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七夕特別番外編『七夕トレイン』瑞樹編
前置き
本編に戻る前に、いっくんが朝目覚めたシーンと、滝沢ファミリーの七夕も書きたくなりました。
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あさ、おめめあけたら、パパのおなかのうえだったよ。
えへへ、またよじのぼっちゃった。
パパぁ、パパぁ、だいすきだよ。
そのままパパのむねに、おみみをあてたよ。
どっくんどっくんって、おとがきこえるよ。
いっくん、このおと、だーいすき。
「んー いっくん、おかえり」
「おかえり?」
「やっぱり、もう忘れちゃったか」
「おぼえているよ。パパぁ~ ただいまぁ」
いっくん、おもいだした!
おそらのパパにあえたんだよ。
「パパぁ、いっくんね、おそらのパパにあってきた」
「よかったな」
「あのね、パパのこと、はなしたよ」
「え? オレ?」
「うん。いっぱいいっぱい、はなしたよ」
「そ、そうか……話してくれたのか」
あれれ? パパぁ……どうちたの?
おめめ……うるうるしているよ。
「パパ、まってて」
いっくんティッシュでふいてあげたよ。
「いいこ、いいこ」
「いっくん……」
「どうちてなくの?」
「どうしてだろうな? なんだか……ほっとしたんだ」
「いっくんもほっとちたよ。パパのところにちゃんとかえってこれて」
「いっくん、ありがとう」
パパがギュッとだっこしてくれたよ。
おそらのパパもパパも、いっくんのパパ。
ふたりは、いっくんのだいしゅきなパパ。
「パパぁ……ほんとうに、いっくんのパパだよね?」
「あぁ、いっくんのパパだ!」
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おかしいな、どうして涙が出たのか。
不覚にも泣いてしまった。
いっくんの前で涙を見せるつもりなんて毛頭なかったのに。
そうか……
心に正直になると、少しだけ不安だった。
いっくんが実の父親に会ったら、オレはいらなくなってしまうのではと心配してしまった。駄目だな、こんな弱い心じゃ……心が狭いと思いつつ、ほんの少しだけ卑屈に考えてしまった自分がいたのを認めよう。
でもそんな心配、全部吹っ飛んでいった。
いっくんの重みで目覚め、朝からあどけない声を聴けた。
抱きしめられる温もり、語り合える喜び。
全部……生きているから感じられる。
オレの亡くなった父さんも、オレにこんなこと、したかったのかな?
すみれといっくんと出会ったのは、父さんが出来なかった夢を叶えることでもあり、空に逝ってしまったあの人がしたかったことを受け継いでいくことでもあるんだな。
オレが持っているものすべてを注ごう。
オレが出来ることをしていこう。
背伸びしなくていい、等身大のオレで向き合っていこう。
****
「お兄ちゃん、こっちきて」
テレビを観ていた芽生くんが、僕を呼んだ。
近寄ってみると、視線は僕ではなく、テレビに釘付けだった。
ニュースでは千葉の幼稚園の七夕祭りを紹介していた。小さな女の子が『アイドルになりたい』と書いた短冊を笹に吊す様子が、可愛いくて微笑んだ。
無邪気でいいね。
そう言えば芽生くんも幼稚園の頃は笹の飾りを作ったようだけれども、小学校ではどうなのかな?
「小学校でも願い事を書いたの?」
「えっとね、玄関に大きな笹竹がかざってあって、お願いごとをつるせるようになっていたよ」
「じゃあ、芽生くんも書いたの?」
優しく問いかけると、芽生くんはほんの少しだけさみしそうに笑った。
「……えっとね……ボクはね、書かなかったんだ」
「……そうなんだね」
どうして? とは、あえて聞かなかった。
書きたいことがあったけれども、書かなかったのだから。
それならば……
「芽生くん、ちょっと出かけようか」
「うん? どこへいくの?」
「お兄ちゃん、笹の葉にお願い事を吊したくなったんだ。だからお花屋さんに行こうよ」
「わぁ、僕も行く!」
芽生くんが途端に笑顔になる。
書きたいことが、やっぱりあったようだね。
「お兄ちゃん、ボクが笹はもってあげるよ。短冊もつくってあげるね」
「頼もしいよ」
駅まで逆戻り。
確か帰り際、駅ビルの花屋で売っていた。
まだあるといいな。
「あるかな? あるかな」
「あるといいね」
どうか、ありますうように。
……ところが売り切れだった。
「あー! ちょうどさっき最後のが売り切れちゃったんですよ。ごめんなさいね」
「そ、そうですか」
芽生くんしょんぼりしている。
これは悪い事をしたなと……僕も反省だ。
期待した分、がっかりしちゃうよね。
来た道を後戻り、そこに笹竹を担いでのしのし歩く人を発見。
「あ!」
「わぁ」
それはどう見ても宗吾さんの背中だった。
二人で駆け寄ると、宗吾さんは驚いていた。
「わ! 驚かせようと思ったら、驚かされたよ」
「宗吾さんだったのですか、最後の……買ったの」
「おぅ? 瑞樹も買いに行ったのか」
「そうなんです。でも売り切れで」
「じゃあ買っておいて正解だな」
「はい!」
「パパー ありがとう」
「おう!」
マンションに戻ると、宗吾さんがベランダに笹を固定してくれた。
「よし、これでどうだ?」
「いいですね」
「パパとお兄ちゃん、これに願い事を書いてね」
芽生くんは折り紙を切って短冊を作ってくれた。
「願い事か~ 懐かしいな」
「僕もです」
昔は空を見上げて、天の川を探した。
大沼の星空は綺麗だった。
織り姫と彦星が無事に会えているといいなと夢を見ていた。
だが……いつしか空を見上げなくなった。
あの事故以降、空を見上げるのが辛くなった。
どんなに手を伸ばしても、けっして触れられない場所だから。
どんなに会いたくても、けっして会えない人がいる場所だから。
今の僕の願いは、ただ一つ
『宗吾さんと芽生くんとずっと一緒にいられますように』
もうこれは儚い夢ではない。
そうありたいと願う心が、僕を強くする。
「俺も書けたよ」
「ボクもー!」
『瑞樹と芽生とずっと一緒にいられますように』
『パパとお兄ちゃんとずっといっしょにいたいです』
3人で顔を見合わせて笑った。
「みんな同じことを……考えていたのですね」
「……家族だからな」
「家族だもん! あーやっと書けてすっきりしたよ」
笹の葉さらさら……
夜風に短冊が揺れている。
僕たちの心も寄り添って、優しく揺れている。
その晩、芽生くんが僕の枕元に、青い車を置いてくれた。
「どうしたの?」
「お兄ちゃん、あのね……七夕ってあいたいひとに会える日なんでしょう?」
「そうだね、そうとも言えるね」
「じゃあ、お兄ちゃん、これに乗って、また行っておいでよ」
「え?」
芽生くんが夜空を指さす。
「なっくんたちがお兄ちゃんに会いたいって」
「芽生くん……」
「瑞樹、人はどうして夢を見ると思う?」
「え?」
「会いたい人に会えるからさ」
優しくふたりに抱きしめられて、泣きそうになった。
「『七夕トレイン』と言う物があるらしいが、瑞樹の場合、マイカーで行けるもんな。それから泣き顔じゃなくて笑顔を見せて来いよ」
「うんうん、お兄ちゃん、にっこりがいいよ」
「宗吾さん、芽生くん、ありがとうございます」
二人の優しさに心打たれる七夕の夜だった。
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