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秋色日和 13

「あれれ? 菅野くん、右手と右足が一緒に出てますよぅ?」 「おぉぉぉ、だよなぁ、なんかヘンだと思ったよ」 「……そうだ! こんな時はこれですよ」  風太が心配そうに立ち止まって、鞄の中をごそごそと弄り出す。  出て来たのは『一口羊羹』 「菅野くん、あーんですよ」  うう、風太は優しい。  口を開けるとポンッと羊羹の欠片を放り込んでくれた。    あんこの甘みは、風太の優しさだ。ほっこりする。 「そうか、あんこって心が落ち着くんだな」 「はい、身体に優しいあんこは、心にも優しいのですよ。僕は……小さい時から周囲に『風変わりの風太』と揶揄われていました。そのことが悲しくてランドセルに潰されるようにしょんぼりと家に帰ると、お母さんが甘味屋さんに連れて行ってくれました。そこにいる人達は、皆さんあんこを食べて幸せそうな顔をしていました。それ以来僕の友だちは『あんこちゃん』になったのですよ」  風太は最近、自分自身の過去を、ぽつりぽつりと漏らしてくれるようになった。  そのことがじわりと嬉しい。  姫路神戸旅行でひとつになり、俺たちの間に生まれたのは信愛だ。  あれ以来、今までよりもお互いに信頼し大切にし合っている。  風太から語られる過去は、幼子が経験するには寂しいものばかりだったが、その一方でいつもお母さんの包み込むような愛情を感じられた。  風太のお母さんに会ってみたい。  その気持ちが強まっていた。  その一方でお母さんの大事な風太を、俺なんかが幸せに出来るのかという後ろ向きな考えにもなってしまう。  つい自分を卑下してしまうのは悪い癖だ。  このことは葉山に怒られた。 …… 「菅野、大丈夫? 今日はどことなく元気がないようだけど」 「……葉山、実は明日、風太に誘われて向こうの家に挨拶に行くんだ」 「そうなのか、あ、だから緊張しているんだね」  葉山の優しさは、けっして上辺だけじゃない。本気で俺の立場になってくれているのが伝わるので、つい弱音を吐いてしまう。  俺はいつの間に、葉山に甘えられるようになったようだ。 「葉山……俺なんかでいいのかな? 俺は知花ちゃんを結局幸せにしてやれなかった無力な男なのに。こんな俺が風太を幸せに出来るのか、時々不安になるんだ」  葉山が綺麗な顔に優しい微笑みを浮かべた。 「菅野……僕は菅野そういう所が大好きだ。人は弱い……とても弱い生き物だから、自分の弱さを受け入れて周りと繋がっていくんだ。だから自分の弱さに気付ける人はきっと上手くいく。大丈夫だよ」  葉山の話は実体験を元に辿り着いた心境なので、とても深い内容だった。  自分の弱みを受け入れ人と補い合って、その人との関係性を築きあげていく。そして大切な人のために役立つことを積極的に心がけて生きて行くと、自分を取り巻く社会も強くなって、自分も強くなれると語ってくれた。  その言葉に感動を覚えた。 『人は弱く儚く孤独で寂しい生き物ですね』と、入社当初、葉山がぽつりと語った言葉が印象的で、これは放っておけないと思ったが、今の葉山は弱いからこそ出来ることに気付いている。そして、こうやって俺を励ましてくれる。 「そうだ! 花束を持って行くのはどうだろう?」 「そうだな、何の花がいいかな?」 「季節柄……秋桜は?」 「そうだな、真心、調和、謙虚……好きな花言葉だ」 …… 「俺は風太がいれば頑張れるよ。だからずっと一緒にいてくれ」 「はい、僕は菅野くんのお傍にいますよ。いつまでもずっと。あ、もう着きますよ。あそこです」  風太の家は想像より大きな家だった。  門を潜るとよく手入れされた庭があり、その奥に玄関があった。  インターホンを押すと、すぐにお母さんが出て来てた。  風太に面影が似た、優しそうな人だ。 「まぁ、風太……スーツ姿で着てくれたの」 「はい、お母さんがお誕生日に持たせて下さったお金で誂えましたよ。どうでしょう? 僕のスーツ姿」 「よく似合っているわ。とっても素敵よ」  そこで俺は風太に持って来た花束を渡した。 「風太、これをお母さんに」 「お母さん、これ、僕の大事な菅野くんが用意してくれましたよ。僕はずっとお母さんに花束を贈りたかったのですよ」 「まぁ、これは銀座で見かけた青年が持っていたお花と同じだわ」  秋桜の花束を抱いたお母さんは、感激で一杯のようだった。 「風太、ありがとう。お母さんの気持ちに寄り添ってくれて.月影寺に住むようになってぐっと成長したのね。あなたはもう一人前の大人なのね」 「ええっと……僕は少し抜けているからひとりでは無理でした。菅野くん、月影寺のご住職さま、流さん、菅野くんのご友人……皆さんのおかげで成長中ですよ」  風太は本能で分かっているようだ。  人はひとりでは生きられない、支え合っていきていることを。 「お母さんね、風太のスーツ姿を見たかったの。それから息子から花束をもらうのが夢だったのよ。夢が叶ったのは、風太の大切な菅野くんのおかげなのね」  そこでハッとした。  まだ挨拶をしていない! 「すみません。ご挨拶が遅れて……俺は菅野良介です。加々美花壇という会社でフローリストをしています。風太くんとは月影寺がご縁で出会いました。その、彼とは……」  友人ですと言おうとした瞬間、お母さんの方から「風太を愛してくれているのですね。私の可愛い風太を私と同じくらいに、それ以上に……」との言葉をもらった。  風太は心優しいお母さんに大切に育てられた。  だから風太の心はどこまでも深い愛情で満ちている。  これは幸せな方程式のひとつだ。  当面、俺たちが世に言う恋人同士という状態なのは伏せておこうと思ったが違った。  お母さんはもう悟り、受け入れてくれていた。  ならば…… 「俺たちは男同士ですが真剣に恋をしています。俺は風太くんを愛しています」  肝が据われば、言葉に迷わない。言葉もぶれなくなる。 「良介くんの気持ちをお母さんに見せてくれて、ありがとうございます。お母さん、今日は驚かせてごめんなさい。でも僕……とっても幸せなんです。生きてきて良かったです。お母さんの子に生まれ、お母さんに優しく育てていただいたので愛を知りました。だからこそ人を愛することが出来ました」  そこまで俺と風太が声高らかに宣言すると、廊下の奥から拍手が聞こえた。  えええ? 誰だ? まさか…… 「風太! カッコいいぞ」 「お兄ちゃんやるぅ!」  どうやら俺たちの会話は筒抜けだったようで、風太のお父さんと妹さんが顔をひょっこりと覗かせた。 「まぁ、あなたたちってば立ち聞きしていたの?」 「だって気になるじゃない。お兄ちゃんが恋人を連れて帰省するなんて」 「さぁ、お父さんにも紹介してくれ」  うぉぉー? 滅茶苦茶緊張していたのに拍子抜けだ。  いや、ここで脱力しているわけにはいかない。  背筋を正して…… 「菅野良介です。俺は真剣に風太くんとお付き合いをしています。どうか宜しくお願いします」  キリッとお辞儀をした。 「頭を上げて下さい。こちらこそうちの風太の良さを見つけてくれてくれてありがとう」 「菅野くん、宜しくです! お兄ちゃんのこと絶対に離さないでね」 「はい。俺こそ、風太に幸せにしてもらっています。本当に……幸せなんです……もう幸せにはなれないと思っていたのに……風太といると……」  あれ? ヘンだな。  涙が次から次へと込み上げてくる。  幸せだ。風太が愛おしい。生きてきてよかったと。  心が叫んでいる。  知花ちゃんがいなくなった時、俺も一緒に逝きたいと願ったこともある。  それを知花ちゃんは断固として許さなかった。  この世で、この世でどうか幸せになってね。それが私の弔いよと……  寂しそうな人は放っておけなかったが、自分には無頓着だった。  表面上はそつなくこなし、いい人であろうと勤めたが……  本当の俺は寂しがり屋で弱い、弱い人間だった。 「菅野くん、僕がいるから寂しくないですよぅ。あんこちゃんもいますしね」 「風太……」    持って来たおはぎをひとつ差し出される。  満面の笑みで―― 「そんな時は、あんこちゃんパワーをどうぞ。元気が出ますよ」 「風太、今日は男らしいな」 「菅野くんのためなら、えんやこら~」 ****   「あれ? パパは」 「実はチャーハンを作った所で会社から呼び出したあって、出掛けたんだ」 「そうなんだ。そっか、大人って大変だね」 「そうだね、宗吾さんは特に」  宗吾さんは仕事が出来る人なので、出世が早い。だが同時に責任がどんどん重くなっている。だから、こんな風に休日に呼び出されることも増えてきた。 「お兄ちゃん、さみしいの?」 「え、そんなことないよ」 「ううん、わかるよ。ボクには……」 「参ったな。芽生くんにはうそをつけないね」 「えへへ、お兄ちゃん、パパが帰ってくるまでボクがいるから寂しくないよ」  芽生くんは宗吾さんの血を受け継いでいるなぁと思うことも最近増えてきた。芽生くんが僕を励ましながら美味しそうにチャーハンをパクパク食べる様子に、寂しさは消え元気が沸いてきた。 「ごちそうさま! あー お腹いっぱいでねむたいよ」 「沢山食べたからね」 「お兄ちゃん、少しいっしょにお昼寝しようよ-」 「え? でも買い物に行かないと」 「ね、少しだけ」 「……そうだね」  少し話したいことがあるのかも……  だから添い寝をしてあげた。 「お兄ちゃん……ボクね……今日はリレーで負けちゃった」 「そうだったんだね」 「……勝つとうれしいけど負けるとくやしいね。それって、どっちも相手がいるから感じることなんだね」 「そうだね。ひとりでは体験出来ないことだね。勝っても負けても、芽生くんは芽生くんだよ。がんばったお兄ちゃんの大事な芽生くんだ」 「うん……お兄ちゃん、ありがとう。お家に話せる人がいてよかったぁ」  話せる人がいるって、とても大切なことだ。  僕がここにいる意味を、芽生くんはいつも教えてくれる。  優しくて賢くて可愛い芽生くんが傍にいる。  それが今日も僕の幸せ――

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