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ムーンライト・セレナーデ 22 (月影寺の夏休み編)

「おばあさま、洋です」 「まぁ、洋ちゃん、どうしたの? こんなに朝早くからお電話なんて珍しいわね。もしかして何かあったの? 具合でも悪いの? ううん、そうじゃないわね。声が弾んでいるもの!」    孫の洋からの電話に、私も朝から心がウキウキと弾んだわ。  ついあれこれ心配してしまうのは、あなたが可愛くて大切だからなのよ。  だから許してね。 「ふっ、当たりです」 「何か楽しいことがあったの?」 「実は、今晩友人と月影寺で楽しいことをしようと思っているんです。そこで、おばあさまにも手伝っていただきたくて」  洋ちゃんの口から「友人」という言葉を聞くのは滅多にないので、私も一緒にワクワクしたわ。  頼まれたことは「ナイトピクニックをするので、ピクニックバスケットに夕食になるものを詰めて届けて欲しい」という内容だった。  私は雪也さんと合同で『カフェレストラン・月湖』を営んでいるので、10人前以上の注文も受けられるので、即OKしたわ。  夕方には届けると約束して、すぐに桂人さんを呼んだ。  桂人さんは雪也さんの家の執事だけど、もう随分前から我が家の執事も兼ねてもらっているのよ。彼はとても有能だから。 「桂人さん、ナイトピクニックって、何を作ればいいのかしら? 私はお昼間にしかやったことないわ」 「そうですね、夜ならではの軽いお酒やワンハンドで食べられるラップサンドがいいかもしれませんね。それから小さなお子さんもいるからサラダやフレンチフライ、フライドチキンなども用意致しましょう。大人にはフィッシュフライがいいかもしれないな。いずれにしてもビールにも合いますしね。果実酒とクラフトビールも合わせて準備致します」  桂人さんの口から出てくる美味しそうなメニューに、私のお腹も鳴りそう。  お寺のお庭で夜のピクニック。  とってもとっても楽しそうだわ。 「随分、詳しいのね」 「ふっ、俺の知識は全て英国仕込みですよ。瑠衣さん直伝です」 「素敵よ」  私は桂人さんが料理の指示を厨房に出して、テツさんと一緒に納戸から沢山のバスケットを取り出し綺麗に拭いて、シックな藍色のクロスを敷き詰めていくのを、うっとり眺めた。 「白江さん、楽しそうですね」 「雪也さん、今日は孫がナイトピクニックをするので、お手伝いをしているの」 「ナイトピクニックですか、懐かしいな。兄さまも海里先生に誘われてしていましたよ。白薔薇の庭《Garden》で」 「その話、聞いたことあるわ。恋のLessonを受けたと、柊一さんが頬を染めて」 「お二人はロマンチックなことが好きでしたからね」 「そうよね、懐かしいわ。あの二人にまた会いたいわ」 「僕も同じ気持ちです」  16時頃すべての支度が調ったようで、桂人さんがお店のバンの後部に、大きなバスケットをいくつも積み込んだ。 「気をつけて届けてね」 「はい、行って参ります」  桂人さんの車が走り出すのを見送っていると、何故か門の所で急停車したの。  どうしたのかしら?  慌てて近寄ると、桂人さんが降りて来たわ。 「忘れ物をしました」 「まぁ 珍しいわね」 「……どうぞ、奥様」 「え?」  いきなり手を差し出されて驚いたわ。  私? 「一緒に行きませんか」 「えぇ? 私が行ったらお邪魔よ」 「そうでしょうか。お孫さんが喜ぶ顔が、おれには見えますよ」 「……桂人さんは誘い上手だわ」 「ふっ、さぁお乗り下さい」  年老いた私にとって、今は孫の成長が楽しみなの。  洋ちゃん、あなたがあのお寺で堂々と振る舞っている姿、寛いでいる姿、おばあちゃまに見せてくれるかしら? 『ナイトピクニック』  それは大人も子供もワクワクするピクニックのこと。   **** 「瑞樹、せっかくだから『ナイトピクニック』の告知ポスターも作ろうぜ!」 「いいですね。宗吾さんの得意分野ですものね」 「あぁ、デザインとキャッチコピーは任せろ!『月夜のナイトピクニック』とか月に絡めてみるよ。瑞樹は会場の装飾担当だ。流から寺の草花は摘んでいいと許可をもらっているよ」 「僕で良いんでしょうか。頑張ります」 「……肩の力を抜いて楽しもう!」 「あ、はい」  突然、宗吾さんに竹林の茂みに連れ込まれ、くちづけされた。 「あ……っ、急に……」 「君が頑張りすぎないように、おまじないさ。また肩に力が入っていたからさ」  優しく頬を撫でられ、覗き込まれる。 「楽しむことを忘れるな」 「はい、そうですね」  ギュッと抱きしめてもらい、全身に宗吾さんのパワーを分けてもらった。僕はいつも宗吾さんから元気をもらっている。 「よし、行ってこい」 「はい!」  歩き出すと、遠くに小僧姿の芽生くんといっくんが見えた。 「こもりんくん、こうでしゅかー」 「そうそう、葉っぱさんと仲良くするんだよ」 「いっくん、はっぱしゃん、だいしゅき」  どうやら小森くんが、箒の掃き方を教えてくれているようだ。  まるで『一日一休さん体験』のようだ。いっくんと芽生くんにとって、貴重な夏休みの職業体験になったね。  二人の絵日記はワクワクしたことで、きっと一杯になる。  子供たちにそんな時間を作ってあげられて良かった。 「兄さん、何してんの?」 「潤、丁度良かった。実は今晩ナイトピクニックをしようと思っているんだけど、会場はどこがいいかな?」 「へぇ、楽しそうだな。せっかくだから空がよく見える場所がいいんじゃないか」 「なるほど、どこか良い場所あった?」 「兄さん、こっち、こっち」  潤が僕の手をまたグイグイと引っぱる。昨日からずっとこんな調子で、くすぐったい。  少し歩くと丸い芝生の空間があった。  竹に囲まれているが、芝生に立つと頭上には生い茂ってなく、そこだけすっぽり穴が空いたように空がよく見えた。 「ここはどう?」 「すごくいいね」  潤の言う通り、昼とは違う空の色の変化を楽しみたい。夕焼けが始まる頃から集まって、太陽が沈んでいく様子を皆で見るのもいい。  空が赤く染まり濃紺の夜空へと変化していく様子は、さぞかしロマンティックだろう。まさに宗吾さんが目指すナイトピクニックだ。 「ここにピクニックマットを敷いて、小さな照明を散らして置くと、お洒落だ」 「潤は詳しいんだね」 「ローズガーデンで、そういう装飾をしたら好評だったんだ」 「やってみたいね」 「やってみよう! 兄さんと共同作業が出来るなんて嬉しいよ」 「それ、僕も思ったよ。協力して何かを作り出すのって楽しいね」 「あぁ同感だ、兄さん、照明はこっちの小屋に使えそうなのがあったんだ」  また手を引っぱられる。  弟にふりまわされるのも悪くない。  今は心が通っているから、楽しい時間だ。  これは僕の思い出。  夏休みの楽しい思い出だ。 **** 「あー 流石に疲れた」 「流、お疲れさま。今日の檀家さんは随分と人使いが荒かったね。僕の代わりにあれこれ雑用を頼まれて大変だったね。ありがとう」  助手席に座ると、運転席の流がぐったりしていた。 「うー 夕食何にしよう? 13人分だから大変だ」 「あれ? 出かける前に準備していなかったの?」 「ちょいと縫い物で忙しくてな」 「確かに……あ、じゃあ僕が準備するよ」 「げっ! そう来るのか」 「失礼だね。僕だって夕食くらい……洋くんと薙に手伝ってもらえばなんとか……」  話していて不安になってしまった。  洋くんの腕前は皆無だし、薙は大胆だがいい加減だ。  客人をもてなすには……うん、不安しかないね。 「……ならないね」  流がブンブンと力強く頭を上下に振っている。 「何か出前でも取ろうか」 「それも味気ないしな〜 せっかく皆が集っているのに」 「流、そんなに頑張りすぎなくてもいいんだよ。集えるだけで充分幸せなのだから」  ハンドルを握る流の手に、手を添えて微笑むと、流も笑ってくれた。 「そうだな。なるようになるか」 「うん、そう思うよ」 「よし、じゃあ帰るか、俺たちの月影寺へ」  一路、月影寺へ。  一路とは、一筋に続く道のこと。仏教では涅槃《ねはん》に到達する道のこと。  さぁ、僕たちが作った楽園に帰ろう。    流と二人で一緒に帰ろう。  あの日から、僕たちはいつも一緒だ。  もう離れない。

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