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夏の余韻 2 (クロスオーバーのおまけ話)

   8月が間もなく終わる。  賑やかだったお盆も終わり、月影寺は再び静かな時間が戻っていた。  夏の間は月影寺への来訪者がめっきり減る。  駅から徒歩15分以上、ずっと坂道だ。  着く頃には、皆、全身汗だくになる立地だ、無理もない。  まだまだ北鎌倉での生活に不慣れな薙も、いつも顔を真っ赤にして帰ってくる。  それでいい。    翠と二人で静かな時間を過ごせるのだから最高だ。  夕刻、勤めを終えた翠の袈裟を脱がし、浴衣に着替えさせた。 「新作の浴衣だ」 「蓮の柄なんていいね」 「翠の花だからな。さぁ足洗をしよう」 「でも……」 「何を今更? いつもしてやっているだろう」  手を引いて縁側に腰掛けさせ、置き石の上に大きなたらいを置いて、そっと翠の足を浸けてやった。  風鈴がチリンと鳴り、涼を運んでくれる。 「あぁ、冷たくて気持ちいい」 「よし、今、冷茶と茶菓子を持ってくるから、そのままでいろ」 「分かった」  素直な翠、俺だけの純真な翠。  いそいそと庫裡で翠のおやつの支度をしていると、小森がダンボール箱を抱えてやってきた。 「よいしょ、よいしょ」 「なんだ? 大荷物だな」 「今、宅配屋さんが来たんですよー ここに置いておきますねぇ」 「サンキュ!」 「あの……きな臭かったのですが、あんこの匂いはしませんでした」 「ん?」 「以上、報告までです」  風太の奴、おもろいことを。  大箱には『川中島特産』と書かれていた。  なるほどな。 「くくくっ、ほらよ、お駄賃だ」  戸棚から栗まんじゅうを取り出して渡すと、小森は餌をもらったワンコみたいに飛び跳ねた。 「そろそろ戸締まりをしてきてくれ」 「はーい! 終わったらこれ食べても?」 「あぁ、もちろんだ」 「うれしいですよ!」  ところで、誰からの荷物だ?  送り状を見て、ワクワクした。 ****  ちゃぷん、ちゃぷんと足をたらいの中で動かすと、僕の足を軸に水紋が出来た。  人はこんな風に、周りの人に影響を与えているのだ。  水面の波紋に想いを寄せていると、流が大きな箱を抱えて戻ってきた。  冷茶はどこへ? 「翠~ お届けものだぞ」 「どなたから?」 「ジャーン、長野の葉山家からだ」 「わぁ、開けてみておくれ」  もしかして樹くんからのお手紙が入っているかも。  帰り際「すいしゃんにおてがみかくね」と可愛い約束をしてくれた坊や。  僕の背中に乗って懐いてくれて、可愛かった。  思い出し笑いをしていると、桃の匂いが鼻を掠めた。 「中身は立派な白桃だ。長野の桃も有名だもんな。先日のお礼だってさ」 「それは悪かったね。若いご夫婦に気を遣わせてしまって」 「だがせっかくの気遣いだ。美味しくいただこう。しかし桃と言えば……」  お互いに思い出し笑いをしてしまった。 「あの衣装は傑作だったのに、明け方には駄目になってしまったね」 「あの日は激しく抱きすぎた」 「……恥ずかしいから……それは言うな」 「おぉ、綺麗な桃尻がずらりと並んでいるなー お! いっくんからの手紙が入っていたぞ」  やっぱり! 「本当?」 「あぁ、『すいしゃんへ』って書いてある。あの子は翠の二番目の弟子かもな」 「ふふ、樹くんも芽生くんも本当に可愛くて、仏様の子みたいだから大歓迎だよ」  手紙には、たどたどしい文字が並んでいて、思わず目を細めてしまう。  薙も小さい時、こんな風に僕にお手紙をくれたね。 …… すいしゃん、ありがとう ……  まだ幼い樹くんからの精一杯の感謝の気持ち。  クレヨンで書かれた文字を指先でなぞると、笑顔の花が咲いた。  これは、嬉しいよ。  ん? もう1枚ある。  二枚目の便箋を開くと、僕は耳たぶまで赤くしてしまった。 「翠、どうした? なんて書いてあった?」  流が怪訝な顔で覗き込むから、慌てて隠した。 「な、なんでもない」 「チェッ! 俺には見せてくれないのか。俺には手紙なかったのに……」  流がわざといじける。  弟に滅法弱い僕は、赤くなった顔を見られないように背けながら手紙を流に渡した。 「うまいな! まるで画伯のようだ! 俺の翠の桃尻をここまでジューシーに表現できるとは。ほら、熟れて美味しそうな色だ」 「りゅ、流、もうそれ以上は言うな」 「翠、恥ずかしがるな。翠のここは最高にぷりんぷりんしているんだ」 「ば、馬鹿!」  流が僕の尻を撫で回してくる。  そこに襖がピシッと開く。 「兄さんは相変わらずですね」  クールな声は丈だった。背後には洋くんもいる。 「な、なんで来た?」 「『川中島の戦い』だから出番だと、小森くんが呼びに来たんですよなるほど、この桃を剥けばいいんですか」 「丈、がんばれ! お前なら最高に綺麗に剥けるよ。ぷるんとした桃尻を俺に見せてくれ」  ちぐはぐな会話に笑ってしまった。    何を言い出すのかと思ったら……まったく。 「任せておけ、洋の尻ほどじゃないが、頑張ってみる」 「お、おい! 阿呆なのは、そっちだー せっかくの翠とのいちゃコラタイムを邪魔しやがって!」  二人のやりとりにキョトンとしていたが、この場合僕は流に加勢した方がいいんだよね。 よし! 待っていて。 「流だって綺麗に剥ける。僕のお墨付きだ」 「翠……何を言う?」 「早く対決しないと」 「はぁ?」  その後……いっくんのぷりんぷりんな桃尻おばけ(=僕)のお絵描きを前に、つるんと剥けた桃を頬張った。 「ふふ、なんだか楽しいね。お盆の再来みたいだ」 「翠、やっと笑ったな」 「え?」 「お盆明けは、気が抜けた顔ばかりだったからさ」 「そ、そうかな? 元気になれたのは樹くんからの心の籠もったお手紙のおかげだよ」 「あと桃のおかげだな」 「うっ、うん」 ****  8月31日 夏休み最終日。 「芽生、明日から新学期だな。あー コホン、一応聞くが、宿題はもちろん終わっているよな?」  芽生くんの肩がビクンと震えた。 「パパ……それがねぇ……ちょっと待ってね」  芽生くんが子供部屋から、おそるおそる持って来たもの。  それは…… 『夏休み2週間ワークブック・国語・算数・理科・社会』  わわ! しまった! 僕としたことが日記や自由研究に気を取られて見落としてしまった。それは、もうとっくにやったと思っていたのに……  あーあ、滝沢家は今年もどうやら恒例の夜を過ごすようだ。 「芽生ー おおおお~い、どうして、これが今出てくるんだ? 最初に1ページだけで、あとは手つかずじゃないか。どうして学ばない? あれほど宿題は計画的にしろと言っていたのに」 「わーん、ごめんなさい。机の引き出しに入れまま、すっかり忘れていたの。ぐすっ、今から終わるかな」 「だからって、丸っとここまで忘れるなんて」 「えへへ、絵日記に夢中で忘れちゃった!」  芽生くんがニコッと笑うと、ダイニングテーブルで宗吾さんが髪をかきむしっていた。 「芽生は、俺にそっくりだ」  僕は夕食の洗い物をしながら、その様子を見守った。  芽生くんは月影寺から帰ってきてから、絵日記に夢中だった。特に月影寺で過ごした三日間の絵日記はすごかった。お寺の竹林、流しそうめん、肝試し、小僧体験、ナイトピクニックと……絵日記は1日1ページに収まらず、画用紙で繋げた大作になっていた。  自由研究も『上手なほうきの使い方』というマニアックな内容だった。箒をホームセンターで買ってあげると、自分で身体を動かして、それを文章にしてと夢中だった。きっと小森くんから学んだことが多かったのだろうね。 「とにかくやるんだ! やるしかない!」 「うん、ボク、がんばるよ!」  僕と宗吾さんは、流石にもう手伝うわけにはいかないので、必死にガリガリと問題を解く芽生くんを見守った。  なんとか終わったのは深夜で、鉛筆を持ったまま寝落ちしてしまった芽生くんを宗吾さんがベッドに運んだ。  机の上に置きっぱなしのワークを覗くと、最後のページまでちゃんと終わっていた。  頑張ったね、芽生くん。自分の力でやり通せ偉かったね。  手取り足取り助けてあげないと何も出来なかった君は、もういない。  成長しているんだね。  一歩一歩、僕らの手を離れていく君を見守って、何かあればすぐに手を差し伸べる場所にいる。  それが今の僕らの関係だ。 「瑞樹、悪かったな。今日はゆっくり過ごそうと思ったのに」 「いえ、もう恒例ですので。なんだか、この騒動がないと無事に新学期を迎えられないような気がしてきましたよ。くすっ」 「ははっ、瑞樹って、たまに母さんそっくりなことを言うよな」 「え?」 「それだけ、君の心が広く、気持ちがおおらかになったってことさ」  確かに以前の僕だったらイレギュラーなことが怖く、焦ってばかりだった。 「それでいい。人生はイレギュラーの連続だ。幸せな人生を送る人って、イレギュラーなことを大らかに受け入れる人なのかもな。結局……心の捉え方次第だな。俺は君と芽生がいるから、どんな毎日でも、乗り越えていけるよ」 「あ……僕もです。ひとりじゃないから……怖くなくなりました」  宗吾さんの温かな抱擁と胸の鼓動は、僕の心の安定剤だ。
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コメント
4件のコメント ▼

月影寺は、大人だけの世界に戻って、翠さんは少し気が抜けた状態だったのかな(^-^) でも、夏休みの再来かのような兄弟での≪桃尻大会≫は楽しそうですねぇ😁 出たぁ。毎年恒例。夏休み最終日の小悪魔(笑) 今年も可愛い芽生くんでした👍️ 頑張ったね〰️ヽ(´ー` )ヨシヨシ

ファイヤーさん、少し気の抜けた翠。 なんだか分かりますよね。 兄弟で桃でじゃてあっていますね🤩もう!😂 恒例になってきた小悪魔からの手紙😂 可愛いですよね、 芽生は宿題がんばりました。 さぁ夏休みもお終いですね!

るん 2023/9/19

今年も安定の宿題案件ですね👍芽生くんの宗吾さん化が親子を感じますね🤩お兄ちゃんとパパの血をどんどん引き継いでいってほしいです🥰月影寺も楽しそうで何よりです🎉

るんさん、こんばんは!ふふふ、やっぱりこれは書きたいなってなりました。芽生のちょっとズボラなところは、宗吾さんにそっくり。親子なんですよね。瑞樹の優しさも受け継いで、魅力あふれる男子になるんだろうな。月影寺サイドも我慢できなくて書いちゃいました😁読んで下さってありがとうございます!感想とっても嬉しいです!

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