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ムーンライト・セレナーデ 28(月影寺の夏休み編)

 はらはらと涙を散らす翠の身体を優しく支えてやった。  薙も逆側から支えている。  薙は中学までは華奢な体型だったが、最近少し逞しくなった。 「うっ……うう……」  翠の涙はすぐには止まらなかった。だがその涙は絶望や悲しみの涙ではないのだから、思う存分流すといい。  慈雨のような、恵みの雨だ。  翠が……兄が、こんな風に人前で泣くなんて、以前だったら絶対に出来ないことだった。  視力を失ってこの寺に戻って来てから、俺たちはずっと目指してきた。    これ以上の苦しみのない世界へ行こう。そんな世界を二人で築いていこうと。  いつになくヘトヘトになって帰宅したら、思いがけない客人からのもてなしを受け、翠だけでなく俺も感激していた。  こんな風に俺が過ごすことは滅多にない。  つい人をもてなすことに心血を注いでしまうので、誰かにもてなされるなんて、経験したことがない。 「流、いろいろありがとう。流のおかげで貴重な体験をさせてもらったよ」    キンキンに冷えた缶ビールを頬にあてられたので見上げると、汗だくの宗吾が快活に笑っていた。 「流、一緒に飲もうぜ!」 「宗吾、ナイトピクニックをありがとうな」 「急遽思いついたことだが、喜んでもらえたか」 「あぁ、最高の夕べだ。皆、ここにいる人は苦労した人たちばかりだから、だからこそ幸せになって欲しい。思いっきり楽しい夏休みを過ごして欲しくて、あれこれ企画したが……まさか自分がもてなされるとは思ってなかった」 「流も……ここまでお疲れさん。お前だって……自分から語りはしないが、ずっと苦しい日々を乗り越えて来たんじゃないか」  不意打ちだった。    こんな風に友に労ってもらえる日が来るなんて―― 「宗吾、お前っていい奴だな」 「おい、今頃知ったのか!」 「いや、前から知っていたさ」 「ははっ、縁あって流と出逢えて良かったよ。瑞樹も洋くんという分かり会える友人が出来たし、芽生ものびのびと過ごしている。翠さんと流が作った月影寺は最高だな!」  宗吾に肩を組まれた。  ずっと肩は支えてやるものだと思っていたが、こんな風に労いあうものでもあるのか。    ふと翠と目が合った。  言葉はいらない。  俺たちは阿吽の呼吸で通じあっている。  翠、俺を見ているか。  うん、見ているよ。  どんな風に見える?  幸せそうだ。     とても――  翠こそ。  流、ここまでありがとう。そしてこの先もずっとずっと僕らは一緒だ。  きっとここに集う人、誰もが思っている。  愛しい人とずっと一緒にいたいと。 ****  ピクニックマットで槙を抱っこし寛いでいると、一人の老婦人が近寄ってきた。  まぁ美しい白髪だわ。それに、なんて気品のある方なのかしら。  まるで、おとぎ話に出てくる優しいおばあさまのようよ。 「まぁまぁ可愛いBABYだこと」 「ありがとうございます……えっと」 「ごめんなさい。飛び入り参加させてもらった洋の祖母の白江です」 「はじめまして。私は葉山 菫です。この子は次男の槙です」 「瑞樹くんの弟さん……潤くんの奥様ね」 「はい」 「ねぇねぇ、ここには女性は私達だけみたい。ここにお邪魔してもいいかしら?」 「喜んで」 「うふふ、お邪魔しまーす」  なんて気さくで可愛らしいおばあさまなの!  すっかり親近感を持ってしまったわ。 「あぶぅ」  槙もご機嫌に手足をパタパタさせている。 「赤ちゃん……懐かしいわ。私には双子の娘がいたの」 「まぁ双子ですか。忙しかったでしょうね」 「えぇ、記憶にないくらいよ。双子の娘は成長して男の子を一人ずつ産んでくれたの。でも……どちらの孫も赤ちゃんの頃を知らないのよ。残念だわ」  寂しげな横顔。  きっとこの老婦人にも、人に言えない悲しい過去があるのかもしれない。 「あの、よかったら槙を抱っこしていただけませんか」 「まぁ見ず知らずの私がしてもよろしいの?」 「見ず知らずではありません。この月影寺に集う人たちは、皆どこかで繋がっています」 「菫さん、素敵なことをおっしゃるのね」  そこに樹と芽生くんが手を繋いで戻ってきた。 「ママ、いっくんとかんぱいちてぇ」 「ふふ、ちょっと待ってね。槙をおばあちゃまに預けるから」 「あ! ようくんのおばあちゃま、こんばんは!」  芽生くんは本当に子供らしくハキハキと、気持ち良く挨拶出来るのね。  いっくんもそれを見て、精一杯真似をしている。 「ええっと、いっくんでしゅ。こん……ばんわぁ!」 「まぁ可愛い天使さんたちね」 「えへへ。おばちゃまのかみもてんしのはねみたいだよ」 「まぁ、そんな風に言ってくれるのね。さぁ槙くんいらっしゃい」  白江さんが槙を抱っこしてくれる。    流石双子を育てただけあって、手慣れている。 「もう50年以上も前のことなのに、娘達が赤ちゃんだった頃をつい昨日のように思い出したわ。どうかしら? 抱き方変じゃない?」 「えぇ、槙も居心地良さそうです。白江さんのお嬢さんなら、さぞかし可愛らしい双子さんだったのでしょうね。きっと洋くんに似て」 「そうなの。洋は母親譲りのハンサムなのよ」 「えぇ、とても」 「うふふ、この年になって出逢った孫なので、自慢しちゃうわ」 「大いに惚気て下さい。月影寺の中は自由です」  本当にそう。    誰もが違いを認め合って、尊重し合って、歩み寄っている。  いっくんを一人で育てていた時に感じた孤独感、疎外感は、ここには皆無だわ。 「ママぁ、かんぱいだよ。これ、ママのぶん、いっくん、つくってもらったの。こぼさないようにはこんだんだよ。ママはピンクで、いっくんははっぱのおいろ」 「美味しそうね。いちごジュースかな?」 「うん! きっとそう! かんぱーい」  いっくんと乾杯をすると、赤ちゃんだったいっくんが順調に成長しているのを感じて、じーんとした。  この先出来ることがどんどん増えて、私の手から巣立っていくのね。  しっかり見守っていくね。  でも、まだまだ一緒よ。  やっと家族が揃ったんですもの。 **** 「さてと、お寺の小坊主くん、君は何を飲まれますか」  わぁ、執事さんに聞かれちゃった。 「あのあの……ずばり、あんこ味はあります?」  わーん僕のバカバカ! こんな良い雰囲気なのに、お酒じゃなくて、あんこを所望するなんて! 「もちろんありますよ」 「え? 本当に?」 「えぇ、あんこを牛乳と日本酒で割って、甘いカクテルをお作りしましょう」 「わぁ、ありがたき幸せです」 「冬郷家の執事たるもの出来ない事などありません。それにおれは日本酒が好きなんですよ、あんこくん」  うわ! ウィンクされちゃった。 「僕をあんこくんと? おぉ〜その名を見破るとか流石です」  あんこカクテルを二つ作っていただき管野くんの元に戻ると、喜んでくれましたよ。 「へぇ、まさか、あんこカクテルがこの世に存在するなんて!」 「あんこは正義ですから」 「美味しそうだな。風太、俺たちも乾杯しよう」 「はい、ええっと、何に乾杯しますか」 「風太が考えていいよ」 「じゃ……ええっと、コホン……では……僕たちの肉体関係の更なる飛躍を願って、かーんぱい!」 「ぶほっ! ゴホッ――」  あれあれ?  管野くん、むせちゃった! 「大丈夫ですか!」 「ふっ、風太は大胆だな」 「ええっと、本当の気持ちですよ」 「風太ー! やった〜 最高だよ!」  管野くん、大好きです。    秋冬は、あんこの季節ですよ。  僕たち、いっぱいお出掛けしましょう。  お泊まりで旅行も、してみたいですね!

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