1412 / 1738
白薔薇の祝福 17
前置きさせて下さい。
今日は雪也視点を最初に少し書きました。
雪也は『まるでおとぎ話』https://fujossy.jp/books/16328
瑠衣は『ランドマーク』https://fujossy.jp/books/18238
の登場人物です。未読の方には申し訳ありません。
『まるでおとぎ話』は1万字で読める短編もありますので、ざっくりと、あらすじを知りたい方はこちらをどうぞ。
『まるでおとぎ話』短編https://fujossy.jp/books/8753
では本文です。
****
東京白金
「桂人、戻ったのか」
「はい、宗吾さんと瑞樹くんをお送りしてきましたよ」
「ありがとう。急に悪かったね。ところで、あれは渡してくれたかい?」
「しかと」
そうか、良かった。
桂人に持たせた白い箱の中には『エディブルフラワー』を詰め込んでいた。
使うことがあるか分からないが、魔法が解けないように抜かりなくだよ。
遠い昔に想いを馳せる。
僕が幼い頃、まだ両親も健在で瑠衣もいた、まるで王子様のような日々を過ごしていた頃のことを。
……
「ゆき、どこなの?」
「にーたま、ぐすっ」
「どうしたの? こんな所に閉じこもって、お母様が探していたよ」
「……あのね、あのね、ぐすっ……これ、どうしよう?」
僕はお皿の上でひっくり返ってしまったケーキを見せた。
あの日はお母様の誕生日だった。
「あのね……ぼく、おてつだいしたかったの。でも、つまずいて……だいなしにしちゃったの」
泣きながら説明すると、兄さまが僕の頭を優しく撫でてくれた。
「雪、がんばったんだね。そうだね、こういう時は瑠衣に相談してみよう」
「るい! うん、るいぃー」
「どうされたましたか」
事情を説明すると、瑠衣が「少々お待ちくださいませ」と踵を返した。
こういう時の瑠衣は、頼もしくてカッコいい。
暫くすると額にうっすら汗をかいた瑠衣が、籠一杯の花を持ってきてくれた。
「雪也さま、これは食べられるお花ですよ。英国ではよくケーキの飾りに使っておりました。これをお使い下さい」
「わぁ」
瑠衣の手から溢れ落ちた色鮮やかな花びらは、ケーキを見事に蘇らせた。
「ゆき、よかったね。魔法がかかったんだよ。流石、僕たちの瑠衣だ。瑠衣、ありがとう、頼りになるよ」
「……どういたしまして」
瑠衣は長い睫毛を伏せて、慎ましく会釈した。
……
芽生くんがそうなるとは限らないけどね、一応、魔法が冷めないように。
手元に残った『エディブルフラワー』を見つめていると、春子ちゃんがやってきた。
「雪也さん、お茶にしましょう」
「そうだね」
「まぁ、きれいなお花」
「これは食べられる花なんだよ」
「じゃあケーキを飾りましょうよ」
「そうだね」
時は流れた。
いつもお優しかった兄さまは、もうこの世にはいない。
でも思い出は確かに、ここにある。
****
東京の滝沢家の様子をモニター越しに見ながら、オレは感極まっていた。
実はこっちでも一緒にお祝いしようと、カットのショートケーキを買っていた。
「潤くん、我が家もそろそろケーキタイムよ」
「了解! 持ってくるよ」
冷蔵庫にケーキを取りに行くと、いっくんが後ろにくっついてきた。
「どうした?」
「パパにくっついているんでしゅよ」
「そうか」
「うん、パパの子だからいつもいっしょなの」
「そうか、そうか」
あー ヤバいって。
いっくんの一言一言にデレまくる。
くまさんが瑞樹兄さんを「みーくん、みーくん」と呼んで、今でも猫可愛がりしている気持ちが分かるな。
きっとオレ……いっくんが二十歳になっても、三十歳になっても、「いっくん」って呼んでるだろうな~
「潤くん、ありがとう」
すみれが用意していたお皿にケーキを乗せてくれる。
いっくんは目をキラキラと輝かせていた。
「これ、ひとりいっこたべていいのぉ?」
「そうだよ。今日は兄さんの誕生日だから特別なんだ。ほら、見てごらん。東京でもケーキを配っているぞ」
「あっ! めーくんだ! めーくん、めーくん」
いっくんが一生懸命、芽生坊を呼ぶ。今はマイクが聞こえていないようだが、いっくんはそんなの関係ないようだ。ただ「めーくん」と名を呼べるお兄ちゃんが出来たのが嬉しいんだな。
芽生坊が一人ひとりに、ケーキが乗ったお皿を配るのを微笑ましく見守った。ところが兄さんのスペシャルケーキを運ぶ際、躓いて転びそうになったので、こっちでも悲鳴をあげてしまった。
そこからみるみる雲行きが怪しくなる。
芽生坊、今日はテンション高く張り切っていたからなぁ。
張り切り過ぎて落とす、零すは……子供あるあるだなぁと微笑ましく、すみれと見守った。
だが芽生坊にしたらかなりショックだったのだろう。
最後はわーんわーんと大泣きだ。
周りがオロオロし出す。
そこに宗吾さんから瑞樹兄さんへの見事な連携プレー。
白い箱から何かを握って……
泣いている芽生坊に兄さんが優しく話しかける。
「芽生くん、泣き止んで……お顔をあげて」
「ぐすっ、お兄ちゃん……なぁに?」
「お兄ちゃんが魔法をかけてあげるから、ケーキを見ていて」
兄さんの手からは次々にひらひらと花びらが生まれた。
それがケーキに雪のように積もっていった。
芽生坊の目が再び輝きだす。
泣き腫らした顔が、コロッと笑顔に変わった。
「わ、わぁ! すごい! お花のケーキになったよ。これ食べられるの?」
「そうだよ。これは食べられるお花だよ」
「すごい! お兄ちゃんはやっぱりお花の妖精さんなんだね。すごい! すごいよ!」
なるほど食用花か! 誰が用意したんだ? 最高だ!
思わず夢中にモニターを見つめていると、いっくんの声が聞こえた。
「しゅごいでしゅ……いまの、みーくんのまほうでしゅね!」
いっくんが目を輝かせて胸に手をあてて、うっとりと頬を薔薇色に染めていた。
最高潮に興奮している時の、いっくんだ。
いっくんは自分のケーキを見つめて、瞬きを何回もしている。
「パパぁ、おはなのけーき、しゅごいね、しゅごいね」
「いいなぁ」とか「僕もしたいな」と強請ってもいいシーンなのに、ひたすら感激しているいっくんの様子が愛おしく切なかった。
すると、すみれがウインクする。
わざと大袈裟な声を出した。
「きゃー! 可愛いいっくんにも妖精さんが来てくれたわよ」
「ほんと? いっくんのところにも? ほんと?」
「そうよ、ほら」
すみれがキッチンから持って来たのは、すみれの砂糖漬けだった。
それをいっくんのケーキに散らしてあげると、いっくんは大喜びだった。
「ママ、ママも、ようせいさんだったの?」
「んふふ、いっくんがいい子だから、妖精さんからもらったのよ」
「そうなんでしゅか。わぁ、うれちいよー!」
いっくんが満面の笑みで、俺にくっついてきた。
「パパぁ、パパぁ、おたんじょうびって、みんなが、うれちいひなんだね」
「そうだ、いっくんの誕生日もすごくうれしかったよ。なぁ……いっくん」
「なあに? パパ」
「いっくんがこの世に生まれて来た日を、家族でずっとお祝いしてもいいか。いっくんが10歳、20歳となっていく成長を見守らせて欲しい」
父となり、父の気持ちが痛いほど分かるよ。
天国にいった父さん。
父さんも見たかったですか――
オレの10歳、20歳の姿。
あなたは1歳の誕生日すら祝えなかった。
縁あっていっくんと出会い、父さんが歩めなかった人生を歩ませてもらっている。
感謝しよう。
この縁に、この子に……
「うん、いっくんはずーっとパパといっしょだよぅ、パパぁ、だーいすき!」
ともだちにシェアしよう!