもいいか。いっくんが10歳、20歳となっていく成長を見守らせて欲しい」  父となり、父の気持ちが痛いほど分かるよ。  天国にいった父さん。  父さんも見たかったですか――  オレの10歳、20歳の姿。  あなたは1歳の誕生日すら祝えなかった。  縁あっていっくんと出会い、父さんが歩めなかった人生を歩ませてもらっている。  感謝しよう。  この縁に、この子に…… 「うん、いっくんはずーっとパパといっしょだよぅ、パパぁ、だーいすき!」  

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